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もう黙りません

 弁護士がしおしおと二回りは萎んだような姿でアリシアに質問しに来た。

哀れに思わないように、アリシアがグッと扇子の柄を握りしめた。

「貴女はオリバー様を最も近くで支え、そのお人柄を理解している方だ。オリバー様は、悪意を持って女性を売買し、悪意を持って傷つけるような非道な人物でしょうか?」


 法廷が静まり返った。

 あれだけのことがあって、その台詞が言えるか?と皆虚を突かれたようだった。


 だが確かにオリバーが頭の中がスポンジになっているかのように、何も考えていないのは事実だ。

弁護士は多少オリバーを阿呆と貶めしても、悪意がないことを全面に出して、減刑を狙うつもりのようだった。


 そしてきっとオリバーに悪意はなかった。

奴はきっと本当に何も考えていなかった。


 エドガーの肩が怒りと呆れで震えている。

 レイナルドは扇をパチン、と閉じた。行っておいでと言うようで、アリシアは何か力が湧いてくるのを感じた。


 アリシアは少しだけ考える素振りをした。

そして、柔らかく微笑んだ。

「ええ、思いますわ!」


 「……そのご理由は?」

弁護士は傷ついたような表情をしていた。今までオリバーの後始末のため、幾度も共に苦労したのだ。

この窮地で、アリシアに裏切られたような気持ちになるのも不自然ではなかった。


 「実際にオリバー公子はウッド男爵へ金銭を支払っています。彼は十八歳で成人しており、しかも民の模範たる次期公爵です。分別のつかない子供でも、教養を得る機会がなかったわけでもありません。

この行動に悪意がないという説明がつきません。」


おお……と傍聴席から声が漏れる。弁護士が質問を畳み掛けて遮る前にアリシアは続けた。


 「更に、恐らくはウッド男爵を介さずに出会った市井の女性に結婚の約束をし、責任を取れなくなって婚約者である私を代わりに謝罪に向かわせたのは先生もご存知でしょう?

私がアーチダ区の女性の家の床に頭を付けていたのを、一緒に訪問された先生は見ていらっしゃったじゃないですか」


傍聴席でザザザっとさざなみのような、大勢が一斉に動き出した音がした。


 アリシアは言ったアーチダ区は首都の端で、広さと人口があるので、アリシアの発言だけで該当の女性を特定することは出来ない筈だ。

特定に至らない理由がもう一つある。

広さと人口以上にその治安の悪さで有名で、男性に騙された女性が泣いているという光景が珍しくないことだ。


 それほどにアーチダ区は治安が悪いのだ。

誰もが知っているその地域の女性の家の床に、何の非もない侯爵令嬢が頭を付けて詫びるというのは、見栄で生きている貴族たちにとって衝撃的なことだった。


同時に、自分が謝りたくないからと、婚約者を浮気の詫びの遣いにアーチダ区へ行かせるなど、悪意がなければ出来ない所業だと誰もが思った。


 「先生、他にもミア・スミス嬢の件ではその父親に商取引の優遇を勝手に約束しています。家への便宜を餌に、女性の意思を無視して関係を迫る行為に悪意がないと言えるでしょうか」


 アリシアは真正面から弁護士を見た。

こういう時は目を逸らさない方が良い。古典的だが、人間も動物だ。


 「オリバー様は、悪意を持って、常習的に女性を売買し、女性を傷つけていました!」


法廷がどよめいた。


 弁護人は慌てて声を強めた。

「グレイ嬢!貴女は先日、ブラウン公爵家より手紙を受け取っているはずです!

婚約者として誠意を見せ、オリバー様の名誉を守るようにと!何のために来たのです!?

幼い正義感を披露する場所ではありません!あの馬鹿息子に復讐したい気持ちは分かりますが、ブラウン家自体にダメージを与えるということは、ブラウン領民にも被害が出るということです!

貴女があの馬鹿の梯子を急に外したから、既に隣国との取引など影響が出ていることをご存知でしょう!!」


「馬鹿息子って言ったわ……」

「弁護士先生もストレス溜まってるわね」

傍聴席の呟きも弁護士の耳には届かないようだ。


 「ええ、受け取りましたわ。ですから誠意を見せに参りました」

アリシアは淡々と言った。


「真実に対する誠意です」


 弁護人は顔を赤くした。歯を食いしばってギリギリ鳴らしている。


「先生、私は何度も、オリバー様の行いについてご相談しました。貴方はそのたびに、若い男にはよくあることだ、妻になるなら支えるのが道理だと、はしたなく騒がないことが当たり前だ、と仰いました」


「それは――」


「そして私は黙りました」

 アリシアは目を逸らさずに続ける。


「その結果、被害者は増えました。私は自分の沈黙を悔いております。ですから今日は、もう黙りません」


弁護士が唇を噛んだ。そして拳を握ったまま席に戻った。

質問を重ねるほどボロが出ることは、何度もそのボロに関わった弁護士本人がよく知っていた。

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