先輩とクレーマー
ということで、二問目。
今はただ力なくぶら下がっているばかりの下の右腕、いや青のクイズ王が復活する前に稼いでおきたい。
司会の先輩はこほんと一つ咳払いをすると、
「じゃあ二問目です」
あたしはまたボタンに指を置いて臨戦態勢をとった。黄色と緑の先輩はそれほど強くはないということだけど、先輩の言うことだし、まったく当てにならない。
しかしまあさすがに今回は問題文は聞かせてもらえるようだ。左二本の腕が先走って動く気配はない。
しんと静まる中に、司会先輩の口からかわいい美声が、
「え~、今何問目でしょ~うか?」
え!? もう!?
意表を突かれたせいで、刹那の一瞬、ほんのわずか、出遅れてしまった。
二つの音がしたと同時に、光った色は緑だった。
緑先輩が上の左腕をボタンからよぼよぼと離すと、それを耳元によたよたと持っていき、もぐもぐと口を開くと、
「ぁあ!? なんだって? あたしゃだいぶ耳が遠くなっちゃってねぇ、もういっぺん大きい声で言ってくれんかね?」
くそでかいしゃがれたダミ声で司会先輩に聞き返した。
「ああ、え~っとですねえ、今何問目? っていう問題ですよ」
「あぁそうかい! じゃあさっきの問題は何問目だったかね!?」
「さっきは一問目でしたよ」
「そうかいそうかい! あ~それじゃあえ~っとひとぉつ……ふたぁつ……、……あぁ!! なら今は二問目だぁ!」
「はい! 二問目、正解です! 緑の私さん。見事正解で十ポイント獲得で~す」
「おぉ! 当たりか! ほりゃあええ! まあなんでも押してみるもんだな!」
がっはっはと顔をくしゃくしゃにしてご満悦な緑先輩、その貫禄はもう緑大先輩である。
「緑もつええじゃん……」
「いやいやお前、緑の私に負けるなんて相当だぞ? 緑の私はもはやいつお迎えが来てもおかしくないんだぞ?」
「何言ってんすか。あれおばあちゃんのくせにボタン押すの光速だったじゃないですか。おばあちゃんの皮を被った鬼でしたよ。てかそれよりもなんなんすか」
「ん?」
「緑の先輩思いっきり答え聞いてたじゃないですか。あんなんありなんですか?」
「いや答えは聞いてなかっただろ。前の問題が何問目だったのか聞いてただけで」
「それ答え聞いてるようなもんじゃないですか! てかそもそも司会の先輩が最初に『じゃあ二問目です』って言ってたじゃないですか! てか一問目の問題も問題文の中に鳥取って答え入ってたしなんなんですか! 司会の先輩の脇ちょっと甘すぎるでしょ!」
「だからぁ、それぐらい簡単なクイズなんだからお前が勝つチャンスも十分あんだろ」
「一ミリも勝てる気しねえ!」
ということで、三問目。
「はい、三問目です」
あたしはまたさっきまでと同じようにボタンに指を置いた。
「え~っと、今度のは漢字の問題なんでちょっと待っててください」
先輩はノートとペンを鞄から取り出すと、スマホをいじり始めた。
そうして、上の左手の画面を見ながら上の右手のペンをたどたどしく動かした。
やたらと画数の多いそれを書き終えると、
「はい! お待たせしました。では問題です。この漢字は何と読むでしょ~うか?」
漢字一文字がでっかく書かれたページをあたしに向けた。
糱
簡単なクイズとさっき言ってた気がしますが。
まあノート書いてる時点で丸見えだったんだけど、とんでもない難問だということしか分からない。
てか、ノート思いっきりあたしに向けてるけど、そっちの解答者たち見えないだろ。
てか、スマホ触ってたの上の左手なんだから、緑の先輩答え見てただろ。
「なんなんですかこれ。人生で初めてお目にかかるんですけどこんな字マジであるんですか?」
「あるよ。まあ確かにむずいからヒントあげるけど普通に身近なものだよ。漢字で書くとこんななんだみたいな」
「ほお」
字をよく見てみると、パーツに『辛』と『米』がある。ということは、なんかの食べ物? で、身近なもの?
ん~、辛い米……、辛いコメ……。
あ!
これはアレだ!
