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先輩とスイッチ

 ボタン押したいモンスターと化したあたしの理性は消耗が著しい。


 もはやあたしの手はいつ暴走してもおかしくないところまで来ている。青か赤か、そんなのもうどっちでもいい、いやむしろ両手で同時に飛び掛かってやろうかと、前傾の姿勢でぷるぷる震えている。


 って、ダメだ! 冷静になれあたし!


 もうちょっと、あとちょっと待てば先輩来るはずだし! だから耐えろあたしの欲望!


 残りわずかの理性を真っ赤に燃え盛る本能にぶっかけ、あたしはあたしを必死に押し留めていたところ、


 あ。電話すりゃいいじゃん。


 ふと閃いた。


 いやでも電話だと急には出られない可能性もあるな、ということで文字を送ってみることにした。


『先輩まだ?』


 送信のアイコンをぽちっと。


 即座にそれは隣に置いてある鞄の中に届いた。


 なるほど。


 あかんなあいつ。


 が、しかし。


 そう呆れると同時に、あたしの頭にはある不安もよぎった。


 先輩ってもしかしたらこのボタンを押したせいで消えてしまったのでは?


 確かに先輩は携帯を携帯していないことがしばしばあるし、どっかに置き忘れて騒いでるところも何度か見た。

 でも、今日はちょっと様子が違う気がする。

 根拠はない。

 でも、そうあたしの心がざわめいている。


 これは先輩がいないだけの放課後とは違う。あたしは今何らかの事件の真っただ中にいるに違いない。ただの勘だけど、今日に限っては、そんな不穏なにおいがぷんぷんする。


 うん。あたしはあたしの直感を信じよう。


 多少落ち着きを取り戻すことができた。ということで、また推理してみる。


 まずこの二つのボタン、先輩が押したとしたら、赤と青どっちなんだろう。


 ん~、赤はやっぱり警戒色ということで、あたしだったら押しにくいかなあ。だけど、先輩みたいな血の気の多い戦闘民族だと赤好きそうだしなあ。


 どっちかなあ。どっちもあるなあ……。


 ……って、いやちょっと待って。


 今あたしはどっちかが正解でどっちかがハズレみたいな前提で話を考えてたんだけど、本当にそうなのか? これ実はどっちもダメだったりしない? 


 赤はどっかの異世界に飛んで、青が爆死みたいなことも全然有り得る。これまでの先輩絡みの騒動はほぼほぼロクでもない結末になってるもん。


 とはいえ、やっぱりどっちかは当たりで、赤が異世界、青は五百兆円貰えるみたいな可能性もある。


 そりゃどっちもハズレのボタンだったら、いくら先輩だって押すわけないもん。だから、五百兆はさすがに言い過ぎだけど、一方が当たりという可能性も無くはないはず。


 いや、それどころか両方当たりという話もある。異世界旅行か海外旅行かの二択かもしれない。先輩はボタンを押した瞬間、エメラルドグリーンの海に浮かぶ真っ白な島にワープしたんで、鞄だけ残されているのかもしれない。


 ある!


 今先輩はでかいエビをフォークで刺して、ちっちゃいお口をでっかく開けて頬張ろうとしている寸前かもしれない。


 でっかいエビ! ある!


 あいつ!


 あたし差し置いてにっこにこでぷりっぷりのエビ食いやがって! 

 許すまじ!

 今すぐ乗り込んで説教してやる!


 だからボタン押さねば!


 いや。


 あたしは騙されないよ。


 先輩に限ってそんなわけない。


 あの人なら、極彩色の洞窟でカニ星人をこん棒で殴りつけてるとかだもん。

 わらわら涌いてくるカニの甲羅を叩き割りまくってるんじゃないかな。

 そんで、火を起こして焼きガニにしてカニ祭りとかしてんじゃないかな。

 ある!


 でっかいカニ! ある!


 あいつ!


