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先輩と風神

 風船というものの有意義な使いみちを閃いた。


 一応顔は描いてあげたけど、これまではただ見ているだけ、目的がなかったのがいけない。受け身ではなく、自分で何かを成さねばなのだ。それはとても小さな山だけど、自分の足で登ることに意味がある。頂上に立ってその景色を見たとき、あたしはの心はささやかな達成感で幾分かは柔らかくなることだろう。


 すぐさまあたしは引き出しからはさみとセロハンテープを取り出した。


 それから、風船から垂れる糸をまたボール紙にくくり付けた。その際、巻き付ける回数を多くし、風船と重りの距離を縮めておいた。


 以上、あっという間に準備終わり。


 あたしは右手にはさみを持つと、ボール紙にその刃を入れ、三分の一ほどをばっさり切り落とした。


 そして、手を放してみた。


 風船は、普通に物が落下するよりは圧倒的に遅い速度で下に降りてゆき、重りが床に接したところのその上空二十センチあたりで落ち着いた。


 ふむ。まだ重りの方がだいぶ重いみたいだね。結構大胆にカットしたつもりだったんだけどなあ。


 とはいえ、それがどれほどか、左手で風船を持ち上げてみたところ、本当に力を入れるか入れないかのぐらいだけで、重りはふわり軽やかに浮き上がった。


 おお!


 これは一発目から意外といい感じだったのかも。次からは慎重に行かねばだね。


 ということで、今度はボール紙の角をちょっとだけカットした。


 風船はまた落下というよりは降下という表現の方が似つかわしい速度で位置を下げていった。けど、やはりさっきよりはさらにゆっくりになっているような気はする。


 ふむふむ。


 また別の角をさっきと同じぐらいだけ切ってみた。


 お!


 ここで明確な変化が表れた。風船が沈んだ際、地面にべったり着いていた重りが、今は斜めになって片側を浮かせている。


 これはゴールは間近か? 


 料理で言うところのざく切りから千切りへ、辺を幅一ミリほど、細長く切り落としてみた。


 しかし、あまり変わらず。


 次も同じくらい切ってみたけど、変わらず。


 それをそこから三回繰り返しても、見た目の様子は変わることはなかった。


 う~ん。これギリギリそうだけど実はまだ結構余裕あんのかな?


 あまりの変化の無さに、あたしはちょっと大きな勝負をしてみることにした。


 強気に五ミリ幅ぐらいを切断した。


 そして、手を離したらば。


 おおお!


 ついに風船の進路は今までとは真逆、上方となった。


 非常にゆっくり、じわじわと天井へ向けて風船が昇っていくのをしばし見守った。


 うむ。


 となれば、次はセロハンテープの登場である。


 いくら遅いとはいえ、この速度からすると、ちょっと大きく切り過ぎたように思える。


 でも、今度こそ頂上は目前に見えているからね。答えは今切り落とした重量の範囲内にあるってことは間違いないもん。俄然やる気だよ。


 先ほど切断した小片をさらに半分に切り、その一方をテープで元の重りに貼り付けた。


 おおおお!


 自分の手がいらぬ風を起こさぬよう、慎重にそうっと離したところ、とうとう風船はその場で静止をした。


 これは来たか!?


 が、観察すること十秒ほど、風船の後ろにある景色が上から下へ、その隠れていた部分を徐々にあらわにしていった。


 本当に微妙にわずかだけ、浮力の方がほんのちょっと重りに負けてしまっているらしい。


 なので、本当に微妙にわずかのほんのちょっとだけ、ボール紙の端を削いでみた。


 と、また観察することしばらく、風船の後ろにある景色が下から上へ、見えていた部分が徐々に隠されていった。


 なので、今度は本当に微妙にわずかのほんのちょびっとだけ、テープを付け足した。


 そして、その切ったり貼ったりしては観察してを繰り返すこと十数度、いよいよその時が来た。


 見守ること一分、浮いたままの風船はその場で全く微動だにしなかった。


 それからさらにまた一分、後ろの景色が見えるようになったり隠れたりするようなことも一切なかった。


 風船の浮力と重さは完全なる均衡状態となったようであった。



 遂に我成せり!



