22話 穏やかな日常? <現実>
水を打ったかのように、しんとなった教室。
……なにやってんだ、アイツ?
柊が会いにくる人物がこのクラスにいたなど、かなり驚きだ。
現に、徐々にざわめきはじめた周囲からも、「あれ、柊さんだよね?」「誰を探してるんだろう?」といった疑問の声が聞こえてくる。
かくいう俺も、その対象たる人物に興味心身だ。このクラスに、彼女と親しい人物がいるなど、聞いたことがない。
一応、俺も彼女と知り合いではあるが……まさか、自分ではないだろう。彼女が自分に会うために、わざわざこんな人目のある場所までやってくると思えるほど、自惚れてはいないつもりだ。
しかし――。
ぼけーっとその様子を眺めていた俺と、教室内を見回していた柊の視線が、バッチリあった。
「……ん?」
違和感。
……あれ、前にもこんなことあったような。
人しれず、冷や汗をかく。というのも、この状況に、ひっかかかりを覚えたからだ。
ここでは、ない。しかし、確実に俺は何処かでこのような状況に遭遇したはずだ。
あれは確か――そう、現実世界ではなく。あちらの世界――モルスで彼女と初めて会った時だ。あの時も、まさしく、こんな感じだったような……。
「…………」
……まさか。
そんな俺の心の声が聞こえたわけでもないだろうが、ふっ、と柊が表情を和らげた気がした。いや、むしろどこか含みのある笑みに近い。
……もしかしてアイツ、こっちに来る?
その表情は、そう判断するのに十分な材料となった。
そうして彼女は、教室内に足を踏み入れ、歩を進める。
ざわめきは止み、ピン、と張り詰める空気。
その時脳裏をよぎったのは、なんで、とかそういう疑念ではなく、マズイ、という思いだった。何がマズイかって、マズイことはマズイのだ。
もしかすると、俺の勝手な思い過ごしで、柊は別の奴に声をかけるのかもしれない。
だが、もしこんな人の目の多い場所で、柊が俺に声をかけてきたら。
……具体的にどうなるかは分からない。分からないのだが――面倒事になりそうな予感がする。
これが、ただの知り合いであるなら問題はない。だが、相手が相手だ。なんたって彼女は、学内外問わず、かなりの知名度がある柊千雪。
別段、親しい間柄の生徒がいないとされている彼女が、良くも悪くも平々凡々である俺に会うために教室に来た、などと露見したならば。
クラスメートどころか、同学年、はたまた他学年の生徒からも、好奇の視線が集中する未来が、目に浮かぶ。もしかすると、それが理由で絡まれたりもするかもしれない。目立ちたがり屋な人間ならこれを良しとするのだろうが、あいにく俺は真逆の人間。
瞬時の判断。所要時間、僅か数秒。弾き出される答えは、一つしかなかった。
……うん、逃げよう。
「おい、ユウ。俺は帰るぞ」
もはや一刻の猶予もない。
瞬きすることなく柊を見つめているユウにそっと声をかけ、カバンを手に取り、席を立つ。
返事はない。ああ、確かコイツは柊のファンみたいなもんだったか。なら、放心でもしているのかもしれない。
しかし、今はそんなことどうだっていい。
最優先事項は、この場から抜け出すこと。後は、静かに、かつ素早く教室から出れば――。
「何処に行くのかしら?」
――声。淀みなく、流麗なそれは、ここ数日で聞きなれたものだ。
同時に、手に持つカバンにグッと負荷がかかる。
どよめく教室。
ドクン、と一際強く脈打つ心臓。
振り返りたくない。振り返れば、受け入れがたい現実が待っている。強行突破は――無理だ。声をかけられただけなら、人違いだなんだと言い繕えるが、カバンまで掴まれてしまえば、もう終わりだ。
ゆっくり、そしてぎこちなく。おそるおそる、振り返る。
そこにいたのは――うっすらとした笑みを浮かべた、柊の姿。
「さ、帰りましょう――隼斗?」
ピシッ、と教室中の時間が止まった。
……ああ、最悪だ。
これ以上余計なことを言わせないように、俺は柊の腕を掴むと、早歩きで教室の外に出る。
そして、ガラッ、と教室のドアを閉めた途端。
悲鳴、金切り声、怒声、咆哮。ありとあらゆるものが、扉で遮られた教室内から漏れ聞こえてくる。
「名前っ!? 今、名前で呼んでたよね!?」「うがぁ!! なんで浅堂なんだぁ!?」「あんの裏切り者ー!!」
それを聞いて嘆息した俺は、恨めし気に柊を睨む。
「あら、ちょっと人気者になったんじゃない?」
しかしそれを気にも留めず、そう言ってクスクスと笑う柊は、実にあっけらかんとしていた。
「やっぱわざとだったな!?」
「ちゃんと、あとでね、って言ったじゃない」