あたしの頭にスパイシーな稲妻が走ったその瞬間、ランプもスパイシーな光を放った。
しかし、その色はチリではなくターメリック。
「カレーライス!」
答えたのは左下の黄色先輩だった。
あたしも同じこと思ってたのに。またしても僅差で負けてしまった。
ぐぬぬと歯噛みしてたんだけど、司会先輩の口からは予想外の言葉が出てきた。
「え~、カレーライス、不正解です!」
マジか。
早押しの瞬発力は備えていたものの、黄色先輩は普通に雑魚キャラということらしい。いや、自分で調べて自分が出した問題を間違えるとか意味分かんないんだけど。
まあでも、そんなら答えなんなんだろなと、また脳みそに血を巡らそうとしたら、
「ちょっとスマホ貸して」
と、先輩が下の左手を差し出してきた。
「あたしの? 電池ないですよ?」
「うん。知ってる」
一体なんだろうと思いながら、スマホを手渡した。
彼女は黒いままの画面を指先でタップすると、それを左耳に持っていった。
そうして、右斜め上のどこ見てんだか、五秒ほど、
「あ、もしもし?」
そう話しかけたと思ったら、彼女はそのスマホを左耳から離してやや下に下げると、
「はい、もしもし、司会の私です」
上の右手に持った自分のスマホを右耳に当てた。
それからまた上の右は離し、下の左を近づけると、
「えーっとですねえ、わたくし、黄色の私という者なんですけど…………、あ~、そうですそうです! 今の問題答えた! あ~で、それでなんですけどねえ、あれ、今の問題、ちょっとおかしくないですか?」
その声には微妙に険が含まれている。
「え? 問題に不備は無かったはずですが……」
不穏さを感じ取った司会先輩は困惑気味である。
が、それに逆上した黄色先輩はいきなり声を荒げ、
「何言ってるんですか!! 不備あったでしょう!! なんなんですかあの難しい字は! 私、簡単なクイズだって言うから参加したんですよ? あと絶対に不正解にはしないって、私が答えたらどんな問題も正解になるって言ってましたでしょ!」
「いえ、それは不正になりますので、そのようなことは言うはずありませんが……」
「言ってましたよ!! 今ちょっと緊急でクイズの参加者募集してるんですって、今日の夜はたらこスパゲティにしようかなって商店街の魚屋でたらこ選んでたら声掛けられて、その人にそう言われたんですよ!」
「ええ!? そうですか……、ではその時の担当者に確認しますので、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではお電話そのままで少々お待ちください」
司会先輩は電話を離すと、あさっての方に向かって口をぱくぱくさせた。
あたしには何も見えない。この人何と喋ってるんだ。
そして、『その時の担当者』なる人から話を聞いたらしい司会先輩はまた電話を耳に当てた。
「もしもし、黄色の私様、大変お待たせいたしました」
「はい」
「今担当者に確認しましたところ、やはり、そのようなことは言っていない、とのことでございますが……」
「何言ってるんですか!! 絶対言いましたよ!! てことはなんですか!? 私が嘘を言ってると、そう言いたいんですか!?」
黄色先輩は顔を真っ赤にして激高した。
「いえ、決してそういうわけでは……」
「そう言ってるようなもんじゃないですか!! 分かりました!! そっちがそう言うんなら私も考えがあります!! 今回のことSNSで拡散させてもらいますからね!!」
「え!? お客様、それは困ります!!」
司会先輩は青ざめた顔で叫んだ。
「私だってこんなことしたくないですよ!! でもそっちがどうしてもって頼み込んできたんで晩御飯作ったり洗濯物取り込んだりしないといけないっていう忙しい中を来たんですけど、それがこの仕打ちですよ!? そんなの大人しく引き下がれるわけないじゃないですか!!」
「わ、分かりました!! では、満額の十ポイントはさすがに無理ですので、今回に限り半分の五ポイント分を期間限定ポイントになりますが差し上げるということでいかがでしょうか?」
