オリバー脱獄
王都では、レイナルドのブランドの話がどこの街角でも聞かれた。
貴族や富裕層の女性たちが、動きやすく美しいシルエットの服を颯爽と着こなしている。
王妃陛下の涙や裁判により生まれた、女性の権利を尊重する風潮が追い風となり、元々動きやすさを求めていた層は、嬉々として着用し、力ある者が着ていればそれを良いものと思う者も迎合した。
後者はそれがどんな一時の流行の服でも、着用した人は多いだろうが、動きやすい服を望まない者はいない。しかも見た目が美しいのだ。
継続して着用する人々はかなり多いだろう。
潜在的なニーズを捉えたレイナルドの服は、爆発的な話題を生んでいた。
とはいえ、話好きの女性たちの話題は一つで終わらない。他に話題となったのは
【第ニ王子殿下、女性服発表会へ来場】
【噂のスミス男爵令嬢への熱烈アプローチ】
という記事だった。
そして何故かその横には、
【グレイ侯爵令嬢、第二王子と対立か】と書かれていた。
「記者って本当に仕事早いわねぇ……」
アリシアは新聞を見ながら遠い目をした。
エドガーのクリニックの寮の食堂。
朝食の席である。
ミアはその手に持ったパンに塗っているジャムより顔を真っ赤にしていた。
「ショーはともかく、な、何で第ニ王子様と私のことまで記事になってるんですか!?ていうかあれはきっとそんな意味じゃないですよ!また前回と同じような感じでお呼びになっただけです!」
「素直じゃないわねぇ、クラウス殿下から宣言通りにお見舞いの日時の伺いが来たんでしょう?」
「ああああれはきっと、私が皆んなの前で倒れたように見えたから、アフターケアまでするという姿も見せた方が良いという判断ですきっと!」
レイナルドはそんなミアの言い訳を無視して揶揄う。
「完全にロックオンされてるわね」
「もうやめてくださいぃぃ!!」
ミアがガフガフとパンにかじりついた。
アリシアがそんなミアの頭を撫でる。
「そうね、ミアは王城で暮らしたくないって言ってたし、周りが勝手に盛り上がっちゃいけないわね。特にあの触覚前髪王子は腹黒そうだしね、やめておいた方が良いかもしれないわね」
「あら小姑、それこそミアの可能性を閉じ込めちゃいけないわよ?」
「小姑じゃないですっ!」
アリシアは鼻から息をフンと吐いて、別の記事へ視線を落とす。
【ウッド男爵事件、新たな被害者証言】
【関与貴族名簿流出か】
と大きく書かれている。
そして恐れ知らずなゴシップ新聞は、【王族関係者がリスト入り!】と見出しを出していた。
「さすがに売れれば何でもするようなゴシップ新聞とは言え、王族については裏取りなしでは書かないでしょうね……」
「最悪ね……。王様はどうするのかしら。敵が身内にいるなんて」
「やっぱり魑魅魍魎の魔窟ですね、お城って」
「そうそう、ミアはお嫁に行かないでずっと私とパン屋をしましょうね」
三人がそれぞれ感想を言っていると、フレイヤとエリスが転がるようにドアを開けて入ってきた。
「グレイ様!」
「どうしたんですか!?」
「情報屋より急の連絡です!」
空気が凍る。エリスが連絡を取っていた情報屋の一人はオリバーの牢番をしている老人だった。
早手紙の中でも、宛先本人にしか開けない魔法が掛けられた証である黒い封筒の中には、粗末な紙切れ。そして走り書きのような一文。
『オリバーが消えた』
「……消えた?」
ミアが呆然と呟く。
「今朝未明らしいです」
エリスが低い声で答えた。
紙切れは二枚入っており、そちらには状況がもう少し補足してあった。
「牢番の交代時に小火があり、一時その対応で誰もオリバーを見ていない時間があったのね。そして小火を収めて牢番が戻った際、既にもぬけの殻だったと」
普通ではあり得ない。
世間で注目されており、国として憂いているウッド男爵の関係者として、オリバーの牢は特に堅牢な魔法がかけられている。
特にオリバーは通常の学問でも追いつけない頭脳なので、魔法など全く分からない。
今の状況で、オリバーが単独行動できるはずがない。
つまり。
「……手引きした者がいるのね」
アリシアが静かに言った。
エリスが頷く。
「恐らく」
ミアが青ざめる。
「じゃ、じゃあ……」
「ウッド男爵側ね」
レイナルドが低く呟いた。
部屋が静まり返る。
アリシアはゆっくり息を吐いた。
最悪だ。
牢の中にいながらアリシアを襲えるほどの相手が、アリシアの殺人未遂のせいで更に拘束を強められた筈にも関わらず、手駒を手に入れてしまったようだ。
「……いえ、あの馬鹿を手駒にしたところで、あの阿呆に出来ることは限られていますから、そんなに警戒しなくても良いわ」
「アリシア様、でも……」
強がるアリシアの紙片を持つ手を、ミアがそっと包む。
自分を殺そうとした相手が、恐らくはそのために再度行動しているというのは、身を守る術を持っていないただの少女にとって、恐怖でしかない。
アリシアの身体は急速に冷え、小刻みに震えていた。
「オリバーは馬鹿で阿呆でどうしようもない小物です。でも、だからこそ頭が回らないからこそ、追い詰められたらリスクを考えないで行動する可能性があります。……ウッド男爵に唆された通りに……」
「……っ!!」
アリシアの身体が雷でも落とされたかのようにビクリと震えた。
あの何も考えていない馬鹿が、今まで以上に劣等感を抱え、世間から責められ、元婚約者のアリシアと比較され続けている。
逆恨みから、ウッド男爵に唆されて何を仕出かすか分からない。
「グレイ様……」
フレイヤがそっと肩を支える。
「大丈夫です。大丈夫ですよ……」
「必ずお守りします」
フレイヤは、王城での出来事を正式に認められた。元上司は解雇されたそうだ。
これからについては弁護士を付けて王城の人事と話し合って行くことになるらしい。
「私は私の誇りに懸けて、恩を返します」
アリシアの瞳にじんわりと涙が膜を張っていく。
溢れないように瞬きもせず見開いて、なんとか言葉を絞り出した。
「有難うございます……」
やっと素直に頼れるようになったアリシアを皆が優しく見守った。
「……エリスさん、それ何ですか?」
ふとミアがエリスの手にある銀色の器具に目をやる。
「これですか?ちょん切るやつです」
エリスは何でもないことのようにサラッと言った。




