第二王子とミアと
ショーは、大成功だった。
歓声に拍手、記者や観客たちの興奮した声は、長く会場に留まり続けた。
女性客たちは実際に服へ触れながら、
「軽い……!」
「これは動きやすいわ!」
「ポケットがあるの便利だし可愛い……!」と目を輝かせている。
オーダー品だけでなく、その場で購入出来る既製品もあり、それらは富裕層の平民であれば購入出来る価格だった。
見栄えと行動のしやすさを両立させる必要があるのは、まさにその層だ。
服には手が出ないが、小物類だけでも購入したいご婦人方向けに、コルセットほど肋骨から矯正しないものの、ウエストを細く見せられる太いベルトや、口紅が目立たない黒のハンカチなどもあり、それらもすぐに売り切れていた。
レイナルドは完全に上機嫌だった。
「見た!?見た!?今のレディーたちの反応!!」
「ええ」
「でもね、動きやすいというだけで感動される世界なんて。今までがおかしかったのよ!これからよ!これから!」
アリシアは苦笑する。
「本当に良かったわ」
「ふふん、当然よ。さて……」
その時、ミアは少し離れた場所で直立不動になっていた。
目の前にいるのはクラウス第二王子だ。
「……」
「……」
二人とも目線が合っているのに黙っている。
アリシアとレイナルドはその様子を少し離れて見守っていた。
「青春ねえ」
お互い、どう話しかければいいか分からなくなっている空気だ。
レイナルドもアリシアもニヨニヨと口元が緩んでいる。
青白い頬が少し紅潮しているように見えるクラウス殿下と、不意にアリシアの視線が合った。
(しまった!見すぎた)
覗かれていると分かった殿下は、腹を括ったように咳払いをして口を開く。
「……今日のショー、素晴らしかったですね」
「あ、えぁ……そうですね!レイナルド様のお仕事や熱意が、こんなにたくさんの方に知ってもらえて良かったです!」
ミアが珍しくどもった後に、改めて会場を見渡して笑顔を見せた。
それを見てクラウス殿下も会場を見回す。
「女性たちの表情が、王城の舞踏会よりずっと生き生きしているように思います。あれは微笑み方まで指導されたものですから、こちらの方が自然な笑顔ですね」
笑顔のあたりでミアを見つめるものだから、ミアは燃え上がるように顔を赤くした。
「しかし、服飾の知見はあまりないと思っていましたが、確かに別にハンカチが黒くても良いですよね。この会場にいるような富裕層の平民なら、自分で洗いますから、汚れが落ちているかというのは分かるでしょうし」
「そうですね、使用人を使うなら汚れが目立ちにくい分、手を抜いているのではと疑う気持ちも分かりますが。
でも貴族も大体今はランドリーメイドではなく魔洗機を使うと思いますから、手を抜いているのではという疑いはあまりしなくて良さそうですね」
「あと気になるとしたら色移りくらいですかね」
「ああ、それなら布に対策の魔法が掛けてあるとレイナルド様が仰ってましたよ」
徐々に赤みを肌色に落ち着けてきたミアは、安心したのかついポロッと口を滑らせた。
「……殿下って、意外と普通の感覚あるんですね」
周囲が止まる。
レイナルドは肩を震わせている。
一応レイナルドの招待客の一人で、それを裏方として少し携わったミアがご案内しているということになっていたのだが、まあ雰囲気は大体周囲に漏れている。
甘酸っぱい空気をニヨニヨと味わっていた周囲は、ミアのスパッとした言い方に、さすがに不敬ではと石像になったように動きを止めていたが、クラウス殿下本人は優雅に笑っていた。
「市民の感覚が分かっているという評価は嬉しいよ」
「す、すみません! 私また失礼なことを!!」
「いやいや、父上も誉めていたじゃないですか。貴方の言葉は飾り気がない方が良いですよ」
クラウスは本当に楽しそうに笑っていた。
「スミス嬢、また個人的にお話に誘わせてください」
「「「きゃああああああああ!!!!!」」」
周囲の女性たちから甲高い歓声が上がった。
「そそそ、そういう!」
恐らく畏れ多さから断ろうとしているミアに、素早くアリシアが駆け寄って頭ごと口を押さえた。
「ぶっ!?」
ミアは勢いに負けて倒れそうになる。
畏れ多いからと断るのは、クラウス殿下なら特に気にしなさそうではあるが、これだけ衆目があると、また「第二王子を振った成り上がり」「調子に乗った男爵令嬢」などと品のない雑誌や新聞に書かれてしまうかもしれない。
「大丈夫?顔が青いわ、緊張しちゃったのね、ミア。奥で休みましょう」
倒れそうなミアを介抱したかのように見せて、アリシアは代わりにクラウス殿下にお返事の先延ばしをしておいた。
「殿下には申し訳ありません。ミアの体調が悪いようなので、奥に下がらせてくださいませ」
アリシアの三日月のようにキューっと引き上がった笑みに、クラウス殿下も似たような笑顔で返した。
「そうですか、それは残念です。後でお見舞いに伺いますね」
「「「きゃああああああああ!!!!!」」」
周囲の女性たちから再び甲高い歓声が上がった。
アリシアが思っていたよりも、クラウス殿下はミアのことを気に入っているようだ。
それとも余裕がある上品な笑みに見えるが、アリシアが会わせないようにしていることに、実は腹を立てているのだろうか。
第二王子殿下が帰られる際、馬車の前で礼をしてお見送りをした。
ミアは奥で寝ていることになっているのでレイナルドとスタッフたちだ。
第二王子として相応しい、優美な雰囲気で第二王子殿下が見送りのメンバーを見渡して微笑む。
ただ一人、アリシアに向けてだけ、小声で数言囁いた後、大変良い時間を過ごせたと礼を述べて去って行った。
「グレイ嬢、クラウス殿下は何て言ってたの?」
レイナルドが十分に馬車が遠ざかってから訊く。
スタッフの女性の一人が「もしかしてスミス嬢について何か伝言とか?!」とはしゃいだ。
アリシアは、いよいよ唇の三日月の角度を鋭角にした。額の青筋が掴めるほど目立っている。
「あら……、あんな周りに花が咲いてるような王子様らしい笑顔で何失礼こいたのかしら、あの坊や」
「魔法で使われる古語を使った、ヒライス国の若者スラングですわ。ほほほ、外国語に長けているというのは本当だったのですね」
アリシアの目が不自然なほどの弧を描いている。
「誰が小姑よ!!!」
たまにしか会わない割に会った時のインパクトが強い、特定に誰かに執着して周囲に対して攻撃的というような時に使うスラングらしい。
「全然優雅じゃないわ!憂いを帯びた表情が素敵とか形容した奴誰よ!あの垂れた触覚みたいな前髪引きちぎってやろうかしら!」
んぎぎぎと歯軋りして地団駄踏むアリシアを、レイナルドは涙を流しながら笑って見ていた。




