ミアの証言
裁判は大方の予想通り、オリバーの劣勢で、弁護士の先生は頑張っていたが、足掻けば足掻くほど状況は悪くなっていた。
「弁護士は依頼を遂行しようとしているが、雇い主が悪すぎる……」とその場の誰もが思っていた。
男性貴族社会の慣習として父親が息子に娼婦を紹介するなど、色ごとが悪として認識されていないことによる、オリバーの悪意の無さによる温情を願ってみたり。
有力者であるウッド男爵の誘惑に、まだまだ若く未熟な子供であるオリバーが騙されたと責任転嫁して、オリバー自身の無罪を訴えてみたりした。
ただオリバーが主張していた違法捜査という意見は厳しいと感じたのか、弁護士は一度も口にしなかった。
「それでは、争点であるミア・スミス男爵令嬢の人身売買について。当人同士合意があった男女の行為であり、ブラウン公子による性犯罪ではなかったと判断するため、ミア・スミス男爵令嬢の証言を要求します」
「証人をこちらへ」
弁護士はここでどうにかミアがその当時は合意していたとシナリオを書きたいようだった。
後になって傷モノになったことを恥じて金を要求したいと思ったか、婚約者であるアリシアに見つかって咄嗟に吐いた嘘に引っ込みがつかなくなったとか、目立ちたくて大袈裟に騒いでいるだけの女性だとか、そう誘導したい質問のオンパレードだった。
ただそれは事前に対策済みだった。
エリスによってそうした下卑た質問ばかりされて、こちらの動揺を誘うのだと口酸っぱく聞かされ、模擬質問と回答をずっと行ってきた。
「あなたがブラウン邸の監視装置のこの記録にあるように、胸元が大きく開いた服で夜遅くにオリバー・ブラウンの部屋へ、自身の足で歩いて行ったことは事実ですね?」
法廷には、ミアがスミス男爵にこれでもかと腕を引っ張られ、腰を掴んで押されている様子が映し出されている。
ミアは最後まで逃げられたら逃げられるように努力していた。それでも恰幅の良い父親の腕力に敵わず、遂になんと腹を殴られて何か罵られながら、よろよろと歩いてオリバーの寝室に向かった。
「……。そうですね、服装と自身の足でという部分はそうですが」
「ではスミスさん、質問を」
弁護士はミアに余計なことを言わせないように遮って質問を重ねようとするが、ミアは回答が済んでいないため最後まで聞いてくださいと裁判長を見つめて言った。
「スミス令嬢の発言を続けてください。弁護人は証人の発言を遮り証言の権利を侵害しないように」
「映像にある通り、隙があれば逃げようとしましたが、暴力を振るわれました。
これ以上の暴力の可能性があると、『腕や脚を折っても一夜くらい持つ』といった脅しを受けて、恐ろしくなりました。
物理的に腕を引っ張られて『逃げられなかったので』オリバー・ブラウンの部屋へ行くことになりました。『私は父やオリバー・ブラウンの行いに納得して訪れた訳ではありません』」
冷静なミアの言葉は感情に泣き叫んで伝えるよりも効果があった。
ミアは確かに深く傷つき、それはもう消えることがなく、冷静に伝えられるほどに噛み締められている記憶なのだ。
一時の悲しみによる感情の揺れではない。
その後も下品な質問が続いた。ミアはずっと冷静で、具体的な行為については「回答の必要性が分かりません」と拒否した。
裁判長が弁護士に「証人を辱める目的での質問は許可できません」と注意した。
それでも弁護士が「大声を出していない」「逃げ出そうと思えば、オリバーの着替えの際に逃げられたのに、オリバーを褒めるような事を言ってむしろ誘ってきた」「事件発生後、警察に駆け込んでいない」などとミアの責任を問う質問という体の責めを行ったために、ミアは証拠を提出した。
「ミア……」
アリシアは唇を噛み締めた。あんな物をオリバーの服に付けたことが悔やまれた。これから行われることを思うと、アリシアの胸は張り裂けそうだった。
よく胸が張り裂けるという表現を見かけるが、アリシアは実感した。何度も使われるフレーズであるのは、実際に深く傷ついた時、人間は心臓の鼓動が痛いほど早くなり、胸が張り裂けるほど痛むのだ。
心臓が針で風船を突いたように割れそうだった。
痛い、痛い痛い痛い。
今にも吐きそうだ。脳が痛みに混乱している。
「これはブラウン公子が、婚約者がいるにも関わらず、何度も女性たちに性的行為をするために、ブラウン公爵立ち会いの下で、ブラウン公子に魔契約で付けられた監視記録装置です」
弁護士は今度こそ勝手に付けられた記録装置による記録は〜とオリバーと同じ主張を行ったが、却下された。
正規の魔記録装置には、未成年者の録画監視には対象者の親の許可を必要としており、その場で検察官及び裁判官たちにより、ブラウン公爵のオリバーを監視する許可が確認されたためである。
当時の様子が法廷に映し出され、つんざくようなミアの悲鳴にアリシアは思わず椅子に座ったまま蹲った。
もっとアリシアが積極的にオリバーを止めていれば。オリバーとの関係修復を考えていれば。被害者に口止め料を渡すのではなく告発や警察への届けを促していたら。
こんなことにはならなかったのではないか。
アリシアは震えながら両手を組み合わせ、小声で謝罪していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、力がなくて、考えが足らなくて……」
「痛い!痛い痛い痛い痛い!ヤダヤダやめて!お願い!やめて!」
「お前だって納得して父親と男の寝室に来たんだろう?」
オリバーの言葉が、それこそ三下のチンピラみたいな言葉が、ミアがそんな言葉を言われるような立場だと思い知らされているようで、言いようがないほど腹が立った。
「違う!ずっと助けてって言った!さっき見たでしょう!?無理矢理連れて来られ痛い痛い!!!」
ミアの悲鳴が響き続ける。オリバーがそれを家畜みたいだと笑っている。
「これ以上は必要ありません。十分です」
裁判長が映像を停止させた。
傍聴席にいた女性たちは気分を害して、アリシアのように蹲ったり、気絶している人までいるようだ。
下卑た笑いを浮かべている男性もいて、もう少し元気であったら思わず扇子で目玉を突きそうになったが、大抵の男性は顔を青くしていた。
これはポルノではない。拷問の映像だった。
オリバーが床に脱ぎ捨てた上着に付いていた関係で、ミアとオリバーの身体は一割も映っていない。
それでもミアが逃げようとした手や、オリバーがミアを打ち据える腕の振り、オリバーが四つん這いになったような動きを見せる膝などが映り込み、ミアが全く納得などしていない、暴行されている音声が録音されていた。
ミアは証言台の上で静かに涙を流していた。震える唇をグッと引き締めて、正面を見据えていた。
「一時休廷とする!」
その言葉を聞いて糸が切れたようにミアが倒れた。
「ミア!!!」
アリシアは柵を越えてミアに駆け寄ろうとして、左右から警備員に押さえられた。