俺の不満をさらっと流し、柊は階下へと足を向ける。
そのあっさりした態度に、口をパクパクさせて二の句が継げないでいた俺だったが、しぶしぶとその後に続く。
こうなったら、もう腹をくくるしかない。周囲からの好奇の視線に耐え、黙々と歩く。
教室での騒動は、廊下にかなり響いたらしく、この時点からすでに下校中の生徒からの視線が集まっていたのだ。
奇しくも、これも赤の村と同じ。開き直り、というかもうやけだ。一々気にしていたら、身体がもたない。
「で、何の用だよ? わざわざ教室にまで来て」
「少し、話したいことがあってね」
靴を履き替え、校舎から出た際の、柊の一言。
「いや、でも帰る方向が――」
「大して変わらないから、大丈夫よ」
「……さいですか」
有無を言わせぬ口調に、あっさりと引き下がる。
しかし、そう言ったはいいものの、柊は口を開かない。
無言のまま、時がすぎる。
「……で、話ってなんだ?」
居心地が悪くなってきたというのもあり、しびれを切らした俺は、こちらから口を開いた。
「……携帯」
「え?」
柊にしては珍しく、小さく、囁くような声だった。
「携帯電話、持ってる?」
「は? ……あ、ああ」
ゴソゴソ、とカバンを漁り、携帯を手に取る。それを見た柊は、同様にカバンから携帯電話を取り出した。
「いつでも連絡とれるように、て思って。ほら、その方がなにかと便利でしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど……」
なにもこんな場所でしなくてもいいだろ、と思う。
人通りの多い通学路。ちょうど後方からきた女子のグループが、ひそひそとこちらを見ながら通り過ぎていく。その光景がまた、ズーンと俺の心にのしかかる。
「ほら、貸して」
言葉と同時に、柊が俺の手から携帯をとって操作しはじめた。
そして、数秒。はい、と戻される携帯。
受け取り、アドレス帳を見てみれば。新たに追加された「柊 千雪」の項目に、メールアドレスと電話番号が登録されていた。
「なにかあったら、連絡するから」
そうして、柊はスタスタと歩いていく。
「いや、そりゃいいんだけどさ……話って?」
それを追いかけて隣に並び、一言。
「え? もう済んだじゃない」
「…………」
……連絡先の交換だけかよ!? いや、それも重要っちゃ重要だが……それだけのために、俺はあんな思いをしたのか?
ガクッ、と項垂れる。しかし、それだけでは割に合わない。
この際だ。なにか聞きたいことがあれば、答えてくれるかもしれない。
俺が柊に聞きたいことはあるか? と自問する。
――そうだ。
「あのさ」
近くに人がいないのを確認し、俺が声のトーンを落として声をかけると、「ん?」と柊が振り向く。
「柊……いや、ターナはさ、<魔法>使えるのか?」
思い出すのは、モルスでの光景。
モンスターとの戦闘にて、ターナが起こしたと思われる現象。気にはなっていたのだが、色々なことがありすぎて、つい忘れてしまっていた。
「ええ、使えるわよ。だって、私のクラス<クイーン>は、防御と支援に特化したクラス。魔法適性も充分にあるわ」
「へぇー……」
防御と支援特化。つまりはそういった魔法が使えるということだろうか。
「いいなー、俺にも使えないかなー……」
「え? でもクラス不明で、武器とか魔法とか使えないんでしょ?」
「いや、そりゃそうなんだけどさ……あんま覚えてないんだけど、攻撃魔法のみ使用不可だった気がすんだよ」
正直、あの時は動揺していたため、おおまかな部分しか覚えていない。
科学者の言葉。武器、魔法の禁止、そしてこれは誰にも言っていないが、特別な力とやらの存在。これは、なんとなく覚えている。
武器は使用不可。魔法なぞ、どうやって使用するか分からない。
特別な力とやらも、今の今まで不明。そもそもこの点は、若干胡散臭いものではある。本当にそんなものがあるのか、かなり疑問だ。
だが、防具やアイテムは使えるのだ。武器は不可だが、防具は可。そこで、考えた。もしかして、俺は攻撃系統以外の力なら使えるのではないか、と。
実際、スキルも獲得しているのだ。そしてそれは、攻撃系ではない。
「そう……なの?」
驚いたように、柊が俺を見ている。
まったく失礼な反応だ。それでは、俺がなにもできないような……いや、まだできたと決まったわけじゃないな。これでできなかったら、本当になにもできないじゃないか。
ここは、あえて反論はしないでおこう。
「とにかくさ、今度向こうで教えてくれよ」
「分かったわ……覚悟してなさい? 言ったからには、絶対にマスターしてもらうわ」
