クラウスの本音
(冷静にならないと……。アリシア様を助けないと)
ミアの全てが終わった日、アリシアだけがミアを見てくれた。何の利益もないのに、ミアに土下座までして、ミアにお茶を入れて真正面から話してくれた。
凄く救われたのだ。
命すら絶ってしまおうかという考えが頭をよぎった夜を越えて、アリシアはそんなミアを嫌悪せず、一緒に生きようと誘ってくれた。
そのアリシアが今、衰弱して意思の疎通も出来ない。
ミアは医師ではない。魔法使いでもない。知識がない。
ならば、自分に出来る唯一の方法。
「可愛い」力で、治せる方法を探さなければいけない。
つまり自分に好意を向けてくれているクラウス第二王子殿下に、助力を乞うことだった。
御殿医や御殿魔法使いなら、アリシアを回復させられるのではと一縷の望みに懸けたかった。
しかしそれはアリシアのためにと銘打っても、最低な行為だと思った。
アリシアがその人脈を利用する際は、アリシアが返せる何かがある。もしくはもうその人脈の方々に何かメリットを生じさせている。
ミアには何もない。
クラウスの「自身を好きだ」という気持ちに訴えかけ、言葉を選ばずに言えば、その気持ちに付け込んで、クラウスの権力を借りようとしている。
もし上手く行ったとして、それら本来王族以外がかかれないような医師や魔法使いがアリシアを回復させても、ミアはアリシアに合わせる顔がない。
前回同様、王城にしてはカジュアルである個室は、小さな庭が見える造りになっていて、実際にガラス戸を開けて外に出ることも出来る。
庭は複数あり、このスペースは庭の一つの中で、背の高い木々で囲んで区切ったものだ。
丸いテーブルを挟み、正面に座るミアに対し、ニコニコと笑い掛けている王子の真意をミアは計りかねていた。
これは男性に襲われた経験のあるミアにとって心配りがあるように思う。
男性と二人きりとはいえ、外に出られるガラス戸があり、外は大きな庭に繋がっている。
そこには勿論警備の人間が配置されており、ミアは保護を求めることができる。
(配慮をしてくれているのは、そうだと思って良いのかしら)
本当に第二王子という国の最上位層の人間が、世間に傷物と周知されている、一代限りの男爵の娘に懸想などするだろうか。
(いっそオリバーほどにバカだったら良かったのに。疑う余地もなく、私の身体だけが目当てであれば、本当に私を好きで、好意を利用することになるのじゃないかと迷う余地などなければ良かったのに)
ミアは必死で汗を抑え込むように努めた。呼吸が緊張で浅くなっているように思う。
身体が目当てであればなどと少しでも想像してしまったのが良くなかった。
もし万が一そのような展開になっても、耐えようという覚悟では来たが、未だにあの夜の恐怖はミアの心に大きな傷を残していた。
唾を飲み込むのを悟られないように紅茶を口に注ぐ。
怒りや焦りや緊張を悟られないようにせねばならない。
相手は第二王子なのだ。
魑魅魍魎の貴族たちと日々会い続けているのだ。
しかし、もしクラウスがミアの依頼を受けてくれたとしても、自分の意思で、人を利用するという、本当の意味で最低な人間になるのだ。
本当にクラウスがミアを好いているのだとしたらーー。
(いいえ、そんなことあり得ないわね)
そう自身に言い聞かせて、ミアは少し身体が軽くなって息がしやすくなった。
(どうせ皆んなから嫌われるのよ、いつだってそうじゃない。友達も両親も……。
「元から嫌われているの」、好かれているかどうかなんて考えるだけ時間の無駄だわ)
ミアは自身のことが、この世で最も大嫌いだった。
涙が大きな瞳に溢れそうになった。
いつだって、誰も彼もが、ミアが離れてほしくない人ほど去って行く。
今度はそれがアリシアでありクラウスである。
いつもと同じ筈だった。
それでも諦め慣れた筈のミアの心が、どうしても今回は諦めたくないと縋り付いていた。
幼いミアの姿で。泣きながら縋っていた。
置いていかないでと母のスカートを掴んでいた頃のように。
◇◇◇
「ハニートラップなのだとしたら、凄い下手だね」
クラウスがズバッと言いきった。
ミアが顔を見れば、クラウスは困ったように眉を下げていた。
「あのね、言いたいことは分かるよ。俺だって第二王子としてずっと生きてきたんだし。
あれでしょう?グレイ嬢を助けるために俺の力を借りられないかってことでしょう?
いや良いよ、手を貸すよ。回復するかは分からないけど、今の王家にとってこの提案を受けないわけにいかないでしょう?」
ミアの喉がゴクッと鳴った。
「うん、あのね、まずその悲壮な覚悟はまずそこら辺に捨てよう!
俺、好きな子にそんなこと絶対しないから!」
「それは、その、だって身分があまりにも違います……」
ミアの言うことは尤もだ。本来は、良くて側室の一人が良いところだ。
クラウスは額に手を当てて、ふーっと息を吐いた。
「俺ね、本当に一ミリも王座に興味がないの。今の所第一第二王子だけ後継候補みたいに言われているけどね、叔父上とかその子供とかまだまだ候補はいるんだし、過去にはそういう王位継承もあった。
俺はね、君と一緒になることで、完全に王位継承に興味がないとアピール出来るなら万々歳なんだよ」
「なるほど!」
ミアの顔は花火のように、暗い灰色から桃色に変化した。
自分があてがわれる理由を見つけた喜びでいっぱいだった。
「悲しいなあ、本当はこういう打算でアタックしたとは思われたくないんだけど」
「効率的で良いではないですか!」
ミアは「いつものように」そこにいると「都合が良い」可愛い女の子としてニコニコ笑った。
「あのね、打算がメインじゃないよ?それも事実だけどね?俺は君のそういう効率重視で計算高くて頭が良くて、八百屋のおじさんから貴族の魔法医のシルバー子爵だの、レイナルド男爵子息だの、赤走の代表の女性だの、身分の貴賎なく仲良くなれるところも好きだし、
グレイ嬢のために、最悪の事態も覚悟して俺に会いに来るような、それでいて俺を利用するような真似に泣きそうになっているところとか、そういう優しいところも凄く好きだよ」
ミアの手からカップが滑り落ちそうになって、慌ててミアは手に力を込めた。
「なな何言ってるんですか!このカップ落としたら幾らになるか!危うく割るところでしたよ!」
「残念だなぁ、それを盾にしてずっと側にいてもらうチャンスだったのに」
「そんなに高いんですかこれ!?」
「本気で側にいてほしい子には全力でアピールするタイプだから」
ミアの頬が桃色を通り越して燃えるように赤くなった。