 あたしはここに勝利を宣言した。


 長く苦しい戦いだった。でも、あたしは最後には勝った。


 やはりたとえ小さなことでも、それをやり遂げるというのはよいものだ。感慨で胸がいっぱいになった。


 となれば宴だ!


 ひゃっほう!


 が。


 せっかくの祝宴を開こうというのに、カップは空っぽである。


 はやる心を抑えつつ、あたしはまた一階へ行き、コーヒーというか、今度はカフェオレを淹れてきた。


 ドアを開け閉めしたせいで横方向の位置は若干変わっているものの、風船の高さに変化はない。天井にも床にも着いてはいない。中空で静止したままである。


 うむ。


 あたしはカフェオレを飲みながら、のんびりそれを眺めた。


 それにしても、あたしの成し遂げた仕事は神がかり的な恐るべき精度であったことに、我ながら感心してしまった。


 ふわふわとかゆらゆらという揺らめきながら浮遊する様子を表す言葉が使えないぐらいに、笑いと怒りのピンクのハートは一度決めたその場所で微動だにしない。


 軽く息を吹きかけただけで押されて流されてゆくのに、その勢いがなくなったとなったら、上にも下にも、前後も左右も、何の支えもないのにその位置にぴったり固着したままである。その空間だけ時間ごと固まってしまったかのようで、なんとも不思議な光景である。


 が。


 しかし。


 なぜだろうか。これを見ていたら、なぜだか無性に腹が立ってきてしまった。


 だって、こいつなんもしないんだもん。


 前後にも左右にも動く理由がない、上にも下にも行く必要がないということで、ほんとただ宙に浮いてるだけなんだもん。


 平和が過ぎる。


 外の世界は常に苦労や危険と背中合わせのヤるかヤられるかしかない殺伐とした地獄じゃん。


 なのに、こいつときたら暑くも寒くもない部屋の中で浮きもせず沈みもせず、ただ安穏とくつろいでるだけなんだもん。


 そりゃ頭に来るってもんでしょう。


 ヌルい平和をブチ壊したい。


 あたしのいけない衝動が限界を突破してしまった。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!


 猛然、あたしは立ち上がると、ぐるんぐるん両腕を回し、めちゃくちゃに息を吹きまくった。


 凄まじい風が巻き起こされているようだ。その暴風により、笑顔の面はてんやわんやの大騒ぎとなった。


 はっはっは。慌てふためいておるな。人間風車となったあたしのパワーはとてつもないだろう? でも、こんなのはまだまだ序の口だよ。


 さらなる風を吹かせてやるわ。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!


 ぐるんぐるん両腕を回し、めちゃくちゃに息を吹きまくり、辺り構わず飛んだり跳ねたり、上半身だけではなく下半身も使って風を巻き起こした。


 怒りの面が怒鳴りこんできたけど、人間台風となったあたしに逆らうとはいい度胸じゃないの。


 さらなる嵐をもたらしてやろうぞ。


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!


 ぐるんぐるん両腕を回し、めちゃくちゃに息を吹きまくり、辺り構わず飛んだり跳ねたり、前後交えたでたらめな宙返りの連続で四方八方暴れ狂った。


 結果、あたしは人の身でありながら、恐るべき大災害となった。


 それはもう世界を滅ぼすほどの威力だ。そんなとてつもない災禍に襲われたら風船などひとたまりもない。


 右に左に上に下に逃げ惑うばかりの彼女をあたしは執拗に追い続けた。


 はーはっは! もはやあたしは風の神! 風でもってあらゆる全てを薙ぎ払う混沌の神なり! そのあたしから逃げられると思うなよ!