頷いて、不敵に笑う柊。
それを見て、俺は若干後悔していた。
……これは、人選ミスったかもしれん。
「あー……いや、できればお手柔らかに……って、聞いてねえし」
顔を上げると、柊はすでに数歩先を歩いていた。
はぁ、と溜め息をつくも、その後を追いかける。
ま、いいか。
歩きながら、まだ見ぬ新たな力に思いを馳せる。
もし使えるのだとしたら、行動の幅が広がる思うし、ちょっとはチームの役に立つことだろう。
「……使えたら、いいなぁ」
その声は、自分でも分かるほど、情けなく、切実な思いが籠ったものだった。
「……ただいまー」
あの後、柊と別れた俺は、どこに寄り道するわけでもなく、真っ直ぐに自宅へ向かった。
扉を閉め、鍵をかける。
パタパタ、と聞こえる足音。どうやら、雫花はすでに帰宅していたようだ。
普通、こういう時に出迎えるのだとしたら、妹ではなく母なのだろうが。あいにくと母は仕事のため、朝は早く、夜は遅い。そのため、休日以外に滅多に顔を合わせることがない。
俺が寝ているような時間に帰宅し、俺が起きる少し前にはもう家を出ている。ほぼ毎日、そんな生活をしているのだ。
「おかえりなさい、兄さん」
「あぁ」
わざわざ玄関まで出迎えてくれた雫花と言葉を交わし、二階の自室へと上がる。
カバンを無造作に置き、制服から着替える。
特にやることもないので、リビングへと降り、ソファーに座る。
雫花は、夕食の準備でもしているのだろうか。台所から、鼻歌が聞こえてくる。
今日はどこにも寄らず真っ直ぐに帰宅したため、いつもより早めだ。なんとも、暇である。
なにか面白い番組でもやっていないか、とテレビの電源を入れるも、どのチャンネルもニュース番組がほとんど。
まあ時間帯的に、仕方ないと言えば仕方ないわけではあるが。
小腹も空いているし、何か食べようか。と、ソファーから腰を上げかけた時。一つのニュースが、テレビで流れた。
「――連続殺傷事件、その犯人が逮捕されました」
……また物騒な話だな。場所はどこだ?
「あっ、この犯人捕まったんですね。よかった」
その声に振り向けば、いつの間にか雫花が、リビングに顔を覗かせていた。
「知ってるのか?」
「え……兄さん、知らないんですか? これ、数日前から仁茅町で起こってた事件ですよ?」
「へぇー……って、この町でか!? ……全然知らなかった」
「兄さん、ニュースとか見ませんもんね。……それでも、有り得ないです」
「……ゴメンなさい」
雫花は、さすがに呆れているようだ。
確かに、自分の住む周辺で起きていた事件を知らないというのは、おかしい。
……ああ、そういえば、ユウやクラスメートがそんな話をしてたような、してないような。ほとんど聞き流していたから、断片的にしか思い出せない。
そうして、テレビの画面に目を戻した、瞬間。俺の目は一気に見開かれた。
テレビでは、キャスターが事故現場の状況や、内容などを詳しく話しているが、そんなものは一切耳に入らない。
じんわりと、服に汗が滲む。
「兄さん?」
雫花も不思議そうに声を上げるが、それも気に留めない。
俺の意識が集中しているのは、ただ一点のみ。
画面下、逮捕された犯人の言葉と思われる内容が、そこに記されていた。
「――逮捕された犯人は、『コインがない、コインがない』と意味不明な供述を繰り返しており――」
……コインがない。
それは、確かに意味不明な発言だ。あくまで、普通の人間であるならば。
しかし、俺はその意味を知っている。
無意識に、ポケットのコインへと手を伸ばす。
命のコイン。破壊されれば、そのプレイヤーに死をもたらすコイン。
つまり犯人は、それを失くしたとして、こんな凶行に走ったのだろう。あるいは、疑心暗鬼になり、自分のコインを持っていそうな人間を狙ったのかもしれない。
食い入るように見つめていたテレビ画面。
――それが唐突に、暗くなった。
「……大丈夫ですか、兄さん?」
その声に雫花を見れば、その手にはリモコン。つまり、雫花がテレビを消したのだろう。
一気に、正気に戻る。
「……ああ、大丈夫……大丈夫」
一度目は雫花に。二度目は、自分に言い聞かせる。
……きっと大丈夫、俺はああならない。
根拠のない自信。でも――。
――そのために俺は、戦っているのだから。
文中にも出ましたが、仁茅町、というのが主人公たちの住む場所の名前です。
次話はゲームから、恐らくこの一章は、残り全てゲームでの話となります。……あくまで、予定ですが。
では、次話もよろしくお願いします。




