カオスな日常
クリニック及び寮の前には、明らかに貴族以上の馬車があった。
王族にしては質素だったが、最近の流れから、誰が乗ってきたかは明らかだった。
退院したのはアリシアなので、クラウスは馬車を降りると、アリシアに花束を渡しつつ、ぜひミアをお茶に招待したいなどと言い、完全に目的はミアだとアピールしていた。
「私の快気祝いですね!有難うございます!『ミアも』一緒にぜひお茶をいたしましょう!」
アリシアの、貴族どころか市民でも、幼女以外ではありえない短さで、以前の白金ではなく雪のような白に変化しているヘアスタイルは、周囲の人々をギョッとさせたが、クラウスは関係ないようだった。
二人が笑顔でバチバチ視線で炎を戦わせる横を、レイナルドはエドガーを肩に引っ掛けて丸太のようにクリニックに運び入れていた。
完全なカオスが、日常となっており、もはやスキャンダルだらけの有名人が、スキャンダルを起こしても「またか」と思われるように、当たり前となったそれは、混乱しつつも穏やかだった。
ミアは入院していたアリシアがなんとなく読んだ雑誌にすら載っているほど、毎日毎日、王子様が自分に会いにやって来て、好きだ惚れたと堂々と言われ続けていた。
最初こそ周囲を通りがかったご婦人たちはきゃーきゃー高い声を上げ、男爵令嬢と第二王子という身分違いの恋を一目見ようと周囲の建物に登る人までいた。
しかし連日となると様子は変わってくる。
クラウスの警護が付いていることや、治安維持の摘発を行った効果もあるだろうが、遠巻きに微笑ましく見る人はいても騒がれていない。
さすがに刺激的なコンテンツではなくなったようだ。
演劇などと違って、ここで起こることは王子がミアと少々話して帰宅するだけのことだ。
今や、よくある軽い読み物のように、王子様に好かれるミアを妬む視線もなく、王子に黄色い声をあげて近づく人も、話題のクリニックに群がる変な人も、アリシアやミアやクラウス目当ての記者もおらず、婦人科の患者たちは何も気にすることなく普通の顔で建物に入って行った。
もう記者たちはアリシアの人身売買に巻き込まれた可哀想な少女の記事も、ミアとクラウスのラブリマンスも書ききってしまって、移り気な読者に合わせて別のスキャンダルを追いかけている。
患者の行動には、アリシアたちの功績の影響もあるかもしれない。以前より産婦人科に掛かることへの抵抗が薄れている。
女性が産婦人科に掛かることは決して恥ずべきことではないと、王妃様の涙やオリバーの裁判以降、多くの声が上がるようになった。
エドガーを含む産婦人科の医師たちも、この機に声を大にして世間に伝えていた。
つまりこの状況は、大体のことが上手く行っている、奇妙だけれど穏やかな時間だった。
「ミア、思ったより早く混乱は収まっているみたいね。王子様の愛のおかげね」
予想以上に周囲が騒いでいない現状を把握してアリシアは、お互いの利害の一致で交際していると言い張っていたミアをからかってみた。
「びゃ!?あい!?」
ミアはよく分からない悲鳴と共に足首をクキッとしてしまい、馬車に乗る際に手を取っていたクラウスが抱き止める形になった。
「え、アリシア嬢……。僕は君を誤解していたかもしれない。君って良い人だったんだね!」
「ミアを幸せにしてくれるなら反対はしませんよ、でも不幸にするならどこまでも追いかけます。もう家に迷惑が掛かるなんてこともないですしね」
「どうしようこの人、無敵になっちゃったな」
クラウスは固くミアを抱きしめながらそんなことを言って、ガルガルと唸る猫のようなアリシアを呆れたように見ていた。
「ああああの、殿下、殿下あの、お付きの人たちが困ってますし、みんな見てますっ!」
ミアが慌てて、どうにか腕から抜け出した。
「みんなが見てなかったらいい?」
クラウスがからかいすぎて、ミアは馬車に向かって顔面から倒れてしまった。




