カツ丼
賄いの下準備を全て終わらせた俺は、厨房と表のカウンターを繋ぐ通路の脇に置かれた冷蔵ケースから、紙パックの牛乳を取り出し、グラスの中に適量入れたカルピスの原液を牛乳で割り、そこらにあった菜箸を使いかき混ぜて"カルピスミルク"を作る。
調理台と店の壁の10cm程のスキマに畳まれ突っ込まれてあったパイプ椅子を引っ張り出してくると、椅子を開き、そこに腰を下ろす。
(まぁ、作っちゃってもいいっちゃいいが、どうせなら温かい物食いたいだろうしな)
そう思い賄いを食べる人間達が来てから、仕上げを行なう事に決めた。まぁ、ぶっちゃけ後は温めてメシの上に乗せるだけである。来てから作っても6人分なら、10分もあれば出来上がる。
その後まったりと特別やる事も無く過ごしていると"早炊き"で炊いた炊飯器からピーと炊き上がりの合図が鳴る。しゃもじを使い炊飯器の中の炊きたてご飯をほぐし、かき混ぜた後にフタを閉めて蒸らしていく。
しばらく1人で何もする事の無い時間が流れる。
その時間に俺は、とある事を考えていた。
中村マネージャーの思惑に思い切り乗せられる気がして少しばかり癪ではあったのだが。
"あそこでフード頼むのは義理"
"フルーツ盛り頼んだ事あるけど食べた事ない"
せっかくこれだけのスペースと調理器具が揃った"フードを出せるホストクラブ"という強味を、もう少し前面に出したらこの店のまた違った"ウリ"になるのではないのだろうか?と。
まぁ……それを実行に移すとすると俺の手間が増える事にも直結するのだが、既存のメニューのアレンジ程度の事なら、大した労力にもならないだろう。
太閤殿下には、俺の作るフルーツの盛り合わせの本当のレベルは、バレてしまっている事だし少しぐらいお客達を驚かせるのも楽しいかも知れない。
(あんな、たまご混ぜて焼いただけの物にチップ5万もくれるんだ、これからもチップに期待も出来そうだし……)
自分への打算も忘れない、強かな俺であった。
等と未だ誰にも相談もせず"GO"サインすら出ていない"氷室吾郎チップでウハウハ計画"に思いを馳せていると、表の方から何やら物音が聞こえてきた。
座っていたパイプ椅子から立ち上がり、キッチンから店の表に出てみると、地味な色合いではあるがキッチリとしたスーツを身に纏った若い男性2名と、いかにもホストでーす! と呼べる見た目をした男の子達が数名、カウンター付近にたむろしていた。
「あっ! おはようございます氷室さん本日からよろしくお願いします」
昨日、初めて店を訪れた時にインカムを使い店長を呼んでくれた内勤の男の子が挨拶をすると、釣られてその場に居た全員が俺に挨拶してきた。
「おっおはよう、えっと……みんなが賄い食べる組の寮に住んでる子達かな?」
そう返事を返すと、そうである旨の事を言われたので。
「えっと……どんな流れなの? 一応は賄いも後は仕上げするだけにはしてあるんだけど、もう作っていいの? なんか仕事か何かした後にって感じ?」
「はい、この後は掃除やらしますが、賄いは氷室さんの好きなタイミングで出してくれれば大丈夫です、作業の手を1時止めて、食べてからまた再開しますから」
そう言われた俺は了承の意を返すと、キッチンに戻りみんなの食べる賄いの仕上げに入った。
先ず最初に器となる皿に、まぁ大体こんぐらい? と1合ずつ程度の白米を盛った物を人数分用意した後、店にある"雪平鍋"を総動員(3個)させ、それぞれをコンロの上に置いておく。
まな板の上に置いていた揚げたカツ全てを、包丁を使い6等分に切り分ける。お椀や小鉢など、まぁ適当な器を6個用意し、1つの器に卵を1つ割り入れて菜箸で白身と黄身が混ぜ合わされない程度に軽く混ぜた物を用意しておく。
鍋の中にストレートタイプのつゆの素を入れ火にかける。つゆの素が沸騰してきたタイミングで、水に晒しておいたスライスした"養父早生"を適量鍋に敷き詰めると、その上に6等分に切った揚げたカツを乗せる。
ぐつぐつと煮える鍋の中で、玉ねぎが透き通ってきたぐらいのタイミングで、卵を鍋の中に回し入れ、卵が少し固まり始めた時にコンロの火を止め、鍋にフタをして余熱で卵を半熟に固める。
そうして出来たタネを皿に盛った白米の上に形が崩れないように、上手く滑らせて乗せると最後に、三つ葉を飾り。
本日の賄い"カツ丼"を完成させる。
後は同じ工程を慌ただしくスピーディーに6回繰り返すだけである。
こうして出来た6人前のカツ丼を、キッチンからカウンターへ運び、丁度カウンター前の床に掃除機をかけていた人間に向け。
「賄い出来たからみんな呼んできて、熱いうちに食べてね」
そう声を掛けた後に、後片付けの為に1人キッチンへと戻った。




