↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
106/108

まだ引き返せる

 一部マスコミが、ウッド男爵の顧客に王族がいると報じていた。

肝どころか内臓全てが冷えた。その時は国外逃亡も視野に入れた。


だが、それ以上のニュースは出てこなかった。


 男には、同じコトを楽しんだ人物に心当たりがあった。

ウッド男爵保有の小さな小さな島の別荘。

王族が利用するには質素だが、大昔にこの島が国であった頃の古城を改修したという歴史があるのを口実に、海外から帰国の中継地点として利用した。


 海に囲まれ、個人所有地ゆえに秘匿性が高かった。

だが一方で、古城を改修したといっても、極小の島の建築であり、その面積が狭いために利用者とすれ違ってしまったことがあった。


 お互い顔を隠していたが、相手の指輪は家紋が付いていた。

彼もウッド男爵の顧客として報じられれば終わると思ったことだろう。


そうした顧客たちがマスコミに圧力をかけ、続報がないのではないかと読み、日が経つごとに徐々に安心していった。


やっと深く眠れると思っていたのに、厄介な女が現れた。


 何か一つ新しい事実が出てくれば、例えば圧力をかけられたマスコミの誰かが、発信力のあるミアに縋ったりしたら、ミアはきっと黙ってはいない。


 その時、彼女の隣にクラウスがいたら。

 第二王子が調べ始めたら。


 自分まで辿り着く可能性は、決して低くない。


 本来ならミアから距離を取ればいい。ウッド男爵との関係を完全に断ち、過去のこととして沈黙して、それこそ海外に逃亡すればいい。


 それが最も賢い選択だった。


 だが、人は自分が何かを失う時、必ずしも賢い方を選ぶとは限らない。


男は、今この国で王族として権力を持ち、家来が全てを片付けてくれる生活を手放せなかった。

このままバレずに生きていける可能性に、知らずに賭けてしまっていた。


 数日後、男のもとへ一通の手紙が届いた。

差出人を見た瞬間、男は人払いをした。


よく見れば、運んできた人間は、初めて見るように思った。

下の者を把握しようと考えたことすらない男には、顔を見たことがあるか分からなかった。


 その手紙はウッド男爵からだった。


 収監されている人間から王族へ直接手紙が届くこと自体、本来なら簡単なことではない。それでも届いたという事実が、ウッド男爵が牢の中から完全に力を失ったわけではないことを示していた。


 男は封を切った。


 書かれていたのは、近況でも助命の嘆願でもなかった。


『第二王子殿下が、スミス男爵令嬢をお気に召しているそうですね』


 その一文だけで、背中に嫌な汗が滲んだ。


 読み進めると、ウッド男爵も現状に危機感を持っていた。


 ただし、その中心にいるのはミアではないく、アリシアだった。


 オリバーが破滅し、自分まで牢へ入れられた原因を、ウッド男爵はアリシアに求めている。

もちろん実際には自分たちがしてきたことの結果に過ぎないのだが、男爵にその認識はなかった。


 アリシアさえいなければ。

あの女が余計なことをしなければ。

貴族を煽って通報させなければ。


 自分は今でも以前と同じ生活をしていた。


 手紙には、そんな恨みが滲んでいた。


 男は鼻で笑いかけた。逆恨みだ。

そう思ったところで、手が止まった。


 自分もまた、何も知らないミアを危険だと考えている。


 ミアはまだ自分の名前さえ知らないかもしれない。それなのに、クラウスの近くにいるというだけで、いなくなってくれればいいと思い始めている。


 不快になり、その考えを追い払うように続きを読む。


『あなたはスミス嬢を第二王子から遠ざけたい。私はアリシアに、自分がしたことの代償を払わせたい』


 その次には、さらに簡潔な文章が続いていた。


『近い二人を同時に攻撃するのは効率的です。協力するのが得策だと思いませんか』


「馬鹿な!」

男は手紙を机へ放った。


 今、こんな危険な時にウッド男爵と手を組むつもりなどない。


 今さらあの男に関わるなど、自分から首に縄をかけるようなものだ。


 そう思った。


 それなのに、手紙を燃やすことはできなかった。


 ミアがクラウスの側からいなくなれば、自分は安全になる。

アリシアとミアは親しい。

ウッド男爵がアリシアを狙えば、ミアも巻き込まれるかもしれない。


 その結果、第二王子から離れることになれば。


 自分で手を下す必要はない。


 ウッド男爵が勝手にやるのなら、自分は知らないフリをすればいい。


 男は長い間、机の上の手紙を見つめていた。


 やがて呼び鈴に手を伸ばす。

入ってきた側近に、男はいつもと変わらない声で命じた。


「ウッド男爵が収監されている牢について調べろ」


「牢、でございますか?」


「警備体制と、誰が出入りしているかを知りたい。それから、男爵が外部とどの程度連絡を取れる状態にあるのかもだ。

スミス男爵令嬢と第二王子が交流するなら、王家への危険を極力排除するべきだ」


「承知いたしました」

側近が退出する。


 男は、自分はまだ何もしていないと思っていた。

ただ調べさせただけだ。


自分がこれから出す手紙の宛先や、交流の方法を。


 ウッド男爵の提案を受け入れたわけでも、誰かを傷つけろと命じたわけでもない。


 だから、まだ引き返せる。


 そう自分に言い聞かせながら、男は手紙を引き出しの奥へしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。