軍師
みんなの食べている賄いの後片付けの為にキッチンに戻り、使った鍋や調理器具等を手早く洗った後、不意にとある疑問が頭の中に浮かんで、こびり付いてきた。その疑問を解消する為にも俺は、キッチンからもう1度カウンターに出て、まだ賄いを食べている内勤と思われる2人組に声を掛けた。
「ちょっと聞いてもいいかな?」
そう声を掛けると2人は箸を置き俺の方に向き直る。
「あっ! 自己紹介がまだでしたね。僕は内勤の"美濃重治美濃重治"と言います」
初めてこの店に足を踏み入れた時に、店長を呼んでくれた若い男の子から、そう言って名乗ってくれた。
「僕も彼と同じく内勤の"播磨孝高"です。これからよろしくお願いします」
2人の自己紹介を聞き、俺は俺の中に湧いて消えない、とある疑問を確信に近付けた。そして、思いっきって2人に聞いてみる事にした。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、このお店に他の内勤かホストの中に"岡崎"さんとか"三河"さんとか居ないかな? 」
そう尋ねると2人は何故かお互い顔を見合せ、暫しの沈黙の後に、美濃重治くんが答えた。
「いえ……店にそう言う名前の人は居ませんね」
そう教えられて、何故か酷くガッカリとした顔を見せながらキッチンの中に戻って行った。
(何でだよ! 美濃の重治に、播磨の孝高まで居るのに、何で岡崎は居ねぇんだよ! おかしいだろ! バランスが! 何で"両べぇ"まで居るのに……)
――氷室が消えた後のカウンター――
「おっおい! いいのか? 言わなくて」
「どうせ直ぐ分かるし黙ってた方が楽しそうだろ」
そう言って2人の内勤が秘かに話していた事は氷室が知る由もなかった。
ブツブツと「居ないのか?」「何でだよ?」等と言いながらキッチンに戻った俺は、次に真っ先に。
"山本発案The Aegeanオツマミレシピ"と書かれた大学ノートと、盛り付け例を撮影したミニアルバムを全て"ゴミ箱"の中に叩き込んだ。
"こんなクソ不味いモノ作ってられるか!"と言うか"作れるか!"と言う決意の元。
その後はパイプ椅子に座りながら、この店のフードメニューを見ながら、自分のスマホのメモアプリを使い、メニューに載る全てのオツマミ類を自分流に変えて行った。
もう、中村秀吉マネージャーからは「好きにやってくれたらいい(今以上の物を作ることを最低条件に)」と言う"お墨付き"も貰った事だし、本当にほんの少しだけ、ちょっぴり、頑張り"女子大小路1フードの不味い店"と言う悪評を、払拭してやろうと考えていた。
全てのフードメニューを自分なりの料理と盛り付けに組み替え終えたタイミングで、賄いを食べていた"播磨孝高"くんがキッチンに入ってきて。
「氷室さん、そろそろ朝礼の時間です、そこで氷室さんの紹介もあると思いますから、一緒に来てください」
そう呼びに来てくれた、キッチンからカウンターに出て更に表舞台のフロアに着くと総勢で30人程のホストや内勤達が整列していた。
俺は1番後ろに立つ"太閤殿下"の横に立つと、初めて経験するホストクラブの朝礼の様子を観察する。
前日の売り上げ発表や、売り上げ上位者の名前発表等の後に、中村マネージャーの方から在庫のダブつき具合の発表があり、それらを売り込むよう指示があった。その後、持ち物等の確認があった後に本来ならそこで〆の言葉を店長が言って終わるのだろうが、今日は店長から。
「えー長い間、この店のキッチンを支えてくれていた"山本"さんは、昨日で退店しました。代わりの人が見つかるまでの間のピンチヒッターですが、今日からキッチンで働いてくれる"氷室吾郎"さんです。山本さんに負けないぐらい料理もフルーツの盛り合わせも上手だから、みんなもこれまで通りどんどんフードを売り込んで行ってね」
そう言って紹介されながら俺は心の中で。
「(あんな犬もそっぽ向きそうな料理は目を閉じていても作れそうにないですが)頑張りますね、よろしくお願いします」
そう言って挨拶をすると、整列している全てのホストと内勤が、店長に向けてある種の"殺意"にも似た感情をぶつけてきているのを、横に立つだけの俺ですらヒシヒシと感じ取った。
(この"悪意"の塊をぶつけられても気付かないとは……流石"第六天魔王"恐るべし)
そう思いながらキッチンへと戻って行った。




