暑い
「あぢぃ~」
7月中頃の名古屋は夜になっても蒸し暑く
主人公のこの男、名古屋は栄の女子大小路の公園のベンチに座り。
お前は今から"海水浴にでも行くのか?"
と言われる様な夜のネオンに全く不釣り合いの格好で、手に持つ1枚の地図と格闘をしていた。
「えっとぉ? この公園がここだろ? で、あの道がここだとすると……うーん……分からん」
ほとほと暑さに嫌気が刺し。
「がぁ! わかんね!もう帰っちゃおうかなー来たくて来た訳でもねーし」
既に今座っているベンチの置いてある公園の前を2回か3回は通り過ぎている。
「後1回! 1回だけ探そう、それで見つからなかったら帰っちゃえ」
そう心に決めて公園から出た瞬間に後ろの方から若い女性の声で声を掛けられた。
「お兄さんすごい場違いな格好だね、どこ行くの?」
場違いなのは自分が1番分かってるんだよ。だからさっさと目的地を見つけるかもう帰るか悩んでたんだろうが。と思いながらも口には出さずに振り返ると。
まぁ見るからに高そうなどこぞのブランド物のミニワンピースと思われる服を着た20代半ばぐらいの可愛らしい如何にもこのホスト街が似合いそうな女性と、その横に黒の仕立ての良さそうな、このくそ暑いのにスーツを着たこちらも20代と思われる男が並んで立っていた。
「どこかお探しですか?」
と、意外だと思うぐらい外見が軽薄そうに見える若い男性から丁寧な口調で尋ねてきた。
「あーうん……このさ地図? に書いてある"Arcadia Group The Aegean"とか言うやたら長ったらしい名前の店に行きたくてさ」
そう言いながら貰っていた地図を若い男性に渡すと横に立つ女性は何がおかしかったのか良く分からんが、クスクスっと小さく笑っている。
何がおかしいんじゃ? と一瞬思ったがその矢先。
「あーこの地図、誰が書いたんですか? これで辿り着けたら奇跡ですよ。今から同じ目的地のお店に行くので、良かったらご一緒しますか?」
「良かったよな? 桜、どうせこの後店に行く予定だったし。」
と横に連れてる女性にも俺を連れて案内する事を了承させると笑顔で「付いてきて」と歩き出した。
俺は、展開の速さに一瞬着いて行けずその場に立ちすくんでいると、先に歩き出した男女の女性が後ろを向いて、手で"おいで、おいで"としていた。
「それで? ウチの店には何の用事で? 何か新しい取り引き先か何かの方です?」
と若い男性に聞かれる。まぁそうだよな、この格好見て「ウチで働くの?」は出てこんわな。ホストクラブなんだしと思い。
「いやーそれがさ、実はそこで働くかも知れんのよ」
そう若い男性の問に答えると。2人揃って後ろを振り返ると少し苦笑しながら。
「え? お兄さんホストやるの? ちょっと年齢取りすぎてないかな?」
そう言って来たので今度はこちらが苦笑し返して。
「いやいやぁ流石にホストは無理でしょ? ほら、知ってると思うんだけど、なんか厨房の人が辞めるらしいじゃん? それの代わり」
店に行く理由を2人と言うかこれから一緒の店で働く事になるかも知れないホストに向けて店に行きたい理由を教えると、若いホストの兄ちゃんは。
「あー山本さんの代わりの人? なるほどね」
何に納得しての"なるほど"なのかは知らんが。
「なるほど、なるほど、へぇ、桜楽しみだね。お兄さんが正式に雇われたら頼んでみよ」
等とまぁこの時点の俺には訳の分からん事を話しながら、案内"こいつらの目的地も同じなんだが"してくれている。
その後どこかの路地に"曲がる"等一切せずにメインストリートを真っ直ぐ進み、とあるビルの前に建つ1本のテナントの看板が集合した建て看板に若いホストが立ち"ほらココココ"と言わんばかりに1つの小さな看板を指差した。
「今はさ昔と違い規制も厳しくなったし、街の雰囲気も変わったから、表に大きな看板とか置けなくなっちゃったの、ウチの店ビルの7階にあるから、表に看板コレしか無いの」
俺が店を見つけられなかった最大の理由を教えてくれた、確かによく見ればこのビル俺は、3回は通り過ぎている。
その後、3人で少し狭いエレベーターに乗りドアが開くと目の前にはエレベーターから店の入り口まで左右の壁一面にズラーっと。
【6月No.1 代表 結城司】だとか【6月No.2 主任 早乙女仁】だとかいかにも"ホスト"って顔した写真が並んでいた。
そのまま通路は店の中に繋がっている(ドアは開けっ放し)ようでスタスタと中に入り中に居たグレーや紺等のあまり目立たない色のスーツに身を包んだ男性達が一斉に。
「あっ、桜さんいらっしゃいませ」
案内してくれたホストの連れていた女性に挨拶をすると女性は何やらカウンターに向かい手続き? をしているようだ。そして、中に居た地味目なスーツを着た男性数人は当然の様に、思いっきり場違いな格好の1人の男に視線を集中させる。
「あっ……えっと……店長さん居る? 氷室が来たって伝えてくれるかな?」
俺の用事を聞いた1人の男性が耳に挿してるイヤホンを片方の指先で抑えた後に、胸元に挟んでいたマイクの横のスイッチを押しながら。
「店長、店長カウンターリクエスト。氷室さんと言う方がお見えになっています」
と言った後、俺に向かい。
「もう間もなく来ると思いますので、宜しかったらあちらの椅子に掛けてお待ちください」
カウンターに並んだ脚の高い椅子を指し座って待つように言ってきたので、まぁ座ってりゃ来る言うんだから待ってりゃいいや。と素直に椅子に腰掛けた。
「お待たせ、お待たせ、氷室くん。それにしても遅かったね」
そう言いながら俺の背後から声がしたので椅子をクルリと回して後ろを向くと、そこには数日前に先輩の経営している小さなショットバーで出会った時の顔があった。
「いや……これでも急いで来ました……と言うか来ましたよ、何回途中で帰ろうかと思ったか……」
そう言って渡されていた目の前の店長が先輩の店のカウンターに置いてある"客からの注文を走り書きでメモするだけの小さな紙に書かれた地図を返しながら。
「連れてきてくれたホストの子が言うには"これで店に辿り着けたら奇跡"なんですって」
そう嫌味を込めて言うと。
「え? そうなの? あれーおかしいな」
とすっとぼける様子からこの人過去に何度か手書きの地図絡みでやらかしてんな。と思った。
「まっ……まぁいいじゃん着いたんだしさ……改めましてよろしくね店長の清須です」
そう言って1枚の黒字に金の文字で顔写真まで付いた"The ホストの名刺"って名刺を渡してきた。
その名刺には。
"Arcadia Group The Aegean 総店長 清須信長と書かれていた。
俺はその名前を心の中で読み。
"清須で信長ってそのままだぎゃぁ!"
と思わず標準語も忘れツッコミを入れてしまった……そしてツッコミをした事で何故か分からんが"負けた気"になってしまった。
そして心の中で。
(中村秀吉)や
(岡崎家康)の登場に身構えた。
居る……ここには必ず居る。そんな確信と共に。
そしてノブナガ様の案内で俺が働く事になるかも知れないホストクラブの厨房に案内された。
そこには見るからに"うだつの上がらない顔"したおっさんが、せっせっとキッチンの作業台に置いたガラス製で出来た脚の付いた大きなフルーツ皿に向けフルーツの飾り付けをしていた。




