凶刃
裁判所の外は、曇天の夕方だった。時刻の割には暗かった。
回復したミア、傍聴席から下りたエドガー、レイナルドと裁判の様子を話しながら石造りの階段を下りる。
アリシアは小さく息を吐く。
ミアが言う通り、ずっと気を張って体力を消耗したせいか、脚に少し力が入りきらないような感覚があった。
「アリシア様!」
ミアが勢いよく抱きついてきた。
「うわっ、危ないわ。どうしたの?」
ミアはアリシアの足元をちらっと見た後、ぎゅっと抱きしめたまま引っ張るようにして階段を下りる。
「格好良かったです!最高でした!私、皆さんからお話を聞いて、途中から『この方を次の女王にしましょう』って気持ちになってました!」
「ええ、嫌だわそんな人間関係が大変そうな役割」
「えぇ〜!?」
ミアが本気で残念そうな顔をする。
レイナルドが扇で口元を隠しながら笑った。
「ミアってば、もうすっかり回復したみたいね」
「ええ、ピザ何枚でもいけますよ!」
エドガーが苦笑しながら、裁判所前に停められた馬車へ視線を向ける。
「本当に素晴らしかったですよ。今日の証言で流れはかなり変わると思います」
「ええ。でも……」
アリシアは空を見上げた。
「これで終わりではありません」
むしろ始まりだ。
今日、自分はブラウン公爵家を敵に回した。
オリバーだけではない。
そして、少ない人数だが、あの場で青ざめていた貴族たち。
女性を玩具のように扱いながら、家名と金で隠してきた者たちも。
彼らはきっと、自分を許さない。
その時だった。
アリシアの背筋に、妙な寒気が走った。
ぞわり、と。まるで獣に見られているような感覚。
アリシアは反射的に足を止めた。
「……アリシア様?」
ミアが不思議そうに見上げ、抱き締めた腕を離した。
次の瞬間。
「伏せろッ!!」
エドガーが叫んだ。
何かが風を裂く音。
アリシアは咄嗟に反応できなかった。
速い。
黒い影が、階段脇から飛び出してくる。
暗い中でも陽光を集めて光っている。
刃物。あれは短剣だ。
一直線に、自分へ。
――死ぬ。
頭が理解するより早く、強い力がアリシアの身体を引き寄せた。
「っうわ……!」
視界が反転する。
直後。
ガキン!! と硬い音が響いた。
エドガーが片腕でアリシアを抱え込みながら、もう片方の腕で杖を振り上げていた。
杖の内部から展開された魔術障壁が、短剣を弾き飛ばしている。
「うわぁ!え!?何!?」
ミアが叫ぶ。こちらはレイナルドが小脇に抱えて距離を取っていた。
「防犯魔法が仕込んである!で、そちらは何の用だ!?」
襲撃者は舌打ちした。
黒い外套を纏った男だった。一般的な店には置いていないだろう、身体にフィットした黒い服装の下に盛り上がる筋肉が見える。明らかにエドガーよりもレイナルドよりも大きな体躯だ。
男は質問に答えず、威圧感あるその太い脚に力を込めて、もう一撃を踏み込もうとした。
だが、その男へ向かって、さらに別方向から人影が飛び出す。
「動くなァ!!」
屈強な男たちが、一斉に襲撃者を取り押さえた。
その動きは統率されていたが騎士ではない。
服装は庶民的なもので、バラバラだが、場慣れしていて、素人目にも襲撃者よりも無駄のない動きに見えた。
男たちはあっという間に襲撃者の腕を捻り上げ、地面に押さえつけた。
「ぐっ……離せ!」
「離すかアホンダラ!」
低い声でそう言った背の高い男は、片目に古傷があった。
彼は顔を上げ、襲撃者を押さえたままエドガーに軽く頭を下げる。
「間に合いましたな、先生。グレイ嬢」
名前を呼ばれてアリシアは瞬きをした。記憶を辿るが知り合いにいたと思えなかった。
エドガーは警戒を解かないまま尋ねる。
「どなたか存じ上げないが?」
「気安くて申し訳ありません。我々は教会の回収人です。『そういう』伝手から、グレイ嬢を狙う刺客の情報を得まして、急いで駆けつけました」
「リーダー!周囲は抑えてます!裁判所周辺に三人おり、逃げようとしたのを捕まえました!」
部下らしき男性が駆けつけて、背筋を伸ばして背中に腕を組んで報告する。
「刺客が三人も……」
ミアが荷袋のように抱えられたまま、青ざめている。
抱えているレイナルドの表情は固く、視線は教会の回収人に引けを取らないほどになっていた。
「本気で殺す気だったのね……」
そうまで恨まれているとは、考えなかったわけではないが、想像と実際刃物で命を狙われるのでは、全く恐怖が異なる。
身体はまだ全身の毛が逆立っているし、走ったわけではないのに息が荒い。心臓はバクバク言っており、脚は溶けたように力がまるで入らない。




