先輩と早押しクイズ
「先輩。なんかおもしろい話してよ」
「またかよ」
「だってあたしのスマホもう電池ないし、先輩のおもしろい話ちゃんとおもしろいじゃん」
まあこれまでのは話というか、クイズだったり手品だったりなんだけど。
「お前そんなもんそんな簡単に出てこねえよ」
「いやいやいやぁ、先輩ならありますってぇ。だからおねがぁい」
自分でも腹立つ猫撫で声とあざとい上目遣いで図々しいおねだりをした。
スマホの充電もその手段も忘れてきてしまった。まああたしはそんなものに頼らずとも一人で暇を潰すことはできるとは思う。でも、こんな変な人が目の前にいるんだったら、そりゃその人にどうにかしてもらった方がいいに決まってる。
先輩は自分のスマホをいじりたいようだったけど、『殴りてえ』などと言いながらもそれを置くと、への字に下唇を突き出し、首をちょっとだけ右に傾けた。やっぱり結局なんだかんだでお願い聞いてくれるのだ。わくわく。
その格好で考えることしばらく、あたしの後方へゆっくり流れていった視線がとあるところで静止すると、
「ん~……、じゃあせっかく貰ってきたんだし、早押しクイズでもする?」
「早押しクイズ!」
またクイズ。でも先輩のクイズだもん。絶対普通じゃないもん。期待しかない。
先輩は立ち上がると、さっきの視線の先へ向かって歩いていったので、あたしもその後に付いていった。
そうして、教室の後ろ側のとあるロッカーを開けた。そこには例の赤ボタンと青ボタン。さらに、緑ボタンと黄色ボタン。さらにさらに、それらに対応するランプと配線。
先日、先輩がアナログゲーム研究部から譲り受けたものである。
その時は先輩ただボタン貰ってきただけなのに、なんやかんやえらいことになっていたんだけど、体内に蓄積された魔力が少なくなってきた今、姿は元に戻りつつある。
先輩が四つずつのボタンとランプ、あたしがコードを持って、また元の席に戻ってきた。
四本腕、そんなに重くはない物を運ぶ時はまあまあ便利であるようだ。
で、それらを接続し、準備完了。
……なんだけど、ここで疑問が。
「あの、今気付いたんですけど早押しクイズって二人でできるもんなんですか? 問題出す人と答える人だったら早押す意味なくないですか?」
その問いに対して先輩は、
「うん。大丈夫だぞ。私が出題者と解答者三人の一人四役やるから」
そう眩いばかりのきらきらぴかぴか笑顔を輝かせた。
????????????
「???????? はい? どゆこと? なに? それ先輩が問題出して先輩が答えるってこと?」
なので、頭の上に大量の?マークを出しながら聞いてみたら、
「うん」
一ミリたりとも怯むことなく、しゃあしゃあと言ってのけた。
「早押しクイズで!?」
「早押しクイズで」
「本気で!?」
「本気で」
あまりにも前代未聞が過ぎて、どういうことなのか、まったくもって理解不能なんだけど。
そんなんどう考えてもあたしの勝ち目なんて0パーセントじゃん。
本気で意味が分からなすぎる。
だがしかし。
普通に考えるまでもない、とんでもないとんちきなこと抜かしてんのに、なぜだかあたしはそれに乗ってしまった。
だって、彼女の笑顔があまりにも素敵だったから。
どんなことがあろうとも天地がひっくり返ろうとも完全無欠のくそバカルールなはずなのに、それなのになんでこの人はそんな凛と胸を張っていられるんだろうと、もしかして実はおかしいのはあたしの方なのかもしれないと疑心暗鬼に陥ってしまうほど、彼女のその一点の曇りもない最強最高の笑顔に感服してしまったせいである。
まあ常識的に考えて、いくら先輩でもさすがにそこまで理不尽なことをしてくるなんてことはないはず。何か二人でも早押しクイズができる方法を知ってるということなんじゃないかな。
あ、例えば、クイズの問題を読み上げてくれるアプリとかあったりとか?
