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退院の日

 「名前、どうしましょうか」

アリシアの体力も戻り、退院するということで荷物をまとめている最中だった。

ミアの一言に、アリシアは手を止めた。


「名前?」


「お店の名前ですよ、店の家賃相場とか仕入れ価格とか、ターゲット層とか店内装飾のイメージとか色々話してましたけど、そういえば店名を決めてないなって」


「そういえばそうね、数字に関わることばかり話していたわ……」

思わず呟くと、ミアがあははっと笑った。


「私たち商人に向いてますね、きっと。数字にこだわるのは商人の性です」


「そうね。だって私たちのパン屋は、お嬢様の道楽じゃないもの。考えることが多すぎるのよ。コーヒーハウスの人たちが伝手を探してくれると言っていたけれど、自分でも職人を探してみないと、必要な設備や機器も目で見て決めたいし……」


「パンだけでなく、紅茶やコーヒーにも、……いえいえいえ名前です名前!」


仕入れや管理のことを考え始めてハッとするミアを見て、アリシアも笑った。


 テーブルの上には何枚もの紙が広げられている。パン屋を始めようと話した時には何もなかったものが、今では店に必要な設備や資金、その内訳、仕入れ先の候補、等等、少しずつ形になっていた。


 だが、まだまだ決まっていないことの方が多い。


「ミアはどんな名前がいい?」


「私が案を出して良いんですか?」


「二人のお店なんだから、二人で決めるましょうよ」


「……本当に二人のお店にするんですね」


 ミアがぽつりと言った。

アリシアは不思議に思って顔を上げる。


「そのつもりで話していたでしょう?」


「そうですけど理想と現実は違いますし、落とし所としては、私はてっきり、アリシア様がお店を始めて、私がお手伝いするくらいなのかと」


「それじゃ意味がないでしょう」

アリシアは即座に否定した。


「私はミアと一緒にやりたいの。だから、どちらかがもう一人を雇うんじゃなくて、一緒に経営する形にしたいと思っているわ」


「でも、資金はアリシア様の方がずっと多く出すことになりますよ……。というか、私はゼロです。」


「出資していない共同経営者を後から迎えるなんて、よくあることだわ。そこは私にない能力を提供してもらうのだから対等よ。

昨日、ジャムの材料用に市場を見に行ったじゃない?正直言って、眉間の皺が谷みたいになっている店長が、あの価格で売ってくれるとは思わなかったわ。

ミアには私にはない交渉術があって、それは今後絶対お店に必要なものだわ」


 ミアは頬を紅潮させた。

ミアからすれば人の懐に入る技術の多くは、決して下心を利用しない真っ当なものであったとしても、父親に仕込まれたという一点で誇れないものだった。


それをアリシアがストレートに誉めてくれたことは、ミアにとって大きな価値があった。


「じゃあ、いっぱい考えます!私も経営者になるんですもんね!」


「ええ、もちろん」


「アリシア様が自己犠牲的な無茶なことを言ったりしたらすぐ止めますよ?相棒ですからね!」


「私、そんなに無茶しないでしょう?」


「その認識から話し合う必要がありますね!」


「ひどい」


 二人で笑っていると、扉が軽く叩かれた。


「随分楽しそうですね」

やって来たのはエドガーだった。寮までの迎えに来てくれたのだ。


「院長先生」


「馬車が用意出来ましたよ、……ええとアリシア嬢」


「すみません。すぐ行きます」


「急がなくて大丈夫ですよ。ただ到着を知らせに来ただけです。では、荷物など見られたくないものもあると思いますので、私は外にいますね」


そう言ってエドガーが先に廊下へ出ていく。


 アリシアが視線を感じて振り向くと、ミアがにやにやしながらこちらを見ていた。


「何?」


「何でもありません」


「その顔で言われても、信用できないんだけど……」


「院長先生、お迎えに来てくれるんですね〜。アリシア嬢って、ついにお名前で呼ばれてましたね、アリシア様もエドガーって言ったら良いのに〜」


「私が平民になったからじゃない!そんな……!もう!」


 書類という書類を机から落としながら、アリシアはバタバタと慌てて、言葉に詰まりながら反論した。


「はいはい……、すぐアリシア様に戻っちゃいますし、この方が口馴染みが良いので、私はアリシア様って呼びますね」


「何なの?!もう!その、もしそうだとしても、ミアの方が格上じゃない!第二王子殿下の妻でしょう!?王子妃でしょう!?」


「ななな何、何を言って……。全くアリシア様は冗談がお好きですね」


アリシアの着替えが入った鞄を自分の足に落っことしそうになりながら、ミアもタップダンスでも踊っているかのようにワタワタした。


 「だって御殿医に私を助けさせるために、クラウスと付き合うことにしたんでしょう……?」


アリシアが途端に眉を下げる。


捨て犬のようにミアを見つめる瞳が放っておけなくて、ミアはアリシアに文字通り飛びついた。


「ぐえっ!」


 「そんな顔をしないでください!何度も言ってるじゃないですか。

私たちは付き合うことでお互いメリットがあって丁度良いんです!」


ミアはそう言ってぎゅーっとアリシアを抱きしめる。

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