「ごごご五ポイント!? 私に忙しい中来させておいて!? 結局まだたらこも買ってないのに!?」
「分かりました! では八……、いや八.五ポイントで!」
と、地獄の鬼みたいな顔が一変、意地汚い喜びを溢れさせたいやらしい笑みで、
「まあ? 本当は満額貰って当たり前とは思うんですけどおたくの誠意も伝わりましたんで、今回はそれでいいですけども?」
その後、黄色先輩は司会先輩と二言三言、挨拶を交わすと、電話を切った。
スマホを右に左に、顔を真っ赤に真っ青に、その素晴らしい熱演に盛大な拍手と大笑いを送るしかなかった。
「なんなんすか黄色。あれ強いとか弱いとかそういう話じゃないでしょう」
「黄色の私はクイズは弱いけどハングリー精神旺盛なんだ。転んでもただでは起きないんだよ」
「いやあれ逆境に強いとかそういうのじゃなくてただのクレーマーでしょうが。てかまた司会の先輩全然駄目だったじゃないですか。なんなんですかあの対応は。クレーマーに成功体験を与えるのは最低の悪手だそうですよ。今回だけとか言ってましたけどそれで済むはずないじゃないですか。あいつ絶対味しめてまた同じこと繰り返しますよ」
「そうなんだけど司会の私も初めてのクイズの司会だからな。まだ段取りに慣れてないんだよ。まあそろそろ落ち着いてくるだろうから大目に見てやれよ」
「なんだそれ」
と、先輩の熱い茶番が長すぎたせいで忘れてたんだけど、
「で、これ結局答えはなんなんですか?」
「ああ、これ『もやし』なんだよ」
「もやしってあの? 野菜の?」
「うん」
「へ~漢字で書くとこんななんですか。確かにいが~い」
「だろ」
と、和やかムードを切り裂いたあたしの右手、今日初めて、赤色のランプが光ったのを見て、
「もやし!!!!!!!!」
力いっぱい答えてやった。
んふふ。どうですか先輩。まだ次の問題に行ってなかったんですよ。あたしが解答する権利はまだ残ってたんです。お人よしに答え教えてくれちゃって。
やってやりましたよ先輩。
これであたしも十ポイント獲得です!
が。
「いやそれはダメです」
司会先輩に真顔でにべもなく却下された。
「なんでよ!! 答えもやしって言ったじゃん!!」
猛然と抗議したら、
「答えを直接聞くのは駄目です。世界のどこにそんなクイズがあるっていうんですか。完全にルール違反です。なので違反行為はペナルティーとしてマイナス十ポイントとなります」
「なんだそりゃ!! ふざけんな!! 納得いかん!! これまでのがよくてこれがダメっておかしいだろ!! あたしにもポイントよこせ!! くれないなら炎上させたるぞ!!」
「分かりました。申し訳ありませんが、あなたがこれ以上理不尽な言い掛かりを続けるというのであれば、私どももあなたを悪質なクレーマーと判断せざるを得なくなり、しかるべき相応の対応をさせて頂くことになりますが?」
司会の先輩、あたしにはめちゃくちゃ厳しいじゃん。
その後も楽しいクイズは続いた。
先輩軍団のやりたい放題の合間に、あたしも何度か正解を勝ち取ることができた。
ということで、最終問題直前の現在のポイント状況は以下の通りである。
あたし:40ポイント。
青先輩:30ポイント。
緑先輩:50ポイント。
黄色先輩:46.273ポイント(うち期間限定36.273ポイント)。
と、白熱の大接戦である。最終問題は三十ポイントなので、どの選手にも優勝の目は残されている。
しかし、この最終問題、皆に優勝はあるといっても、その可能性はあたしと他二名にとっては絶望的なまでに小さい。
次回というのは、あの右下のクイズ王こと青先輩が復活してくるターンなのである。
現在ポイントは最も少ない青先輩だけど、目覚めているときの攻撃力があまりにも強すぎる。彼女が圧倒的優勝候補であることは疑いようがない。
今も次の問題を待ちきれないといった様子でうねうね荒ぶっている。
こんな全知全能の神、というか不正の化身みたいな奴を倒す方法なんてあるのか……。
と、真っ黒な雲が渦巻く頭の中に稲妻が走った。まさに天啓というべき鮮烈な閃き。
これだ! これなら勝てるかもしれぬ!