そうだそうだ。うん。きっとそうに違いない!
解答者三人分先輩がやるとかそれも意味不明だけど、結局脳みそは一個なんだし、腕とか多くても関係ないし。
まあ恐らくは問題ないはず。
前途に薄くはないもやもやはかかってはいるものの、とりあえずはやってみることに。
ということで、最初の問題。
あたしの前には赤のボタン、先輩の前には青黄緑のボタンが並んでいる。
「じゃあ第一問」
先輩がすました顔で、問題を言い始めた。
「はい」
と、あたしが赤のボタンに指を三本、軽く乗せて構え、耳に意識を全集中した瞬間、その時にはもう手遅れだった。
「はいッッ!!!!!」
先輩が下の右腕をスパーンと振り抜いた。
「はい! 青ランプが点灯! 最初に押したのは青の私さん! さあ、解答をどうぞ!」
司会担当の先輩がちょっと右に傾いて促すと、
「鳥取県!」
ちょっと左に傾いた青の解答者担当の先輩が叫んだ。
「はい鳥取県! 正解! 県庁所在地が鳥取で鳥取砂丘が有名な県といったら何県? 鳥取県。青の私さん、見事正解。十ポイント獲得ですっ!」
「よしっ! もしかしたら島根かもとも思ったんですけど、勝負かけて正解でした!」
左曲がりの先輩はぐっとこぶしを握ると、また逆側に曲がり、
「はい。では次の問題も頑張ってください」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
怒涛の先輩劇場により、あたしは呼吸困難に陥っていた。
度肝を抜かれるとはまさにこのこと。これほどまでの不条理がまかり通っていいものか。
悪逆非道の限りを尽くした独裁者でも、表向きの体裁を多少なりは取り繕おうとはするだろう。しかし、彼女はこんなとんでもない暴挙を真正面のど真ん中から堂々とぶちかましてきた。
もはや不正とかインチキとか訴えるのも虚しい無法ぶり、対処不能の完全なる負けイベントである。開幕先制攻撃から、出し惜しみなしのフルパワー最大火力で、あたしはコマンドの入力画面を見ることもなく、問答無用で消し飛ばされてしまった。
やがて、危うく笑い死にを免れたあたしは、
「意味分からんすぎるんですけど……」
息も絶え絶え声を絞り出した。
「いや、意味は分かるだろ。ただの早押しクイズじゃん」
先輩の『だから』という言葉は全く機能していないことが頻繁にあるけど、『ただの』もそうらしい。こんな破天荒な『ただの』があってたまるか。
とはいえ、さすがの彼女も平静を装うのは無理な様子、自分でやっておきながら、まったく笑いをこらえきれていない。
「あたしのターン回ってこなかったんですけど」
「そりゃ早押しクイズだもん。自分が先に押すか他の解答者が間違えるかしなきゃそうなるだろ」
「いやこれのどこが早押しクイズなんですか。これ早押しクイズって名前の処刑じゃないですか。一切の希望がないじゃないですか」
「そんなことないよ。青の私は結構有名なクイズ王なんだからそいつが強いのは当たり前なんだよ」
「青の先輩!? クイズ王!?」
「そう。最初に答えたのが青の私だったから仕方ないんだよ。でも黄色の私と緑の私はそんなでもないというかむしろ弱いからそいつらに勝てる可能性は十分あると思うぞ」
「いや一文字も問題聞いてないのにいきなり鳥取県とか叫ぶ奴ってもはやクイズ王じゃなくて予言者ですよ。そんなのがいる限り永遠に答えられる気がしないんですが」
「いや大丈夫だよ。青の私はさすがに強すぎるだけあって、その代償として一回答えるとしばらく意識を失ってしまうんだよ。だからその隙を狙えば勝つことは可能だ」
こんな端整な顔から出てくるこんな支離滅裂な話に、また笑いがぶり返してしまった。
さすが先輩の早押しクイズ、やはりとんでもねえ代物だった。




