復讐リストに太字で追加
「……で、でも私が二人に嫉妬のような感情を持っていたのは事実です」
「でも君は今まで何度も、自分より恵まれた患者を見て来た筈だ。貴族のご令嬢ゆえの無知さで、ちょっとした不正出血で死ぬのではと大袈裟にクリニックで騒いだり、病室にソファを置けとか紅茶がぬるいとかクリニックをホテルと勘違いしていそうな高飛車なごお嬢様とか……。妊娠や病を患う時点で患者もストレスを感じているのは分かる。それを差し引いても理不尽な患者というのはたくさんいるじゃないか。でも君は今まで不正も嫌がらせもしたことがない。貴族だった君が血液に近い仕事をするのは屈辱だろうに。
たまたま、僕が知り合いだと言って一日寮に泊まらせることにした女性に『だけ』、『クリニックの評判を落として居場所を失っても良い覚悟で』嫌がらせをしたのかい?」
「それは……、でも……」
段々とエリスが困惑していくのが分かる。
「ゼロを一には出来なくても、五を十に出来るような魔法があるんじゃないかと僕は思っている。ちなみに最近怪我や出血をしたことは?」
「いえ、誰かに血を取られるようなことは何も……」
「賢い君がホイホイと血を提供するとは思ってないよ。でも、ああ、心当たりがあるんだね」
いつの間にかアリシアたちもエドガーとエリスの話に耳を傾けて集中して黙していた。こちらを見ていたフレイヤが、ああアレかという顔をしていた。
「先生、以前からゴミを漁る浮浪者や不審者がいると、クリニックを含む町内で話題になっていましたよね」
エドガーが頷き、一拍置いてうわ、という顔をした。通常の男性ならともかく、エドガーは産婦人科医だ。ゴミから浮浪者が何を回収したか想像がついた様子だった。
先程アリシアたちが話していた、画期的な魔道具の一つは、スライムの干物を使った、女性の月のナプキンだった。
「え!?あ、やだ。もしかして……」
ミアも思い至ったようでサッと顔を青くした。
同じ顔色のアリシアが名前を伏せながら、でも「それ」から個人を特定出来るのかしら……と言いかけて、出来るわねと自己完結してため息を吐いた。
「血があれば違法な魔術で本人を見つけられるから……」
「キモっ!キモいキモい!ヤダヤダ!アリシア様どうしましょう!アリシア様のお家、変態魔法使いを雇ってますよ!?」
ミアがぎえーっと両手を戦慄かせた。
「ミアああ、どうしましょう!親も兄たちも見る目がないとは思ってたけど、変態を雇用してたわ!あああ、きっと私の行方を探している時よね……」
「いえ、それにしては時系列が整わない気がします……。結構前から『その被害』はあったので」
「恐らく、血が付いたそれを売り買いするような所があって、魔法使いはただ、今回の記事の証言を引き出しやすくするための魔法の材料として買ったのではないでしょうか」
フレイヤとエリスが腕を摩りながら言う。
「ウッド男爵?!」
ミアが叫んだ。
「ああ、あの、女性の商品や、その他『紳士の嗜み』も扱う人に縁を繋いでもらったと父が言っていて……」
耳目が集まりミアは猫をぎゅっと抱き締めて恥ずかしそうにそう証言した。
「……そうだとしたらアイツは砂糖を入れた熱々のお湯で煮込んでジャムにしてやるわ」
アリシアが項垂れたミアを見ながら鬼のようなオーラを漂わせている。
「可能性はあるかもしれないですねえ、手広い商売をしていたようですし、そういう方面の」
フレイヤが顎に手をやって頷きつつ
「唐揚げも良いのでは?」とさらりととんでもない提案をした。
「ウッド男爵……、そうね、奴ならむしろ私を狙うように言って、それを売ったかもしれないわ」
エリスは頭を抱えて壁に凭れてしまった。
「アイツなのよ、私が、その、裁判で訴えた相手は」
バキィ!と言う音がして、皆がバッとそちらを見た。
「すみません、ちょっと小蝿が飛んでいて」
アリシアが壁に拳を突きつけたまま、平然とした淑女の顔で言ってのけた。
「アリシア様、壁を殴って怪我をしたらウッド男爵が殴れなくなります」
ミアがそう言ってアリシアの手を摩った。有難うミア、と二人はキャッキャと笑い合っている。
「そこ……?」というエドガーの呟きは誰にも拾われなかった。
◇◇◇
アリシアは心の中でしっかりと、復讐リストにウッド男爵を深く刻み込んだ。
エリスの裁判について書かれていた赤走の記事では、エリスが受けた被害についても触れていた。
ミアと同じように、エリスは叔父によって同意なく売られたのだ。
元々火の車だった家の金を集めるためか、兄の子供が鬱陶しく虐げたかったのか、両方なのか、エリスは複数の男性に、長時間酷い目に遭わされていた。
ただ裁判では男性側が勝訴したため、犯人の名前は伏せられていた。その日起きたことについて、エリスと首謀者の男性は婚約の可能性があった、いやほぼ婚約しているような状態だった等と書かれていた。
そして普段より刺激を求めて「エリスが男娼を用意した」と記されていた。
「さすがにそのような趣向は理解し難いと、婚約者から話を白紙にされると、エリスが逆恨みして訴えた」と結論づけてあった。
色に奔放すぎて、被害妄想で裁判まで起こし、賠償を命じられて娼館落ちという、散々な人物として男性たちに仕立て上げられた。
そんな筈ないのだ。裁判の記録を見れば、エリスはそんな人ではないのに。冷静に事実だけを、証拠を元に話しているのに。何故かエリスの意見は何もかも受け入れられていなかった。
それでもエリスは腐らず、最後まで堂々と戦ったとして貴族婦人雑誌「赤走」はエリスを讃えていた。
もしかしたらウッド男爵はそれが気に食わなかったのかもしれない。いつか味方を増やして自分の敵に回ることを危惧したのかもしれない。
だからまた、エリスを悪人に仕立て上げたのだ。
「ちょん切るのって、本当はどういうのを使うんですかね?包丁っぽいんですか?」
「グレイ嬢!危険だよ、その思想は危険だ!」
エドガーが台詞の割に冷静なアリシアよりよっぽど慌てて何故かあたふたと足をもつれさせた。
「大丈夫ですか、先生。もうすぐ謁見ですものね、緊張しますね」
フレイヤがエドガーを支えに行っている間に、エリスがアリシアの前までツカツカと近づいた。
「アリシア様、ミア様、この度は申し訳ありません」
深々と頭を下げる。嬉しかったのだ。ずっと孤独で、ずっと惨めで、誰も信じてくれなかったから。
壁を殴るほど自分のために怒ってくれるアリシアいてくれて、エリスは長い髪の下で目を赤くしているのを必死に隠していた。
「大丈夫です!」
ミアが猫を抱えたまま明るく宣言した。
「エリスさんじゃなくて、あの変態たちが悪いんです!一緒にぶっ飛ばしましょう!」
ふんふんと手をグーにして振っているミアは猫の湯たんぽと相まってマスコットのように可愛かった。
「有難うございます、ちなみに使用するのはこういう器具で……」
「エリスさん!?そっちに引っ張られないで!」
エドガーがエリスが教科書のように迷いのない綺麗な線で描いた器具の絵を風のように回収した。