とにかくもう絶対に青先輩より先にボタンを押す。
これ。
あたしは目をつむり、全神経の半分を耳に、残りの半分を赤ボタンに乗せた指先に集中させた。
そしてついに運命のとき、司会先輩の呼吸が変わり、ほんの少しだけ長めの息を吸い切ったところ、それが逆方向に向かおうかとするその瞬間、
「はい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは百人一首のチャンピオンの一字決まりをも凌駕する速度だった。
司会先輩の最初の文字が何だったのかも分からない。しかし、例えそれが判別不能でも、彼女の口から何らかのかすかな音が漏れ出たのは確固たる事実である。よって、その瞬間、今回の問題は成立した。最初にボタンを押した者に問題の解答権はある。
煌々と光るその色はあたしの色だった。
あたしがこの問題を答える権利を見事勝ち取ったのだ。
それに対し、司会先輩は全く動じることもなく、
「ほお。では赤のあなたさん、答えをどうぞ」
その血のような赤に照らされた表情をさらに不気味にした。
ほう。大した自信ですね。
でも残念でしたね。
先輩、あたしの勝ちです。
あたし、とんでもない必勝の策を思いついてしまったんです。
さあ先輩! 今こそその答え、言ってあげましょう!
彼女のその驕り高ぶりを上回るよう、あたしも目を見開き、口角を思いっきり吊り上げると、
「では答えです。いいですか?」
「はい」
「じゃあ答えです。それは、
『あたしが先輩にキスをする』
です」
それを聞いた先輩の顔ったら。
ぎりぎりと目を吊り上げ歯を食いしばり、真っ赤な顔に青筋を浮かばせたと思ったら、
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
咆哮を上げると、四つの手で机をバンバン叩きつけながら、
「お前!!!!!!!!!! 汚いぞ!!!!!!!!!!!!!!!」
あんたがそれ言うのか。
まあしかし、そんなことはもはやどうでもいい。
「どうですか先輩。正解ですか? 不正解ですか?」
今は余裕の笑みで先輩を見下ろすばかりだ。
「ぐぎぎぎ……」
今にも血を吐いて血の涙を流し全身の毛穴から血を吹き出しそうな形相である。
「ほらほら。正解か不正解か早くお願いしますよ」
「ぐぎぎぎ……」
「ほらほらぁ。どっちですかぁ~?」
「ぐぎぎぎ……」
「ねぇねぇ~。早く答えをお願いしますよぉ~」
と、ひたすら食いしばった歯をきしませるばかりだった先輩がここで口を開くと、
「…………口か…………?」
「口です」
そうあたしはにんまりと唇を見せつけた。
これが決め手となった。
ついに先輩は観念したとばかりに上を向いて肩を落とし、長い嘆息を吐くと、
「……しゃーねえ……。……正解です……。赤のあなたさん、見事ボーナス三十ポイント獲得です。ということで優勝は合計七十ポイントを獲得した赤のあなたさんです」
「やた!」
両手の拳を上げて勝ち誇るあたしを、苦虫を噛み潰したような顔の先輩が四本腕の拍手で祝福してくれた。
で。
もちろんのことながら、そのセレモニーが終わるや、先輩の顔は打って変わって一変。満面の笑みで、
「じゃあほら、はい」
んむっと唇を突き出し、身を乗り出してきた。
なので、
「なんですかそれは。『キスをする』ってあたしはクイズの答えとしてそう言っただけで実際にするなんて言ってませんよ」
「はああああああああああああああああああああああ!!!!????????」
こんな破滅的な勝負で、まさかの完膚なきまでの圧勝。
当然、彼女の発狂ぶりも地球が滅びるんじゃないかってぐらいだったんだけど。
『口が駄目ならほっぺたで』『じゃあおでこでもいいから』などと、モンスタークレーマーぶりを一切隠す気のない怒涛の難癖波状攻撃に、あたしもとうとう根負けすることとなった。
まあ、あたしのお願い聞いてくれておもしろいことしてくれたんだし、ということで、何かお礼をしたかったというのもあったし。
友達同士のじゃれあいみたいなのじゃなくて、恋人同士がするようなのに近い、同じに見えるけどちょっと幸せな、そんな抱擁をぎゅっとしてあげたら、ようやく黙ってくれた。
ほう。四本腕でされるハグの密着感ったらなかなかいいじゃないですか。これなら六本腕のときにしておいてもらったらよかったかも、などと思わなくもないかも……。
って先輩、これに味をしめようったってそうはいきませんよ。
甘やかすのも今回だけですからね。
絶対ですよ。




