クレーム
厨房の中で太ったお腹をユサユサと揺らしながら、1人の中年のおっさんがフルーツの飾り切りと盛り付けをしていた。
「あっ山本さん、代わりの子来てくれたから、ごめんね無理言って来てもらって」
俺はこの目の前の"山本さんとやら"の代わりに呼ばれた。
この人の代わりが見つかるまでの"代打"として。
代わりの代わり……ややこしいな。
ちょっと自分でも何言ってるか分からんが、まぁそう言う事だ。
「て……店長……助かりました。もう腰が限界で……」
なるほど……腰いわしたんか。と割と厨房仕事に良くある理由だった事に納得した。
おっさんは目の前のフルーツの盛り合わせを完成させると、まな板の向こう側に置いていた、本体だけのインカムを掴むと、通話ボタンを押し。
「キッチン持って行って。」
それだけを伝えると直ぐに先程店長を呼んでくれた人が現れ皿に、まぁハッキリと言わせて貰えば"三流"以下の皮剥き担当が作ったようなフルーツの盛り合わせ。
コンビニのカットフルーツを皿に並べただけの物にしか俺には見えない物を大事そうに持って行った。
「それで、氷室くんはさっきの山本さんの様な綺麗なフルーツの盛り合わせは作れるのかな?君の先輩からは大丈夫とは聞いてるけど」
それを聞き俺は内心で(このボケ何言ってんだ? はぁぁぁぁ? 今持ってた盛りが綺麗とかほざいたよな? コイツ、何が信長だよ名前負けも良いとこな"眼"しかもってねぇのきゃ?)
と喉まで出かかったが作り笑いを浮かべて。
(あのレベルでいいなら楽勝)
と、楽の出来る未来を予見して。
「はい、山本さんと同じぐらいには頑張れば作れると思います」
思いっ切り嘘ついた。
そして持ってきていたトートバッグの中をゴソゴソと漁り、駆け出しの頃に指導の元に作った"客になんか出せるか全部自分で食って始末しとけ"と言われた時のフルーツ盛りを撮影した。
"戒め"と自分で名付けている。
画像をプリントアウトした物を2人に見せ。
「このぐらいで大丈夫ですか?」
そう聞くと、おっさんと信長様は。
「おー私より上手いな」「すごいね、氷室くん」
等と言っていた。
勝ったな……これで時給3000円。
1人は、代わりの同レベル以上の腕を持つ人間が店に来た事に。
1人は、限界まで酷使した腰の養生がやっと出来る事に。
俺は代打と言う事から破格の時給に。
三人ともにとても良い笑顔で笑いあった。
その後、この店の"山本様"のお手伝いさん用に用意した全てのツマミを撮影した盛りつけ例を使い、"盛り付けはこんな感じでね"と言われ。
まぁ普通だな適当に盛りゃいいかと思った。
「どうかな?氷室くん、出来そう?」
店長からそう聞かれた俺は。
少しだけ顔を歪めて……
(このレベルを真似るのか?)
(出来るか俺に)
(普通に作ったら怒られそうだな……)
「なんとかします。」
そう言って店長の期待に応えてあげた。もちろん本音と内心は飲み込んだままに。
その後は、店長も表舞台に戻り山本さんと二人で、皿などの置き場、道具の置き場、冷蔵庫と冷凍庫の中身の確認等の"引き継ぎ"をしていると、インカムから音声が流れた。
"店長、マネージャー、姫からクレームです"
俺はそれを聞いて(まぁホストクラブだし客もワガママ言いそうだしなクレーム多そ)と思ったが、何故か山本さんだけが、非常に焦った顔していた。
「山本さん? どうかされました?」
尋ねると、山本さんは少しどもりながら。
「い……いや……今の……さっきの……フルーツの……」
と小声で何やら同じ事を繰り返していた。
そして5分ぐらい経った後厨房に1人の男性が現れた。
その男は身長が優に180cmを超えており、日に焼けた肌に筋肉質な体で、高級そうな黒のスーツを纏いやって来た。
「あっ……中村さん……」
(え? 今、山本さんこの人の事を中村って呼んだよな? まさか……あるのか?)
「山本さんクレームです、6番の姫から卵焼きが美味しくないと」
それを聞いた俺は。
(うん、なんか不味そうなモン作りそうだもんこの人)
と思いながらも。
まぁまだちゃんと契約もしてねぇし、関係ねーっちゃ関係ねーか。と知ったこっちゃねぇと傍観していると突然。
「貴方が山本さんの代わりの人?」
そう聞かれたので(代わりの代わりだがな)と思いながら。
「はぁ、みたいっすね」
「あっ申し遅れました私、この店の内勤を取り纏めている。マネージャーの中村秀吉と申します」
名刺を差し出されたが俺は直ぐにそれを受け取る事が出来なかった。何故ならばこの時……
(マジか!!! 本当に居やがった!)
(家康くる……)
(絶対来るがや……)
と卵焼きのクレームなんかより他の事に胸踊らせていた。
腰いわせたを完全に標準語だと思い使ってました。
「痛める」と言う意味です。




