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愛されたい

 無声映画を観ているような気分だった。


全ては白黒の銀幕の向こうで起きているかのような、自分はここに居ないまま流れて行く出来事のようだった。


 愛などというものを求めても仕方がないと分かっていた。

いつの間にかそう悟っていた。


 それは政略的に結婚せねばならない貴族ではよくあることで、別にアリシアだけでなく、兄も弟も平等に親から愛されていなかった。


親同士も別の人を愛しているようだった。いや今となっては、それもどうだか分からない。

ただ寂しさを埋めるだけの付き合いだったのかもしれない。


 アリシアの実家には、今回の件で、色々迷惑が掛かったことだろう。

最終的に両陛下までお認めくださったとは言え、それは結果論だ。


それまでは、特に娼館にいたと記事が出たあたりは、さすがのあの家族たちでも、自分たちの立場を心配したことだろう。


実の娘どころか、家や領民のことまでは考えられない駄目の見本のような連中だとしても、そこでアリシアが彼らを不安にさせたことは事実だ。


 だから、恨まれている可能性は想定していた。

しかし彼らは貴族の生活に慣れすぎている。


立場を失うことを恐れ、後先考えずに暴力に訴えるような真似は出来ないと、せいぜい闇魔法使いを雇って連れ戻され、彼らに都合の良い証言を強要されたりするものと推測していた。


(甘かったのね……)


 オリバーが口にしたような、グロテスクな女性奴隷の売買方法があるとは知らなかった。


だがオリバーは裁判官がひっくり返るほどの「そういうこと」をした前科持ちなのだ。


ウッド男爵は「そういう」コアな人身売買ネットワークを持っていてもおかしくない。


 ミアやマダムロザリンドも、ウッド男爵が手広く商売をしていると証言していた。


 あと一歩先まで考えていれば良かったのに。

皮肉にも一応は貴族令嬢として育てられたせいで、後ろ暗い世界について想像が及ばなかった。


 最近はアリシアのために涙を流してくれたミアや、居場所を提供してくれたマダムロザリンド、無条件に味方になってくれたレイナルドやエドガー、王族や裁判の対応のため一緒に戦ってくれたフレイヤやエリスといった、優しい人々に囲まれていて平和ボケしていたかもしれない。


 アリシアの世界にはもともと、愛など存在しなかった。

例え絵本や教科書で「家族はお互いを愛するもの」と書いてあっても、アリシアの世界では違った。


 親兄弟も、これから家族になる予定の婚約者も、アリシアを鬱陶しがることはあっても、愛することはなかった。


 諦めていた。学校を卒業し、仕事を始めて、間接的に家や従業員、領民を支える責任を知った。

愛されたいなどと言う暇がなかった。


 そんなことより金を稼がなくてはいけなかった。

オリバーも両親も浪費家で、奴ら自身はともかく、その先の罪のない領民に害が及ぶのは防がなければいけなかった。


 ビジネスで関わる貴族たちは愛だの恋だのと夢物語のようなことは言わなかった。

自分も早く、より信頼される大人にならなければならなかった。


 愛されたいなどと宣う少女のことは、忘れなければいけなかった。


 けれど、それでも血は濃いものだ。呪いのように。


 アリシアの気が付かないほど心の奥底に、砂金のように、僅かでも、忘れられないほど輝いて自身を主張する希望の光があった。


 一度で良いから、たった一度で良いから、大事だと言われてみたかった。

愛していると抱きしめてほしかった。

よくやったねと誉めてほしかった。


 どうしてまだ親だと言うだけで、こんなに執着してしまうのだろう。


 向こうは、アリシアが真実どんな目に遭っても構わないと、人としてすら扱われていないのに。

一度も大切にされたことなどないのに。


 奥底の希望を見てみぬふりして、愛されないと分かっていても「ここまではしない」と思っていた。

無条件に「家族だから」そんな人たちではないと思ってしまっていた。


 実の娘を死ぬより惨い目に遭わせて、自身の保身を図るほどではないと。

そんな提案を想像もしなかったが、そこまでは恐ろしくて出来ないと「言ってくれる」と信じてしまっていた。


 アリシアは両目から熱い涙がとめどなく流れていることも分からなかった。


ミアがアリシアの肩を揺すって、その身体を強く抱きしめた。

それすらもぼうっとして、アリシアはよく覚えていなかった。


身体は熱く、手脚が痺れて力が入らなかった。


◇◇◇

 憲兵が複数やってきて、オリバーは連行され、アリシアも話を聞かれることになったのだが、アリシアは何も答えられなかった。


 今の状況が何も分からなかった。


苛立った憲兵が机をドンと叩くことがあったが、それでもアリシアは何の反応も示さなかった。


その憲兵は他の憲兵から、アリシアが親兄弟にどういう売られ方をされたのかを知って、医者に回すように指示した。


「すまなかったな」

普段ならそう言われれば、必ず非礼の隙のない対応をするアリシアが、ただフラフラと聴取の部屋を出るだけだった。


 医者はアリシアの心身が乖離していると言った。

身体を守るために、心が離れている。

あまりにも衝撃的なことを覚えられないようにして身を守っている。


それはエドガーも同じ意見だった。


 アリシアは憲兵の病院に入院しよく眠った。懇々と眠り続けた。

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