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 王城からの帰り道。

ミアは馬車の座席で、完全に燃え尽きていた。

「……死ぬかと思いました」


「ええ、もう走馬灯が見えたわ……」

アリシアも座席に半分同化するようにへばっている。


「大袈裟ねえ」

一人笑顔で王族と談笑し、なんなら王妃様のドレスの制作予約まで漕ぎつけたレイナルドが優雅に脚を組んでいた。


「大袈裟じゃありません!!」

ミアはがばっと起き上がった。


「王様ですよ!? 王子様ですよ!? しかも私、第一王子に反論しましたよ!!」


「したわねぇ」

レイナルドが楽しそうに笑う。

「しかも結構ズバッと」


んグッとカエルのような声を出したミアは、あああああ!と叫んで髪を掻き回すと顔を覆った。

「だって!! あんな言い方されたら!!」


「あなた意外と短気よね」

「だって許せないんですよ〜、せっかく証人の方達だって勇気を出して言ってくれたのに『そろそろ鎮静化させましょう』『騒ぎすぎです』って、何ですか!」


「ええ、よく言ってくれたわ……!有難うミア!私何も出来なかったわ」

アリシアは座り直しながらうんうんと頷いた。


 ミアは少し照れたようにはにかんだ。

「剣を抜きそうな勢いの家来の方から、アリシア様は身を挺して私を庇ってくれたじゃないですか。私またアリシア様に惚れ直しました」


「惚れたと言えば」

レイナルドがにやりと笑った。

「第ニ王子は、ミアのこと気に入ってたわよね」


ミアがふへぇっ!?と面白い声をあげた。


「目がずっと追ってたもの。あれはミアの度胸に惚れたわね、クラウス殿下は見る目があるわ」


「えっ、アリシア様まで何言ってるんですか!?」


「しかも面白いじゃなくて、もっと知りたいの方の顔よ、今度の王妃様への衣装のご要望伺いにミアも一緒に行く?きっとクラウス殿下喜ぶわよ」


「えっ!いやもうあんな場所無理です!」

ミアの顔が真っ赤になる。

「本当にや、やめてください!! そんな訳!!」

「あるわよぉ」

「ないですって!!」

アリシアは少し笑った。


 確かにクラウス王子は、ミアをよく見ていた。

空気を読む感覚がミアと似ていて、暗黙で分かり合える部分がある。

言わずとも伝わる、と言うのはパートナーとして理想だが、現実で見つけるにはかなり難しい。


お互いが常識と思っている範囲の擦り合わせは、長年の経験によるものだから、どうしてわからないんだとお互いに不満に思いがちだ。


そうオリバーが「浮気は男の甲斐性」「女性を物のように扱う男が格好良い」という常識で生きていたように。

歩み寄れない価値観同士がパートナーになってはお互いが不幸になるだけだ。


 「お似合いかも」

アリシアがぽつりと言う。そしてミアの手をガッシリと掴んだ。


「でもお嫁に行ってもパン屋は手伝ってね!いえミアのパン屋を認めないならやっぱりクラウス殿下の器が足りないわ、その場合は無しね!ミアには相応しくないわ!」


「あらグレイ嬢ったら小姑みたいよ」

「こじゅっ!?」


「アリシア様!お嫁なんてそんな恐ろしいこと言わないで!私お城で生きていける気がしないです!クラウス殿下、完全に貴族の嫌味だの何だのに疲弊してたじゃないですか!生まれついての王子様がグロッキーになるような化け物の巣に行きたくないです!!」

三人がわいわい言っていると馬車が止まった。


 御者が年長のレイナルドに声を掛ける。

「クリニックの前にお客様がいるようです」


「お客様?」

アリシアは眉を寄せた。

馬車の窓からそっと外を見る。

ミアとレイナルドも顔を寄せて、団子のように重なる。


そこには、一台の高級そうな黒塗りの馬車が停まっていた。


 扉の前に立つ人物を見た瞬間、レイナルドが「あら」と声を漏らした。


 黒いドレスに長い赤髪。

 煙管を片手に持ち、妖艶に微笑んでいる。


 そして、その後ろには美しい女性たちが数人、そして筋骨隆々の男性たちが静かに立っていた。


 三人が馬車を降りると女性は優雅に一礼した。


「夜分遅くに失礼いたします」

その声は、よく通った。


「お久しぶりね、ロゼット様。グレイ様にスミス様」

赤い唇が、ゆっくり弧を描く。


「ロザリンド様」

高級娼館の女主人。アリシアとミアに無償で宿を提供してくれ、裁判に当たって手紙まで書いてくれた、元貴族という難しい立場から自力で這い上がった強い女性だ。


 ロザリンドは煙管をくるりと回しながら、楽しそうに言った。

「今日は、ぜひお礼を申し上げたくて参りましたの」


「……お礼ですか?」


「ええ」

ロザリンドの目が、少しだけ真面目になる。

「貴女たちのおかげで、やっと声を上げられそうな子たちがいるのです」

後ろの女性たちが、不安そうに身を寄せ合う。


 その姿を見てアリシアは、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


 今まで自分は、後始末ばかりしてきた。

泣く女性を慰めて、聞いてはいけないと勝手に思って秘密にして、なかったことにするために動いてきた。


 でも今は違う。ようやく。

隠さなくていい方向へ、世界が動き始めている。

その力の一端になることが出来ている。


 ロザリンドはアリシアとミアを見つめた。

「貴女たちは、本当に面白いお嬢様ね」


「面白い、でしょうか?」


「ええ。普通の貴族令嬢なら、自分の傷だけ隠して終わるもの。婚約者が犯罪者だなんて隠したいでしょう?浮気相手がいるなら噂にならないよう隠すでしょう?貴族って本当に醜いものは隠してばかり」


ロザリンドは笑う。


「でもグレイ様は、自分どころか他の女たちの傷まで引っ張り出して、隠さなくても良いんだと背中を見せたわ。

土下座どころか首を絞められたり刺されたりしたんですって?とんでもない度胸ね。

度胸と言えば、ねえスミス様、あなたが証言台で発言したことは、多くの女性を救ったのよ。今まで多くの女性が沈黙しか選べなかった。恥ずかしいからと命を絶つ者までいたわ、それをあなたは変えたのよ」


 その声には、深い敬意があった。


 ミアが、そっとアリシアを見る。

賛辞を贈られているのに顔色が蒼いのはきっと、アリシアが土下座をしたりフォークで刺されたり首を絞められたりといったことを経て証人を集めていたのを知らなかったからだ。


ロザリンドはアリシアの警護のために人を付けてくれていたので、きっとその方達から報告されていたのだろう。


 アリシアは少し困ったように笑った。

「……いえ、私はミアと安心してパンを作りたかっただけなのよ」


 数秒の沈黙があり、レイナルドが吹き出した。

ロザリンドまで肩を震わせ始めた。


「ふふっ……あなたって、時々本当にズレてるわよね、そこが魅力だけれど」

「真面目な顔で言うのやめてほしいわぁ」


 アリシアは頬を膨らませた。

「何で笑うのよ!」


「だって貴女、女性革命の中心人物みたいなことしてるのに、本人はパン屋やりたいだけって……、そりゃあ呆気に取られるわ」


 ロザリンドは一拍置いて笑顔を、ふっと消す。

「平和に生きたいのなら、気を付けてね」


 空気が変わった。

「ウッド男爵は、本当に危険よ」

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