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!


 縦に横に回転に回転を重ねて風船を攻め立てるあたしは、本当にかなりな風量を発生させる装置となっているらしかった。


 風船だけでなく、机の上に置かれていた何だかのプリントがその風によって宙を舞うことになったぐらいだもん。


 が。


 その紙も風船同様あちらこちらを行ったり来たり、ひらりひらり風に弄ばれていんだけど、あたしが着地するちょうどを見計らったかのようなタイミングで、それがすっと足元に入ってきた。


 うおっ!!!!!!!!!!!!????????????????????


 瞬間、片足を持っていかれたあたしはよれよれのぐにゃぐにゃ、そのまま盛大にバランスを崩して後ろに倒れこんでしまった。


 でも。


 うおおおっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 反射的にあたしは体をねじった。


 ひねりを加えた弓なりの姿勢のまま、ぎりぎり一杯の粘りでなんとかこらえきった。

 

 すんでのところでどうにか踏み止まることができた。危うく大事故にはならずに済んだ。


 …………あっぶねえ…………。


 あたしはその場にぺたりとへたり込んで荒い息をするばかりだった。


 やがて、それも落ち着いてきた。それと同時に、自分のあまりにもなバカさ加減も込み上げてきて、自嘲の一人笑いがしばらく止まらなかった。





 晩御飯のお鍋、おいしかったぁ~。


 お腹をさすりながら自室に戻ってきたら、にっこり笑顔があたしと同じ目線で出迎えてくれた。


 おー、こんなに時間が空いたのに浮きも沈みもしてないとは。こりゃ本格的に微粒子レベルの誤差もない完璧なプラマイ0なのかもしれんね。もしかしてあたしって凄いんじゃ。なんて、己の手腕にうぬぼれてしまった。


 たらふく食べたので、そうご満悦でちょっとごろごろ一休み。


 で、ようやくお腹もこなれてきたなというところでお風呂へ。


 ついでに洗濯物やらカップやらお盆やら、その他にも一階へ持っていかないといけないものがいろいろあるね。


 でも、ちょっと多いし持てるかな? 


 カップは指に掛けたり、大量のそれらをうまいこと両手で抱え込み、なんとか一回で持っては行けそうな感じ。


 ドアは開けられた。だけど、閉めるのは、まあエアコンもつけてないしいいかなとそのままにして、よたよたしながら階段を降りた。

 

そして、全ての物を一階のしかるべき場所に置いていった後、浴室へ。





 ふい~。いいお風呂だった。


 入浴後のあれこれを終え、居間で家族と一緒にテレビをちょっとだけ観た。


 ん~、今日はちょっと出掛けただけで、特に大したことしてないけどなんかやたらと眠いな。


 なので、あたしだけ一足先におやすみを言い、自室へ。


 ほの暗い階段を上った。


 ふにゃふにゃしながら一段一段頑張って靴下の足を持ち上げていった。


 だけど、上から三段目のところまできたところで、あたしは二階の廊下の、階段上がってすぐのところに、なにやら人影のようなものがあることに気付いた。


 え? なんだ? でもみんなまだ下に居たし? え? え? ちょっとマジでなに?


 なんだろうとあたしはさらに近付き、薄暗い中を目を凝らしてみると。


 目の前にいたのは、青筋を立てて物凄い形相でこちらを睨み付けるピンク色の化け物だった。


 いつの間にか部屋から脱走していた風船にびっくり仰天、あたしはすっ飛んだ拍子に足を踏み外し、真っ逆さまにひっくり返って階段に頭を打ち付けながら転がり落ちた。





「で、頭ボコボコになったんです」


 そんな昨日の出来事を話し終えたら、


「お前頭大丈夫か?」


 と、先輩は盛大に吹き出し、腹抱えてしこたま笑い転げた。


 まさかこんな史上最強に頭おかしい人に頭の中身の方の心配をされてしまうとは。


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