 あたし差し置いて熱々のカニの身に濃厚なカニみそたっぷりつけて食いやがって! 

 許すまじ!


 って、いやでもわからんよ?


 先輩は物理は最強だけど、魔法は使えないからなあ。


 過去何度か先輩は異世界で魔法を使う敵をことごとくブチのめしてきたって武勇伝を得意げに話してたけど、あたしがちゃんとその目で見たわけじゃないもん。いいかっこしたい先輩がそう吹いてるだけかもしれないし。実際のところはギリギリで何度も死にかけてたのかもしれないし。


 だとしたらヤバいよ。


 カニ星人はこれまでとはちょっと違うからね。

 特になんか勲章とかいっぱい服に付けてるカニ星人魔法長官みたいなのは本当に強いよ。

 なんかすごいめちゃくちゃ強い魔法バンバン使ってくるからね。

 それにカニだけあって殻が固い上に防御魔法もいろいろ使えるから守りも強いもんね。


 ほら、そうこうしてる間に逆に先輩の方が追い詰められてピンチだよ。先輩の体が泡の中に閉じ込められちゃったよ。

 なんかすごいカニの泡だから、なんかえらいことになっちゃうよ。


 たいへん! こらぁあたしが助けに行かなくちゃ!


 今すぐ行きますよ先輩! だからあとちょっとだけ頑張っててください!


 絶体絶命の彼女を助けるべく、どんな危険を押してでもあたしは行かねばならない。


 あたしのためじゃない、先輩のためだもん。


 だからボタン押さねば!


 って、でも?


 どっち?


 助けに行こうにも、この二択を間違えたらどうしようもない。


 赤か青、一体どっちが正解なのか。


 これと似たシチュエーションで、時限爆弾の赤い線と青い線のいずれかを切ると時計が止まる、みたいなのも映画やアニメでよくあるけど、その場合はどっちが多いんかな。

 なんとなくだけど、赤を切ってる方が多いような気がする。


 いやでも、先輩となると、普通の人の逆が正解のような気もする。


 となると青? だけど、先輩みたいな血の気の多い戦闘民族だと赤好きそうだしなあ。


 って、また最初に戻ってるし。


 いやでも、こんだけ考えて、また再び同じところに戻ってきたということはやっぱり赤なのでは。


 いやでも、赤のボタンってそれこそめちゃくちゃ起爆装置っぽいじゃん。さすがにちょっと押しづらいんだけど。


 いやだから、あたしが押しづらいかどうかじゃなくて、先輩が押しそうかどうかなんだけど。


 いや、やっぱり……。




 いや、しかし……。




 いや、だけど……。




 って!


 らちが明かない!


 てかこんだけ時間食ってたら先輩もう死んでんでしょ。

 だったらもうあたしが助けに行く必要ないじゃん。


 いやでも、あの人がそんな簡単に死ぬ? 先輩だったら、髪の毛一本でも残ってたらそれから体が生えてきて再生する、ぐらいのことはできそうなもんだけど。


 んで、そんなことできるんだったらそもそもピンチになんかならないし。


 え? なに? じゃあやっぱあいつ一人でのほほんとエビとかカニとかアワビとかたらふく貪り食ってんの? 炭火で焼いて? あっつあつのやつ?


 許すまじ!


 今すぐ乗り込んで膝喰らわしてやる!


 もう許さん! 


 行ってやる! ボタン押してやる!



