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忍び寄る影

 レイナルドが目を細めた。

「そのバカ貴族が騒いでいる内容は?」


「それがその、酔っているようで内容が一貫しないです。その分明確な悪意殺意というものも低いと考えますが、お貴族様に騒がれていると退かせないのでショーの開催に支障が出ます」


「警備員なのだから、そのまま強制連行で良いのでは?」

「本来はそうなのですが、昼間っから酒を飲んで暴れるような貴族は、反社会的組織と通じていたりするので、警備員個人がそうした報復を受ける可能性がありまして……」


「この国はまだまだ整備するべき構造が多いわね……」

レイナルドが腕まくりをして出て行こうとするのをアリシアが止めた。


 「私が行くわ」

「アリシア様?」


「大丈夫よ、ちゃんと防刃魔法の効いた傘をシルバー子爵様にいただいたから。レイナルド様はこれからショーのためにお忙しいでしょうし、中にいてくださいね」

アリシアはエドガーから持たされていたレースの日傘を持って、レイナルドのブランドのコルセットのないワンピースで堂々と表へ出て行った。


 「私も扇子に防衛魔法を掛けられたら良かったのに……」

「あれかなりお値段するわよ、エドガーもやるじゃない」

レイナルドがそう言って、少しニヤニヤしながらこっそり後を追った。


 表には数人の若い貴族たちがいた。路上に座り込んでおり、かなり酒を飲んでいるのか、皆顔が赤い。


「だからよぉ!女が男みたいに働く必要ねぇだろって話だ!仕事は限られてんだから女にしゃしゃり出られちゃ男の面子が立たねえだろうが!」

「そのうち女が商会長や騎士でもやるつもりか?」


「ははっ!女はふわふわした菓子でも食ってりゃ良いんだよ!」

「んでもって、何かあるとすぐ胸が苦しいです〜って倒れてか弱いアピールしてな、楽な人生だぜ」


「あと女の仕事と言えば◼️◼️◼️◼️◼️だろ!?ズボンなんて女が履いてちゃあ××××ってもんで!!」

「ぎゃはははあ!!」


 周囲には困った顔の警備員たちと、ゴミを見る目の見ている女性客が大勢いた。


 アリシアは静かに前へ出た。

「私がズボンを履いたら何か問題でも?」


 その声で、場が止まる。

男たちが振り返った。ピンと来ていない様子だったが、周囲が大きくざわつく。


「グレイ嬢よ……!」

「いらっしゃると言っていましたものね!」


「本物を見るのは初めてだわ!」

「綺麗ね!お人形みたい!」


キャアキャアと花が舞い散るような歓声が響き、男性たちは居心地悪そうに顔を顰めた。


 「続きをどうぞ」

アリシアは穏やかに微笑む。

「女性が何をするべきか、非常に興味深いお話をされていたようだから」


 男たちは露骨に視線を逸らした。

今のアリシアは、王都で最も有名な女の一人だ。

しかもその理由が元婚約者の女性への行いを裁判で白日の下に晒したからという彼らにとっては実にとんでもないものだ。

下手に敵に回したくないと思うだろう。


 だが、一人の男が強がるように鼻を鳴らした。

「俺たちは別に間違ったこと言ってないだろ。女には女の役割があるってだけだ」


「ええ、確かにあるわね」

アリシアは鷹揚に頷き、男たちが少し安心した顔をした。


「例えば、貴方たちの後始末とか」


数秒の沈黙が降り、ショーのために並んでいた女性たちが吹き出した。


 男たちの顔がトマトに変化する魔法でも掛かったかのように見事に真っ赤になった。

「なっ……!何て生意気な女だ!婚約破棄した欠陥品のくせに!」


「あら、私間違っているかしら?」

アリシアは静かに続ける。


「酔って潰れた貴族を運ぶのも。酒と賭け事と女性関係で増えた借金の帳簿を整理するのも。新しい借入先を考えて、そのための根拠になる事業計画書を書くのも。女性問題を収拾するのも。

あらあら仕事なんて出来ない筈の女性だけれど、随分あなた達みたいな男の後始末は得意みたいだわ、私」


周囲の女性客からは更にクスクスと笑いが漏れた。


 男たちが狼狽える。

「そ、それは……」

「いや、俺たちをモモヒキ公爵と一緒にするなよ!」


「いい加減にしろよ!どうせお前なんか父親が爵位持ちなだけだろうが!このクソ女!」

煽られた男性の内の一人が酒瓶を手に立ち上がり、笑っていた女性たちが瞬時に凍りつく。


 「安心して」

アリシアはにっこり笑う。

「今日の服は、そういう野蛮なことをするにも、とても動きやすいから合わせてあげるわ」

更にアリシアは完全に煽っていた。


 「バカにしやがって……!」

その時だった。

「確保ーーー!!!」


警備や周囲の客からの通報を受けた憲兵が、アリシアに酒瓶を向ける、女性に暴力を働こうとする様子の男性を押さえ込んだ。


 路上にいた酒呑み貴族も同時に押さえられる。

「俺は悪くない!」

「違うんだって!」

ぎゃあぎゃあ喚いている烏の群れのように落ち着きのない若者たちは、車に押し込まれて去って行った。


 ただに酒呑みでは憲兵でも優しく諭して退去を願うという工程になりやすい。

そうなればショーの開催時刻に間に合わないかもしれないし、長く会場前にあのような人物たちがいれば、ブランドイメージに関わってしまう。


 アリシアは最短で退去いただくためにちょっと刺激をしていた。

とは言えそもそも路上を占拠して酒を飲む時点で法律上は連行できるし、アリシアのような小娘の煽りをまともに受けて暴力を振るうなどという蛮行に及ばなければ良い話なのだ。


 「お見事ね、グレイ嬢。だけど自分を餌にするのは感心しないわ、その傘があったって、開いて盾にする前に瓶で殴打される可能性はあるのよ?」

「レイナルド様、いらしていたのですね。申し訳ありません、ショーの前なのにご心配おかけして」

「済んだことは良いわ、次は憲兵を待ちましょうね」


 レイナルドと中へ戻る前、アリシアはチラリと後ろを振り返った。


アリシアを何度も助けてくれているレイナルドのショー。


 そして闇の魔術の材料になる血液を販売していたウッド男爵。


それはレイナルドの事務所でロザリンドがはっきり明言していた。


 (いくら阿呆貴族の若者と言っても、昼間から酒を飲んでこんなに衆目のある前で……。平民しかいない環境で偉そうにするならギリギリただの馬鹿の可能性はあるけれど、今回は貴族の主催で貴族が大勢来ているのに、ちょっとおかしいわ。一人二人という人数でもないし……)


 もしウッド男爵の差金ならば、目的がショー前の妨害だけにしては手間が掛かりすぎる気がして、アリシアは静かに警戒心を高めていた。

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