可愛いミア
「嬉しいなぁ、ようやく一緒にお茶が出来たね」
第二王子クラウスは、王城の客間の一つで、満面の笑みを湛えていた。
石膏を切り出したように白い顔、両眉の中央からスッと筆で描いたような高い鼻梁、烏の濡れ羽色の艶がある髪、それを高く結い上げても男性らしい力強い瞳。
薄い唇が品良く笑みの形を取ると、それは非常に優美な人形のような完成度だった。
何回見ても別世界の住人のように思えて、自身との差が恥ずかしく、ミアは目を伏せて、用意された茶器を見る。
蔦と葉と苺の模様の茶器は可愛らしい。
ミアのことを考えて用意してくれたのだろう。
よく、小さくて可愛らしいと言われてきた。クラウスにとってのミアのイメージもこういうものなのだろうと思った。
それは自分がそう仕向けているものであり、自分が望んでいるもののはずであるにも関わらず、たまにミアの心の中にドス黒い何かを発生させた。
その姿は父親が望む都合の良い少女の形の人形だからだ。
父親に愛されたかった、必要とされたかった。
忠実に従った結果、周りから真に友達と呼べる子供はいなくなった。
噂好きの、父親にとって都合が良い子供たちが残った。
彼らはミアとほとんど同じだった。
彼らの親の意向で伝書鳩のように働いていた。
彼らの親は、噂を拡散することで社交界や商人のネットワークで影響力や縁を維持しようとしていた。
子供が起点というのは実に都合が良い。親たちは「あくまで子供が聞いたことなので、確証があるわけじゃないんですけどね」
と初めに自分を守って話せるからだ。
そんな大人たちがミアを見てくれることなどなかった。
より汚い大人を紹介されて気持ちの悪い視線を向けられることはあったけれど。
誰も、子供を道具としか見ない父親も、父親から守ってくれるどころか自身の目の前のことでいっぱいいっぱいの母も、ミアを見ない。
いてもいなくても同じだった。
むしろ母には嫌悪の目すら向けられた。
父親が望む、権力ある男性が好む少女の形は、ご婦人方からは大層顰蹙を買っていた。
成長と共に身体が女性らしくなるごとに、視線はキツくなり、嫌がらせをされることも多くなった。
胸を露出したいのだろうとドレスを裂かれた時に、父親はドレスの修繕にどれだけ掛かるかとミアを引っ叩いた。
母は頼むからこれ以上父親を怒らせるなと言うだけだった。
ミアが浴びせられるのは罵声と怒りの視線だけ。
今はその頃と随分状況が違う。
父親はもうミアを縛れない。
でもミアは未だにその影に苛立ちや嫌悪感を感じる。
実際、フリルや苺といった可愛いモチーフはミアの顔に合っている。
父親がセクシーにしすぎたことはあったが、社交界の権力者に気に入られるために整えた、つまりミアに似合うようにした姿は、トータルで良い物が多かった。
腐っても孤児から大商店を創った父親の目利きは正しかった。
ミアもその血と才を継いでいた。
だからこそ、こういった物が似合うと分かっているし、その方が多くに良いと思われるのも理解しているし、ふわふわした可愛いものが嫌いでもない。
だからそういう物を身につけている。そういう風に、可愛いと見られることを理解している。
事実アリシアのように知略で活躍出来るかと言うと、ミアは決して愚かではないが、学や権力や今までの経験が圧倒的に足りなかった。
だからアリシアとは違う、自分で出来る範囲での貢献を目指してきた。
自分が得意な方面で。
寮の食事の用意のために、食材の確保などで、商店店主のおじさまたちと仲良くなった。値引きや別の店への口利き、オリバー対策の袋の魔具を貸してもらうなど、ミアは一定貢献してきた。
店主のおじさまに気に入られると、奥様も紹介してもらえたり、奥様が店番をしている時に話しかけられたりする。
侮れない奥様ネットワークの口コミは、じわじわと実家を追い詰めている。
商人は信用が命だ。実娘の証言でその信用が失墜すれば、物が売れなければ、父親はそちらに掛かりきりになり、アリシアやオリバーの実家と連携して面倒なことはしてこないだろうと読んでいた。
父親は何よりも、家族よりも金と商店が大事なのだ。
奥様たちは「可愛い」ミアのことを信じてくれた。
おじさまたちも「可愛い」ミアのために値引きや奥様の紹介をしてくれた。
でもそれは「あの」父親から教えられた方法で、ミアの「可愛い」見た目は、「あの」父親が決めたものだ。
物事が上手くいけばいくほど、ミアは自分が大嫌いで、吐きそうなほど嫌悪することがあった。
まるで望んで父親の言うことを聞いていたようで。
今、父親の指導通りにしているということは、つまり父親のやり方全てを肯定しているようで、激しく苛立つことがあった。
違う!
私は、望んでオリバーの元に行ったわけじゃない!
好色野郎どもに好かれたいと思ったことなんて一度もない!
見た目が可愛いだけの能無しじゃない!
ミアの怒りは「可愛い」苺のカップが起点というよりも、自身が好色な男性から視線を向けられたり、ご婦人方から嫌悪されたパーティー会場を思わせる城にいることや、クラウスに会って話さなければならないことがある緊張など複合的な物だった。
そしてそこまで耐えたにも関わらず、親に愛されなかった悔しさや悲しさからだった。