 しかし、押すにしても行くにしても、準備は必要である。


 ということで、あたしは着替えをした。


 着替えというか、制服の上から上着を着ただけだけど。


 上着というか、鎧なんだけど。


 かつて、先輩がハーレムをするとか言って、持ってきたものである。


 くそ重たいくせに、鉄板の厚さは一ミリほどと、いささか心もとないように思える。爆発に対して有効かは疑問である。

 とはいえ、一応全身は覆われるし、無いよりはあった方がいいことは間違いないはず。

 異世界に行った場合も、物理攻撃に対してなら、そこそこの防御性能は発揮してくれることだろう。


 ガチャガチャ金属音を鳴らしながら、また元の椅子に座った。


 ガチャガチャ金属音を鳴らしながら、腕を組み、考えた。


 で、赤か青、どっちなん。


 あ。


 そういえば、先輩がどっちを押したか、触らなくても確認する方法あるじゃん。


 あたしは閃いた。


 ガチャガチャ金属音を鳴らしながら、あたしは十字の鉄仮面を脱いだ。


 まずは赤いボタンの方を。


 くんくん。


 あのかぐわしい香りがほのかに感じられた。


 ふむふむなるほど。


 次いで青い方をくんくん。


 あのかぐわしい香りがかすかに感じられた。


 ふむふむなるほど。


 分かりました。


 間違いない。


 先輩が押したのは赤です。


 本当に微妙ではあるけど、赤のボタンの方がわずかに匂いの量が多かった。


 あたしにはそれが嗅ぎ分けられるのです。

 あたしは先輩のことなら何でも分かってしまうのです。

 だから、先輩が最後に触ったのは赤のボタンで絶対間違いないのです。


 よし。


 これで先輩を助けに行けるよ。


 お待たせしました先輩。


 今すぐ行きます!


 はやる心を抑えつつ、あたしは鉄の兜をまた被った。


 そして、右手を高々と大きく振りかぶり赤のボタンを目がけ、


「しゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」




 なんてね。


 鉄の右手は赤ボタンすれすれのところでぴたり寸止めされた。


 あたしは全ての事実が分かってしまったのだ。


 匂いの中にもう一種、別のいい香りが混じっていた。


 あの脳みそが溶けて流れ出しそうになる極上にいいにおいの中に、脳みそのしわしわが伸ばされてつるつるになるぐらいとびきりにいいにおいがほんのわずか、感じられたのだ。


 すなわち、つい最近このボタンを触ったのは二人、うち先輩とアナログゲーム部のおでこ先輩ということである。


 あの人もすっごいいいにおいしてたからね。あたしの記憶に深く刻み込まれたあの香り、間違いない。


 よって、ここで謎を解くための鍵が全て揃った。


 アナログゲーム部員が持ってきた色違いのスイッチのようなもの。


 それは、


『クイズの早押しボタン』


 です。


 恐らく、向こうで使われなくなったこれらのボタンをうちの先輩が譲り受け、今は接続用の配線やランプなどの付属品を取りに行っているので不在、というところだろう。


 なので、それを知った瞬間、あれほど巨大な炎を立ち昇らせていたあたしのボタン押したい欲は、未練の一筋も残すことなくたちまちにして消えて無くなってしまった。

 なんだか分からないから確かめてみたいと好奇心が盛り上がってただけで、それがなにか特定されてしまったら、もうどうでもいい。


 というか、ボタン押したいモンスターというのも、あたしが暇つぶしの相手をさせるために生み出したもう一人のあたしだからね。


 あたしは一人でいるということが結構上手なんではないかなと思う。


 先輩を待つ間、まずまずうまいこと時間を消化できたんじゃないでしょうか。


 まあ無駄に鎧なんか着ちゃってるけど、これ見たら先輩は絶対笑うよね。


 で、なんでこうなったかを説明したら、きっと先輩はこう言うよ。


『お前頭大丈夫か?』



 ってね。


 そんな感じで、今日の放課後もいつもどおり、だらだら駄弁るだけのとても有意義な時間を過ごせることでしょう。


 って、うん。


 ちょうど先輩が戻ってきたよ。


 部屋の天井に発生した真っ黒な時空の裂け目から、青白い光に照らされた六本の腕に六本のこん棒を持った先輩がゆっくり降りてくる光景を眺めながら、


『ボタン押さなくて良かった』


 と、あたしは心の底から安堵した。

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