先輩とボタン
「ちゃーす」
……って、おやや?
返事がない。部屋は静まり返ったまま。今日は珍しくあたしが先のようだ……。
……って、なんだこれ?
いるはずの人がいない代わりに、それらはあった。
物は二つ。いずれも金属製と思しきおよそ十センチ四方の立方体である。でも、それらの上面に付いているプラスチック製らしき直径五センチほどの円形のパーツが異なっている。そのパーツは一つが赤、もう一つが青である。
要するに、漫画とかアニメでよくある爆弾とかミサイルのボタンみたいなやつである。それが窓際の机の上に二つあった。
本当に何らかのボタンなのか、用途は皆目不明だけど、とにかく怪しさ満点どころじゃない代物であるということは分かる。こんな怪しさ丸出しのものってこの世にそうそうない。しかもこれ持ってきたの絶対先輩だし、怪し過ぎる人が持ってきた怪し過ぎる物だもん。怪しさ度が限界突き抜けてる。
で、その張本人が不在って……。
あ。
ははーん。
あたしはぴーんと来た。
まず最初に掃除用具入れを開けてみた。
いないね。
次に窓を開け、ちょっと身を乗り出し、辺りを見回してみた。
ここにもいないね。
教卓の下。
いないな。
教壇の下。
いない。
ん~。そもそもからして、あの脳みそが溶けて流れ出しそうになる極上にいいにおいが強くはない。ということで、本人自身はこの近くにはいないようだ。
でも、残り香は鼻腔にほんのわずか感じられるので、あたしが来る前にここに来ていたことは間違いないはずなんだけど。てか、まず先輩の鞄あるもん。
となると、隠し撮りか?
壁のシミや天井の汚れなど、あたしは鵜の目鷹の目でくまなく探し回ってみたけれど、不審な物も設置されていないようだった。
ん~、ないな。
以前あたしがびっくり箱を仕掛けてそれを観察していたのと逆のことが今回仕掛けられているのでは、と考えたんだけど、それはないらしい。
ん~、だとするとなんだろう。
見た目完全にスイッチな謎の何か、これらは一体何に使うものなんだろう?
触れた瞬間、これ自体が爆発するという可能性もありそうなので、外見から推測することしかできない。
いやいや爆発なんてそんな馬鹿な、と思ってはいけない。なにしろこれは先輩が持ってきた物、この世界の常識など一切捨て去らなければならない。どんなに突飛で荒唐無稽なことであろうとも起こり得るのだと、魔法でも夢物語でも、あらゆる可能性を考えて行動しなければ、あたしの人生はここで終わりを迎えることになる。
ボタンを押した瞬間、あたしの身に何が起こるか、それこそ無限の可能性がある。
本当に爆発物の起爆装置かもしれない。
まあそれはそれで苦しまずに逝けるならいいのかもだけど。
二十億光年先の星で奇抜な色の渡り鳥に姿を変えられてしまうボタンかもしれない。
まあそれはそれで空飛べるんなら楽しいかもだけど。
とあるビルの一筋の光さえ届かぬ暗闇の中、何をすることもなく、どこからか集まってきたほこりを積もらせるだけで、ただじっと解体の時を待つだけが仕事の、設計ミスでどことも繋がっていない配管、という身にあたしはなるのかもしれない。
まあそれはそれで悪くはない余生なのかもだけど。
って、あたしはまだあたしでいたい。
そうならないよう、まずは観察を。
二つの装置らしきものはいずれも同じ形状である。ボタンらしきものが赤か青かだけ。
手に取ることはできないので、下面を除いた五方向から様子を探ってみた。
と、側面のとある一面だけは他の三面と違っていることがすぐに分かった。
その面だけなにやら複数の端子があって、どうやら何かを挿すためのものであるのだろうという形をしている。それが何なのかは分からないけど、やはりこれらはその何かを挿したときに何らかのスイッチとして機能するもののようである。そう解釈するのが最もしっくりくる形状をしている。
なので、とりあえずはこれらがスイッチのボタンだったら、ということで次を考える。
次。じゃあボタンだとしたら何のためのボタンか。
うん。分からん。
端子は何も繋がってないけど、現代のこの世界だって普通にスマホみたいなものがあるんだし、見えない電波か魔法かでどこかとやり取りしていることも当たり前に考えられる。
いいことだったらいいんだけど、悪いことだったらどんな目に遭うかたまったもんじゃない。
そして、あの先輩だもん、悪いことが起こる確率の方が高そうな予感がする。
うん。
きっとろくでもないことが起こるに違いない。
やっぱりこいつらはひとまずほっといて、先輩が来るのを待つことにしよう。
うんうん。
押してえ。
押してえよね。ボタン。
ボタンがあったら押したい。それが人のサガってもんだもん。
だからボタン押したい。
あー押したい。ボタン、押したい。ボタンを、押したい。
あーボタン押したいなー。
早く先輩来ないかなー。
しっかしボタン押したいねえ。
あー押したい。ボタン押したい。ボタン押したいなあ。
ボタン押したいー。ボタンをー、押したいー。
あー押したい押したい。
ボタン押したいなったら押したいなー。
あーボタン押したいなー。
あー押したい押したい押したいなっと。
あー先輩おっそいなー。
押してえ!!!!!!
ボタン押してえ!!!!!!
ボタンを!!!!!! 押してえ!!!!!!
ボタン押した過ぎてしまった。
目の前にあるボタンを押せないということが、これほどまでに耐え難いものだったとは。
込み上げる欲求とイラつきで胸がじりじり焼け付いてじっとしていられない。
なにかの中毒の禁断症状とか、こんな感じなのかもしれない。
いやでも、あたしは別に常日頃常習的にやたらめったらボタンを押しまくっているというわけでもないし、それとはちょっと違うのかもしれんけど。
じゃあこれはあれかな。抑圧に対するストレスみたいな。してはいけないことほどなぜだかやりたくなってしまうみたいな。
王様の秘密を掘った穴に向かって叫びたい人の心境みたいな。って、それも違うか。
押してはいけないボタンを押す行為の代表格といえばピンポンダッシュだけど、良い子のあたしはそんなの一度もしたことなんてないし、今だってしたいとも思わない。じゃあ、この心の奥底からマグマのごとく激しく込み上げてくるボタン押したい欲というのは一体何なのか。さっぱり分からない。
って、そんなことはどうでもいい。
とにもかくにもあたしは押したい!
ボタンを!!!!!!
押したいんだよ!!!!!!




