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クッキーを食べるのは研究のためです

 翌日、部屋で安静を言い渡されたアリシアがこっそりパン屋の事業計画書を書こうとして、ミアに見つかってわちゃわちゃしている時だった。


レイナルドがハロー!と部屋にお見舞いを持って現れた。

「あ、それと今朝の新聞も持ってきたわ!気になってるでしょう?有名どころから下世話なやつまで揃えたわ!」


 アリシアとミアはベッドに並んで腰掛けたまま、その見出しを覗き込む。丸い頭が並ぶのを見て、レイナルドは微笑ましいと笑みを浮かべた。


新聞の見出しは全く微笑ましくなかったが。

【氷の才女、法廷で次期公爵を断罪!】

【ブラウン家公子の被害女性は十名以上か】

【ブラウン公爵家に激震】

【異例の婚約破棄、教会の認めるブラウン公子の異常さ】


「氷の才女ってどういうことかしら……。私って怖い?」

アリシアが真顔で呟いた。


「格好良いですね、私は何か二つ名みたいのないですかね?」

「そうかしら……」


「実際、初めて会った時は冷たい印象がありましたしね」

「え?ミア本当?」

「今は好きです!」

捨てられた子犬のように眉毛を下げているアリシアに、ミアは即答した。


 レイナルドがくすくす笑いながら新聞をめくる。

「それだけじゃないわよ。ほら」

次の頁には、大きくオリバーの似顔絵が載っていた。

妙に鼻の下が長く描かれている。


「……誰?」

「たぶんオリバーよ」

「おお、悪意があるわね」

オリバー唯一の取り柄の顔を除くと、もう何も残らないことが明らかだった。

「いやでも特徴は掴んでますよ」


 新聞ごとに注目して取り上げる箇所は違うが、どこもオリバー側の肩を持つものはなく、裁判官が倒れるほどの被害からか、以前の王妃の発言があったからか、性的な内容で茶化すような記事も、下世話な新聞を含めて全くなかった。


 アリシアは新聞を読み進め、ある一文で止まった。

【ウッド男爵『若い女性を違法に斡旋』貴族内に影響広がる】

その下には、公にウッド男爵と取引をしていた法人や貴族が弁明しているインタビューが載っている。


 部屋の空気が静まる。

「……来たわね」

レイナルドが小さく呟いた。


 アリシアはゆっくり息を吐いた。

ついにオリバー個人の醜聞では済まなくなった。


 これはもう、事件だ。

しかも貴族社会全体を巻き込む。


 ミアが不安そうにアリシアを見る。

「大丈夫よ、ミア。私は最後まで戦ってやる」


レイナルドが満足そうに笑った。

「良いわね、強い女性は大好きよ」


 その時だった。再びノックの音が響く。

顔を見せたのはエドガーだった。片腕に紙袋を抱えている。


「院長先生!」

「シルバー子爵しゃま!?」

アリシアが慌てて立ち上がる。

「どうされたんですか!?お忙しいのに!」


「差し入れです。色々あったのでグレイ嬢もスミス嬢も疲れているのではと思って」

そう言って紙袋を開けた。中から漂ってきたのは、甘い香りだった。


「クッキーですか?」

「はい」

エドガーは少し照れたように笑った。

「疲れた時は甘いものが良いかと」


 ミアの目が輝いた。

「好きです!!」

「勿論クッキーがです!」

何故かアリシアを見て、倒置法を強調して言った。


 エドガーは苦笑しながら部屋へ入ってきた。

机の上に紙袋を置くと、中から色とりどりの可愛らしいクッキーが現れる。


「わぁぁ……!」

ミアが目を輝かせた。

「これ有名なお店のですよね!?この砂糖のデコレーションが人気だって聞きました」


 「何でも枢機卿猊下のお気に入りらしくて、先ほど面会した際にお土産をいただきました。グレイ嬢にお大事にと言っておられましたよ」

「えっ!枢機卿猊下に会ったんですか?!」

「あらまあ、どうして?」


「昨日のグレイ嬢の襲撃について、教会に聞きたいことがありまして、昨日お話しした方に質問したら枢機卿猊下直々に回答をいただけたんです」


「それってどんな質問?」

レイナルドの問いに、エドガーは

「グレイ嬢を襲撃する計画を知っていたのなら、事前に本人に伝えられたのではないかということです」


あら、とレイナルドは口をすぼめる。

「猊下はエドガーの無料診療の大きなスポンサーでしょう?昨日だって助けてもらったことには変わりないのだし、文句を言うように聞こえる対応でも許していただける方なのかしら?」


「ええ、猊下は寛容な方ですし、胡麻をするよりストレートに伝える方が好まれるようです。

……とは言え、僕も直接枢機卿に言うつもりはなかったんですけどね。

現場でリーダーをしていたダンという男性に伝えたところ、枢機卿猊下がお会いしたいと言っているという早手紙をもらったんですよ」


ミアがこそこそとアリシアに囁く。

「アリシア様、どうしましょう。アリシア様を心配して枢機卿猊下にまで会いに行かれてますよ、直接物申したようですよ。これは魔法で実体化できるなら、好感度がタケノコみたいに天井を突き破るんじゃないでしょうか」

「やめてってばっ」

アリシアはミアの頬をむにっと中央に押して口を強制的に閉じさせた。


 わちゃわちゃしている二人が元気そうな様子を見て、エドガーはほっとした様子で、レイナルドもうんうんと頷いている。

「それではレディーたちは休んでいてください。僕は診療の仕事に行きますので」


 アリシアは礼を述べた後、部屋を出て行ったエドガーをしばらく目で追っていた。

不思議な人だ。


 権力を振りかざさないし、要望を押し付けない。

 自身が迷惑を被っても、自然に人を支える。

 それがどれだけ難しいことか、アリシアは知っている。


 だからこんな人と近しい場所にいることに慣れてしまったら、もう一人では生きられなくなる気がして、アリシアの経験則はアリシアに恐怖を伝える。


「アリシア様!」

ミアが百面相のアリシアを見て、明るく呼びかけた。

「クッキー食べましょう!あれって、もしかして前にアリシア様が言っていた、孤児院出身の方々が作られたものではないですか?」


「そうね!そうだわ。孤児院で仲間になった方々が作って、話題になっているクッキー!素晴らしい成功事例ね!」

「はい、私たちのパン屋でも見習うべきところがあるはずです」

「これは試食しないと」

「そうそう!成功事例の研究です研究!」


 二人はクッキーをかじって美味しい~と笑いあった。

レイナルドはそんな二人を見て、小さく笑っていた。

その穏やかな空気の中、誰もまだ知らなかった。


 同じ頃、王都の地下牢で。

ウッド男爵が、静かに笑っていたことを。

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