浮気野郎で差別主義者はとりあえず大鍋で煮とこうと思います
王様に会うには手順を踏む必要がある。
特に今回のアリシアたちのように、何かを変えてほしいと王様に訴える場合、この国では控え室で王様の側近に概要を説明して問題ないことを理解してもらう必要がある。
事前にエドガーが内容を伝えているので、最終確認のようなものだ。
提出済みの概要資料の写しを元に、話をする。もしこの場で問題点が確認されれば、その場で修正する。
例えば「数字の根拠が足りず感情だけの訴えになっているので、この部分は最後のまとめで感情の訴えに回してください。もしくは削除してください」といった具合だ。
アリシアがコーヒーハウスの件で謁見した時は、アリシアはまだ幼くガチガチに緊張していて、誰が見ても可哀想なほどだったのと、側近が優しいおじいちゃんだったため、簡易的に終わり、控え室で雑談をしていた。
だが今回は大分外れを引いたようだった。
◇◇◇
ノックもなしに部屋に入って来たのはホワイト公爵だった。
四十代後半で、中肉中背。取り立てて目立つ見た目ではないが、それを補うためなのかジャケットもベストも金色のゴテゴテした刺繍が入っている。
誰も許可していないし、ホワイト公爵が断りを入れてもいないのに、ドッカとソファに座った。ベストのやたらギラギラしたボタンがベスト越しに腹に食い込む。
資料はバサっとテーブルに置こうとして、思ったより滑ってしまったようで、つるーっと向こう側の床に落ちてしまった。
少し恥入った顔でもすればまだ可愛いものを。この小さめの豚……ではなかった、ホワイト公爵は、突然の登場に驚いているエドガーと四人の女性陣をジロジロ見ると、一番小さなミアが付け入り易いと思ったようだ。
「おいそこの、拾え!気が利かないな」
ミアが怒鳴り声にツインテールをピッと跳ねさせる勢いで、身体を震わせ、申し訳ありません!と拾い上げて机に置いた。
慣れているのだろう。猫の湯たんぽを落としたり、書類の角が揃っていなかったりといった、相手にチクチク嫌味を言われそうなミスはなく、ホワイト公爵はチッと隠すことなく舌打ちをした。
「唐揚げ……」
フレイヤさんが幽霊の囁きほどの音量で口を動かすことなく呟いた。
フレイヤさんが元同僚の伝手で油や鍋を持ってくる前に、エドガーがズイと前に出て、ソファに座る許可を得て、打ち合わせを始めた。
「それでは、今回共に陛下へ謁見いたします女性たちですが、グレイ侯爵令嬢とフレイヤ以外は初めてとなります。スミス男爵令嬢は緊張から具合も良くないようですし、こちらに掛けても良いでしょうか?」
通常はエドガーがこのように申し出なくても、側近が「皆掛けなさい」と声を掛けてくれるものだ。
そもそもフレイヤとエリスが平民だからと言って、女性を立たせっぱなしにするのは紳士の振る舞いとしてよろしくない。
特に今回の四人は、登城する夫に付き添って来ただけですという夫人たちと異なり、自身が王様に訴えたい当事者なのだ。打ち合わせに参加するには、同じテーブルに着かなければいけない。
「ああ?!具合が悪いなら帰れ!これだから女は甘えてまったく……」
ホワイト公爵はやれやれと首を振った。
アリシアは心の中で大量の砂糖と魔女の大鍋を用意し始めた。
エドガーは笑顔を引き攣らせている。レイナルドが言っていた、リスクを考えすぎて、この場合は四人の女性にこれ以上不利な状況が訪れることを恐れて、何も動けなくなってしまう悪癖が出たのだろう。
発起人であるアリシアが一歩前に出た。
「お久しぶりです、ホワイト公爵様。ご記憶でございましょうか。先々月にブラウン公爵の宝飾品事業にて、邸宅に伺わせていただきました」
「あ……?ああ、ブラウン次期公爵夫人、いやあ妻が喜んでおりましたよ、ああ、わざわざ店員ではなくて次期公爵夫人がいらっしゃるとは……」
「ホワイト公爵の奥様を想われるお気持ちが込められたお品ですもの、ぜひ直接お届けしたかったのです」
にっこり笑うとホワイト公爵は苦いものを飲んだように口を歪めながら、笑みに似た形を作った。
浮気疑惑の詫びの品ですものね、とアリシアは大鍋に水を加える想像をしながら口の端をキュッと上げる。
ホワイト公爵の奥様は隣国の王族なのだ。商業的にも離縁されては困る公爵は、奥様と言うより、奥様からの手紙で激怒していた隣国の奥様の親族に向けて「妻を愛しています」というパフォーマンスで大きな宝石の付いた首飾りを特注していた。
テイラー侯爵領の真珠が連なり、ブラウン領の貴重な魔鉱石を中央に飾る、大変高価なものだった。
ここでホワイト公爵の浮気の暴露などしないが、向こうへの小さな牽制になるかと思ったが、ホワイト公爵の無礼はまだ続いた。
ホワイト公爵は完全な身分差別主義者だった。エドガーにさえ、「いやしかし幸運でしたなあ爵位を継ぐことが出来て」と非常に失礼な物言いをして、場を凍らせた。
まるでエドガーの兄が死んで良かったとでも言いたげだ。
エドガーの家は子爵なので、本来は下位貴族だが、魔法医療の貢献が大きいため、男爵以下の準男爵や騎士爵を加えればピラミッドの半分より上という感覚で、高位貴族扱いを受けている。
目立って差別をするべきでないという、言われるまでもない暗黙の了解に加え、医療のお世話にならない人はいないので、エドガーのシルバー家に向かって、大抵は下位貴族だと心で思っていたとしても差別発言などしないものだが、ホワイト公爵も操られでもしているのだろうか。
アリシアは一瞬過ぎった考えをすぐに否定した。
この控え室では、訴えに来た人物が側近を混乱させて自分勝手な訴えを了承させたりしないよう、非常に高度な魔法が張り巡らされている。
そうしたら小細工は出来ないのだ。
そもそも公爵という身分の人物の血を手に入れるのも大変そうだし、その労力を掛けてやることがエドガーやミアへのチマチマした嫌がらせというのは、リスクに対して見返りが合わない気がする。
「しかし大変ですなあ、医者というのは。滅私奉公ですか。哀れな女性たちのために、わざわざ陛下にお願いとは。むしろあなただって男性ですから、ねえ、分かるでしょう。もし陛下が全て訴えを聞いてしまったらどうするんですか?」
(どうするもこうするもあるか!全て訴えを聞いてもらうために来ているんだよ!この浮気野郎!)
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたホワイト公爵に対して、アリシアはまだ立たされたまま、青筋を浮かべて心の中で毒付いていた。
大鍋は火のついた薪の上に乗せられ、ぐつぐつに煮えたぎった想像に変わった。




