先輩と蛇足
「意外と便利そうで便利じゃないんだよ」
先輩はそう言って上の右手の紅茶をすすると、真ん中左手のヘーゼルナッツのクッキーを口に入れた。
「そうなんですか? 今だってクッキー五枚持ちとかできるじゃないですか」
「いや手は六本でも口は一つだし、私次のクッキー口に入れるのを一秒も待てないみたいな食いしん坊じゃないし、それに口の中にクッキーそんな詰め込んだら唾液全部吸われるし」
「まあそうですけどでも今回は六刀流のこん棒のおかげで楽勝だったんでしょ?」
先輩が貰ってきたクイズの早押しボタンの赤い方になぜだか強力な呪いが掛けられていた。
そのボタンを押してしまった先輩はまた異世界に引きずり込まれてしまったんだけど、呪いの主を今回もまたこん棒で殴り倒し、その世界の平和を取り戻したということだそう。
「そりゃただ六本全部棒で殴るっていう至って単純な動きだったから使えただけで、ちょっと複雑になったら六つのマルチタスクなんて脳の処理が全然追いつかねんだよ」
「でもピアノとかドラムとかは手足全部違う動きするじゃないですか。ある程度訓練すればいけるんじゃないですか?」
「だからそういう楽器も結局のところ手足を上下させるだけなんだから殴りとか蹴りとかと同じようなもんだろ。そこにちょっとでも脳みそ使わないといけない動きが入ってくると一瞬で破綻して何をどうしていいやらえらいこっちゃになんだよ」
顔は一つの阿修羅はそう言うと、上の右手のカップを口へ持っていきながら、真ん中の左手で次のお菓子を手に取りながら、上の左手で髪をかき上げながら、下の右手で机にこぼれた粒を拾った。
「って今思いっきりいろんなこと同時にしてんじゃん」
「だからぁ、こんなの全部脳みそ通さずに無意識でできることじゃんか……、ってあーそんならお前ちょっとアレやってみろよ」
「アレ?」
「うん。ボケ防止のトレーニングみたいなやつで右手と左手でじゃんけんして常に右手が勝つようにするみたいなやつ」
「ほう」
やってみた。
確かに難しい。
右手が勝つのは何かと考え、その指令をちゃんと送ったつもりでも、左手はひょこひょこと滑稽な動きをしてしまう。
「ほらな。二本だけでもそんななんだから六本なんかもっと無理だろ」
「なるほど」
これにさらに四本足してそれぞれに別の命令出すとか絶対無理だわ。
「でもせっかくだしなんか使えるようにしないともったいなくないですか? 服だって袖が四本余分に必要だし資源の無駄じゃないですか」
先輩は向こうの世界で六本腕になった際、制服もそれに合わせて仕立て直したのだそう。なので、今現在、下四本の腕だけむき出しという不自然な状態ではない。って、もうこの人の何が自然で何が不自然かなんて、考えるだけ不毛なんだけど。
「そりゃ私もそう思って向こうでいろいろ試してはみたよ。でも結局単純作業以外は使いもんにならなくて、殴る以外で六本腕が役に立ったなと思ったのはでかいポスターを一人で貼った時ぐらいだぞ……」
先輩はそう言って、なんともやるせない感じの笑みを浮かべた。
「ああ……それは便利そうですね……」
隙あらばくるくるに戻ろうとする反骨精神旺盛なポスターを壁にまっすぐ貼り付けるという高難易度ミッションも、腕六本なら簡単にクリアできるのだろうけども。
しかし、蛮行以外ではそんなことぐらいにしか使いみちがないとは。あまりにも役立たずである。てかなんでそんな殺伐とした世界でポスター貼ることになったんだよ。
「あとな、悪い魔女にさらわれた王女を助けに行くとかいうミッションがあってな」
「はい」
「売り飛ばされた奴隷という体で悪い城に潜入したんだよ」
「ほう」
「で、なんか奴隷に棒を押させてぐるぐる回すやつあんじゃん。救出作戦の決行の時まで城の地下でそれをやることになったんだよ」
「お~、なんか漫画とかアニメでよくある横棒を押して縦棒をぐるぐる回すアレですか?」
「そうそう。『働けー働けー』って地面に鞭をぴしーんぴしーんってしてる悪い監視の奴がいるやつ」
なんだかよくわからないなんか奴隷がぐるぐる回るアレ、現実に存在したんだ。って異世界って現実か?
