108/194
第二十三章の第一節:凍へる洗滌室の死線(脫走の試み)
それは、夕刻の過酷な「洗滌」の時閒のなかで突如として決行された。
工業用の高壓ホースから噴射される凍るような地下水に咽び、一本の太い鐵チェーンで首を繋がれたまま縺れ合ってゐた五人。しかし、看守たちがガルシアの暴行の殘痕を笑いながら眺め、僅かに監視の目を離したその一瞬、美波の動かない兩脚を支えてゐたエレーナとクロエが、死力を盡くして洗滌室の非常用排氣口の重い鐵扉へと身體をぶつけた。
かつて國家のスパイとして、あるいは世界の頂點で培った彼女たちの生存本能の最後の一滴が、この泥濘の日常を拒絕したのである。魂を拔かれたはずの母と姉も、美波の銳い視線に呼應するように、鐵チェーンを看守の足元へと絡め取ろうと動いた。
「おい、何をしてやがる……! 貴樣ら、逃げる氣か!」
しかし、自由への扉はあまりにも重く、そして新組織の警戒網はレフティたちの時代とは比較にならぬほど强固であった。排氣口のロックが解除される前に、けたたましい電子アラームが無機質に響き渡り、洗滌室の鐡扉が自動システムによって完全に閉鎖された。
五人は冷たい床の上に折り重なるようにして叩きつけられ、脫走の試みは一步も外へ出ることなく、一瞬にして完璧に、完膚なきまでに壓殺されたのである。




