控え室で雑談。院長は甘すぎます
「さすがお城ですね。門から城まで馬車だし、玄関から待機室までどれだけ歩くんですか。もう胃が痛くて……。ドア開けたらすぐ台所に入れる我が家の庶民的な造りが有り難く思えてきました」
ミアが待機室のソファに横になって唸った。
コルセット着用風に見えるレイナルドの洋服のおかげで、気を失って倒れるようなことにはなっていないが、大分緊張しているようで、顔色は悪い。
「ミア、大丈夫?何か飲み物があった方が良いかしら。気持ち悪いなら柑橘系はダメなんでしたよね、ええと暖かいお茶でも貰いましょうか」
アリシアがミアの頭を膝に乗せながら、初めて育児をする母親のようにオロオロと心配そうに声を掛ける。
「さすがアリシア様〜、診療所での雑談でも必要な情報は定着させているんですねぇ。ミア様、こちら猫型の保温器具と温かいお茶です」
フレイアが何やらモチモチとした素材の猫と、繊細な花模様が描かれたティーカップをミアに差し出した。フレイヤは元々王城に勤めていたので、職員でなくてもこうして用意が出来るようだ。
「円満な退職ではなかったのですが、まだ縁が続いている元同僚がおりますので、それなりに動けると思います。何かありましたら遠慮なく仰ってくださいね」
「フレイヤさん!有難うございます!ああ〜あったかい〜」
眉も目尻もへにょんと下げて、猫を抱えてポカポカと温まるミアを見て、アリシアもフレイアも部屋にいた全員が穏やかな気持ちになった。
「この猫凄いですねえ、柔らかくて、でも形もすぐに元通りになるし、熱は伝わるのに溶けないし」
「最近出回り始めた魔素材ですよね、シリコ……なんとかっていう」
「魔法って本当に便利ですけど、不思議ですよね。仕組みは分からないけど結果は分かっているからという、あ、火みたいですね。なんか分からないけど擦ると火がつくからそれで料理するみたいな」
ハキハキと話すミアが周りを気遣って心配をかけまいとしているのではと心配したアリシアに対し、ミアは話している方が気が紛れるような気がすると言うので、三人はワイワイと話し始めた。
「確かにそうですね〜。あ、確か火が燃える仕組みは先日科学で証明されたかと。いずれ魔法はきっと科学で証明されるんでしょうねぇ。そういう未知のものの理屈が分かるのって楽しみですね」
「でも魔法使いは頑として奇跡だと言って聞きませんから、なかなか大変ですね。やはり老人世代は魔法使いを崇めていますし、まだ科学者は肩身が狭いと聞きますね」
「どうして協力出来ないんでしょうね、目指すところは人々の生活を豊かにすることで、一致するところは多いと思うんですけど……。あーお茶が美味しい。中から温まる〜」
「最近出回るようになった月のナプキンも画期的でしたよね、スライムの干物を吸収材に使うのでしたっけ」
三人が、この国の女性の話にしては服でもアクセサリーでもなく、ビジネス色の強い雑談をしていると、壁際にいたエドガーとエリスがそれに乗っかるように話し出した。
「彼女たちは相変わらず逞しいね」
「逞しいというか、何というか……。私は一滴の血からその個人の居場所を特定するなんて、科学で説明出来るとは思えませんけどね。
自分が得体の知れない術で酷い目に遭ったのを忘れているのではないかと心配になりますよ」
全くと腕組みをするエリスを見て、エドガーは穏やかな笑みを浮かべた。
「院長先生、そうやって人を信じすぎるのは良くないですよ。何でもかんでも抱え込んで。今回だってそうですけど、前も訳ありの妊婦を受け入れて刃物を持った男が三人も来たじゃないですか。全員にその男の子供だって言ってお金をせびってたら全員から心中を求められた娘!」
「いたねえ〜……。あれは凄かったねえ。まああれは男性たちにも問題があると思うよ、一緒に死にたいというほど愛が深いなら、しっかり結婚するなり養育費を払うなりしないと……。全員堕胎代と手切れ金?いや口止め料かな、しか渡してないからね。心中するほど愛が深いと見せかけて、口止め出来ないなら殺してしまおうって魂胆だろうね。自分だけ運良く助かった体で」
「……」
エリスが押し黙った。
「この国はまだ女性一人で子供を育てることに対して、手を差し伸べる制度がない。身重の女性が金銭面で不安になるのは当然だ。三人の男性と同時に交際していたことは誉められないけど、果たして交際だったのかも不明だよね。もし女性側の同意がなく、三人の男性の子供の可能性があるなら、金銭を要求するのは正当だと思うよ。真実は分からないけどね」
「……その件はまあ、そうだとして。こんな風にするのは、甘いですよ」
「こんな風とは?」
エドガーがにっこりと深い笑みの表情でエリスを見る。
「私は、院内で写真を撮って売った人間ですよ」
エリスは長い黒髪で顔を隠すように下を向いている。
「そうだね。どういう理由があろうと病院及びそれに付随する施設内を撮影して外部に漏らすなんてあってはならない。特に僕のクリニックの性質上あってはならないよ、……でもおかしいと思うんだ」
「何がですか?」
「さっき言っていた魔法の中でも、禁忌とされる血を使った魔法があるだろう?血が多ければ多いほど、人を探したり、殺したり、『操ったり』出来る」