「でもな、結局それも手が六本あっても無意味だろ? むしろ足が六本の方が踏ん張りが効いていいはずだよな?」
「確かにそうですね」
「殴るにしても同じで、六発の軽い打撃よりも一本のこん棒を両手持ちして六本足でがっしり構えた一撃の方が強かったんじゃないかと思うんだよな」
「それもそうかもですね」
六本腕、細かい作業もできない上に力仕事にも不向きとか。その他、走るにしても、重い荷物持つにしても、足多い方がいい気がするし。やはりなんという役立たず。無駄に何本もぶら下がってるだけなら、むしろ無い方がいいじゃん。
無用の長物。過ぎたるは猶及ばざるが如し。蛇足ならぬ蛇手である。しかも四本も。
「でもじゃあそんなんなら一体どうすんですか? 服も阿修羅用なんてのはお店でも通販でも見たことないですよ? 服買うたび同じ柄の生地用意していちいち袖直すんですか?」
「あー、これ魔法で増やしてもらっただけだからそのうち戻るよ」
「ああ、前と同じで魔力切れ待ちですか。そんならいいんですけど」
とはいえ。
腕六本の状態なんて、いくらこの先輩とて、そう頻繁に起こることではなさそうだし、元に戻る前に何か芸の一つでも見せてもらいたいところである。
「でもせっかくなんでなんかないんすか? 腕いっぱいならではのなんかおもしろいやつ」
「なんかねぇ……」
先輩は首をかしげ、斜め上に目線をやり、六本腕組みのまましばらく、
「ん~、まあおもしろくはないけど……」
またあたしの目に視線を戻した。
「おお!」
先輩の『おもしろくない』は往々にしておもしろい、というか、大概おかしいので期待をしないわけにはいかない。まあ一抹の不安も無いではないけど。
彼女は自分の鞄を真ん中の両手でごそごそ、ペンケースから消しゴムを取り出した。
「なんですか?」
先輩は薄い笑みを浮かべながら、それを六つの手で包み、こねこねすると、
「どの手に入ってるでしょ~うか?」
六つのグーを掲げ、にんまり問うてきた。
「お~」
なるほど。二本腕より格段に難易度アップ。これは六本腕ならではだね。
予想に反してひねりとか派手さは全くない素朴で幼稚な遊びだけど、お茶とお菓子の時間にはこれぐらいのかわいさでいい。
なので、あたしも場を盛り上げるべく、
「むむむぅ、これは難問ですねぇ」
顎のラインに親指の先から人差し指の先までの曲線をぴったり沿わせ、探偵っぽく気取ってみた。
そうして、あたしは顔を近づけ、順番に六つの手を舐め回すように注視してみたんだけど、先輩は無表情のまま、反応の一切を返してこない。
「ど~れ~な~の~か~な~?」
くりくりと人差し指で指して回ってみても、それを追うのは綺麗な真っ黒な瞳だけで、その他はびくとも動かない。
ぬう。さすが先輩。この手の心理戦には滅法強い。
まあでも、別に本気じゃないのです。今回は勝ち負けは別にどうでもいいのです。今この時、楽しい時間を過ごすことができればそれでいいのです。
なので、それを選んだ根拠は無し。ただの勘。なんとなく。
ちょうどいい頃合いで、
「ん~~~~~~、じゃ~これっ!」
と、あたしから見て右の一番上の手に、人差し指を力いっぱいびしっと伸ばした。
それを受け、先輩はにんまり口角を上げると、
「はっずれ~」
その手の平をこちらに向けた。
「にゅう」
まあ六分の一だしね。外れる確率の方が圧倒的に高いし。
ま、仕方ない。ということで、
「じゃあこれ?」
今度は向かって左の下の手、すなわち、先輩の右下の手を指さした。
「はずれで~す」
ちっちゃい手の平の中にはまた消しゴムはなかった。
うん。まだ二十パーセントの確率だもんね。順当。
「じゃあこれかな?」
「はずれだよー」
満面の笑みの先輩は真ん中左手をぱかっと開いた。
ん~。四分の一でもまだまだ低確率だもんね。
でも、そろそろ当てたい。
「んじゃこれー」
「はずれ~」
真ん中右手もなし。
三分の一もダメか。ぬぬぬ。
そして、次は二分の一。気付けば最後の勝負となっていた。ここは外すわけにはいかない。まあこれまではただの茶番だったしね。勝負というものはそれまでにいくら負けてても、結局最後に勝った方が勝ちなんです。画竜点睛、竜の体なんかいくら書いても意味がないのです。肝心なのは目、一番大事な目を入れた方が勝ちなんですよ。
ということで、上の右手か、下の左手か、
「んじゃ~~~~~あ~~…………」
正直分からん!
ここはあたしの勘を信じる!
「これっ!!」
右の上! 先輩の利き手の一番使い勝手が良さそうなところ!
果たして!!
無表情で溜めていた先輩の顔が、なんだか味わい深いけど何を考えているのかさっぱり分からないなんともよく分からないものになった。
そして、その緩んだ口から発せられた言葉は、
「ざぁ~んねん」
彼女の勝利の凱歌は、甘い吐息たっぷりのピンクのハートにまみれた侮蔑の囁きだった。
「ぐぬう」
二分の一を外してしまうとは。情けなし。
先輩は小憎らしい笑みでひらひら空っぽの手を振って挑発してきた。
ぐぬぬぬ。妖怪め。勝ち負けなど別にどうでもよかったとはいえ、やはり敗北というものは腹立たしい。ぐぬぬぬぬ。
しかし、そんなあたしの歯ぎしりをおいしく味わっていた先輩だけど、その顔がまたなにやら妖しげなものに変わった。
そうして、最後まで残っていた唯一のグーである下の左手を前に差し出すと、
「ほ~ら」
ゆっくりと開かれたその手は、なぜなのか、他の手と同じだった。
「んん!?」
なぜだか、その最後の手の平の上にも消しゴムはなかった。
「おお!?」
あたしの反応に、先輩はたいへん満足げ。
「おお!!」
次に何をしてくれるのか、あたしは鼻息を荒く見守った。
そうしていると、先輩は真ん中の右手を自身の顔の前に持っていき、口を開くと、親指と人差し指をその中に入れた。
そして、再び口の中からゆっくり引き出されてきた指のその先につままれていたのが、白い四角のそれだった。
「お~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
これはすごい。
どうやったのか分からない、普通に上手な手品だ。
とてもよいものを見せてもらった。
素晴らしい。
お見事!
あたしの心からの称賛に、先輩はより一層誇らしげに胸を張った。
それからしばらく、盛大な拍手がようやく鳴りやむと、先輩は澄み切った清々しい笑顔で、
「どうだった?」
と、聞いてきた。
なので、
「いやどうもくそも確かに凄いけどこれもう六本腕の意味なくなっちゃったじゃん!!」
あたしはそう吠えざるを得なかった。




