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自分勝手な人

 裁判の前。両陛下への謁見で風向きが変わった確信を得たアリシアは、ひたすらに手紙を書いて書いて書いて、本人のみ開封可能な早手紙で飛ばし続けていた。


 エドガーとレイナルドは、王様への謁見のアポイントや、アリシアとミアの居場所、新たな証拠を持つ協力者候補を与えてくれた。


 二人にとって全く利がないわけではない。

エドガーは王との接点を増やせるし、そうなれば自身の施策や病院経営に良い取り計らいをもらえる可能性は高まるだろう。


 レイナルドはマダム・ロザリンドのビジネスを助けることで、取引に良い影響が出るだろう。


 だが、いずれも不確かなものだ。

婚約者に浮気された、高位貴族に弄ばれたなどよくあることで騒ぎ立てる小娘二人を放っておいた方が、よほど自身の仕事に時間を割けるだろう。それでもエドガーもレイナルドも、快くアリシアとミアを救ってくれた。


 その上、お前らのせいで酷い目に遭ったと責められても仕方ないほどに二人には迷惑を掛けてしまっているのに、二人はアリシアとミアを一度も責めたことはない。

それどころか二人を慮って守ってくれる。


 「有難いことだわ……」

この縁を途絶えさせてはいけない。必ず次の犠牲者が出ないように、活かさなければ。


 二人が自分たちの大事な人脈を使って行動してくれたのは、きっと本当にこの国を変えたいからであり、

そのためにアリシアとミアを信じてくれたからだ。


 アリシアは昼も夜も問わずひたすらに手紙を書いて、面会許可が出た相手の家に行き、改めて心から謝罪をした。そして証言の依頼をした。


 元子爵令嬢には花瓶の水を掛けられた。

 市井の未亡人には今更何をしにきたと言われた。

 マダム・ロザリンドの娼館でオリバーを相手にして酷い目に遭った元職員の女性には、首を絞められた。


 単身ではなく、娼館の護衛職の方や、時間が合えばエドガーやレイナルドが付き添ってくれたので、助かった。


 本当は一人の予定だったのだが、どこからかアリシアの行動はバレていて、「アリシアを守る」と言ってくれるのだ。


 アリシアを守る。

そんな価値があるなんて知らなかった。


アリシアの身を心配して、その身を危険に晒してくれる人がいるなんて、そんな日が来るなんて信じられなかった。


 いつだって、今よりもっと幼い、まだ他の令嬢が親の腕に抱かれているのが許されるくらいの頃から、ずっと誰かに側にいてほしかった。


 弱い自分を守ってほしかった。心配だと言ってほしかった。


 それは許されなかった。親はいつだって友人や恋人と一緒にいて、それがとても幸せそうで、子供ながらに我慢しなければいけないと分かったのだ。邪魔をしてはいけないと。


 自分は邪魔なのだと分かっていた。


 だから努力した。一人で生きていけるように。

努力して努力して努力して。


勉強も経営も社交も、全部楽しくなどなかったけれど、我慢して、邪魔にならないように、そこにいても良いと言ってもらえるように、努力したのだ。


 婚約者がしでかしたことでも、アリシアはそのフォローにため最大限に努力した。


 アリシアが知っている限り、その相手については「その時」に出来る限りのことをしてきた。

 産婦人科の付き添い、ミアが高額だと言っていたよりも遥かに高い魔法診療によるケアや、縁談の根回し、解決金の用意など、物理的には解決した筈だった。


 彼女たちの心理的には解決していなかった。

アリシアが悪いわけではないと分かっていても、攻撃せずにはいられないほどに。


◇◇◇


 アリシアはオリバーがことを起こす度に駆けずり回ったが、どこかで作業と捉えている部分がなかっただろうか。


 健康被害があればクリニックへ。

 金銭的余裕がない方なら解決金の用意、そのために捻出出来る財源の調査。


 物理的に忙しく、そして、心のケアなどされたことがなくて、どうしたら良いのか分からなかった。

だから目に見える分かりやすい対処をした。

間違ってはいなかった筈だ。でもきっと正しくもなかった。


 それはもしかしたら、どこかで自分のせいではないと思っていたからかもしれない。


 自分は悪くないのに、謝らなければいけなかった。


 身分だけで見れば、誰にも生涯頭を下げなくて良いような生まれのアリシアが、マナー教師によっては頭を下げてはならぬとまで言われるアリシアが、オリバーのしでかしたことのために何度も何度も、身分に関係なく床に額を付け、頭を下げた。


 それ自体に不満を抱いているわけではない。

 非があれば謝るのは自然なことだ。特に頭を下げたら死ぬ病にでも罹っているのか、全く反省の素振りを見せぬオリバーを見ていると、より自身は正しくあろうと思った。


 被害者の方に申し訳なかった。同じ女性として出来ることをしたいと思った。そこに偽りはない。


 ただ、何かが擦り切れていく気がした。


 周囲の令嬢は常に親や周りから傷つかないよう大切にされている中で、アリシアは何度も何度も頭を下げて、それでも誰にも許してもらえなかった。


 自分は余計なことに散財してばかりのくせに、オリバーには「無駄金使うなよ」と釘を刺された。

オリバーの素行のせいで必要なフォローの支出なのに。


 ブラウン家の金を使うのか、既に女主人のつもりかと義父に言われた。それでも後始末は婚約者であるアリシアの仕事だとも。

アリシアの世話が足りないから息子が遊びに走るのだと全てアリシアのせいにされた。


 オリバーの母は、愛人と別宅で暮らしている。一度も顔を見たことも、言葉を交わしたこともない。


 誰もアリシアを労ってくれなかった。たった一言の「がんばったね」さえなかった。


 どうしたら良かったのか。

もう一度時間が戻ってもあれ以上頑張れない気がする。今の自分ならオリバーへの情が微塵も残っておらず、世間知らずでない分、外へ逃げてしまいたくなるだろう。


でも、今は逃げる時ではない。自己憐憫に浸っている暇なんてない。


◇◇◇


 アリシアの首を絞めて、娼館の護衛職の方に組み伏せられている、元娼婦の女性が言った。

「あんたが、私に謝ってスッキリしたいだけで!私はまたあの夜を思い出さなきゃならない!一生暮らせる金はあるけど、一生安心できる夜は来ない!貴族はいつだってそう!何でも分かってる顔して、私たちの気持ちなんて何も分かっちゃいない!


あんたが考えてるのはあんたのことばかり!!」


 その通りだった。

アリシアは思い出した。


 ミアは、実父に売られてオリバーに花を散らされて、それでもオリバーを告発すればアリシアの将来のためになるかと訊いたのだ。

自身の将来に永遠に影が差しても。


 そして初めてアリシアのために泣いてくれた人だった。こんな身勝手なアリシアを優しいと言って。


 アリシアはあの時、何にも例えられないほど嬉しかった。胸の中央から湧き出た温かな靄が身体中を駆け巡った。


 今からでもきっと遅くない。

アリシアは女性の目を見た。


これは多分ミアの真似。自分ではなく他者を助けたいと願うミアを真似した偽善だ。それでも、しないよりはずっと良い。

いつかは本当に、相手を思いやれる人になれるかもしれないから。


 「お願いします!勝手を言っていることは重々承知しております!その上で、あなたと同じ思いをする女性を減らすために、私に協力してください!!!」


アリシアは床に手を付き、頭を擦り付けた。

他の女性がこれで救われるなら、ミアやこの女性が行く道の影が少しでも薄まるなら、いくらでも頭くらい下げよう。

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