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ワンコイン・オンライン  作者: 鷲野高山
1章 未来よりの誘い
21/33

21話 厄介事の予感 <現実>

「……あぢぃ」


 隣にいるユウが、玉のような汗を額に浮かべながら、唸るように声を漏らす。


「……ハト、パス」


 そして、味方から回ってきたサッカーボールを、俺の方へと蹴ってきた。


「……返す」


 もはや、体を動かすことすら億劫。考えることを放棄し、俺は緩慢な動作で、足元に転がってきたボールをダイレクトでユウの元へと戻す。


 もちろん、遊んでいるわけではない。

 俺がいるのは、現実世界、矢桜高校の校庭。4時限目の授業の真っ最中だ。科目は体育で、内容はサッカー。他クラスとの合同授業で、チームは全員同じクラスの生徒で構成されている。よって、ユウと俺は同じチームで、アイツはFW(フォワード)、俺はMF(ミッドフィルダー)……なのだが。

 今、俺達は試合中にも関わらず、二人して並んで突っ立っている。ボールは、ユウの足元。だというのに、相手チームの奴らは、ゆっくりと近づいてくるだけ。


「ほら、頑張れ頑張れー」


 審判をしている体育教師が、手を叩いて皆を鼓舞する。

 しかし、夏に近づきつつある、というよりはほとんどもう夏と言ってもいいほどの気温が続く毎日。

 ただでさえ怠いというのに、運動しなければならないのだから、うんざりしてしまうのは仕方ないことだろう。他の奴だって多分そう思っているはずだ。……うん、きっとそうに違いない。


 じめじめと汗で湿った体操服。ギラギラと照りつける太陽。女子は水泳だというのに、なんだって男子は屋外でサッカーなのか。まったく嫌になってくる。


「ん、あと10分ぐらいか……」


 俺達の側にいた体育教師が、時計を見ながら呟いた。

 この次は、昼食の時間。

 ……終わりか? むしろ、終われ。

 汗を拭いながら、期待を胸に、ホイッスルが鳴らされるのを待つ。

 ――だが。


「よーし、じゃあ、どっちかが一点入れれば終わりにするぞー」

「「「「えぇー」」」」


 その言葉に、グラウンドから一斉に不満の声が上がる。

 声からして、やる気がないのは明白。むしろ、早く決めろと言わんばかりに、ボールをもつユウに対して道を開けるかのように相手がどいていく。

 ――はずだった。


「……ちなみに、一点とられたチームは、片付けプラス校庭3周な」

「「「行けー! 小早川(ユウ)!!」」」「「「守れー!」」」


 体育教師がそう言い放った瞬間、今までのだらだらが嘘だったかのように、グラウンドの生徒達が活発に動きはじめる。


「おおぉぉおおお!」


 中でも、最も速く動いたのは、俺の隣にいたユウ。

 雄叫びを上げながら、ドリブルで相手ゴールへと突っ込んでいく。


「させるかぁっ!」


 ……あ、止められた。しかも、かなり早々とだ。相手も、さすがに負けたくはないらしい。

 

 クリアされたボールが、そのまま相手チームへと渡る。

 一気に攻めあがっていく相手チーム。左サイドを突破され、かなり危険な状態だ。俺も戻るか一瞬迷ったものの、あまり下がらずに、こぼれてきたボールを狙えるスペースに陣取る。

 いかに高校生といえど、所詮は体育の授業。サッカー部を除けば、さほど上手い奴もいないわけで。いうなれば、ボールの蹴り合いのようなものだ。

 やがて、相手のパスミスによってこちらのDFにボールが流れた。そして恐らく適当だろうが、ソイツが前にボールを蹴ってくる。


 運よくそれは、誰にも当たることなく、俺のところへと転がってきた。

 トラップし、前を向く。


 ……さて、どうしようか。

 運動は苦手ではないが、そこまで得意でもない。だが、サッカーならば、小学生の時にすこしだけやっていた経験がある。

 ならば、ここは――。


「頼んだ、ユウ! ……もう一回働けぇっ!」

「テメ、他力本願かハトォ! お前も上がってこいやゴラァ!」


 前線に残っていたユウを走らせるように、パス。攻め込んでいたことにより、相手の守備はそれほど多くない。

 要するに、カウンターだ。大事なのは速さ。味方が上がるのを待っていては、相手の守備も整ってしまう。

 そう思って、前にいたアイツにパスをしたのだが……。


 ……しょうがねぇな。

 暑さを我慢し、相手陣内に入っていく。動きたくはないが、それ以上に、片づけと校庭3周などやりたくない。


 なんだかんだ、ユウは運動ができる。先程は速攻やられたものの、今度はとられることなく、ボールは右サイドへ。さすがに中央突破は無理だったようだ。

 ゴールへと近づく俺に、相手チームのDF(ディフェンス)が一人ついてくる。だがそれを一切気にせず、俺は走った。


 相手は4人、こっちはユウを含め3人。数的不利はあるが、ボールはまだユウがキープしている。

 ゴール前。右サイドのユウが、チラとこちら(ゴール前)を見た。それを確認して、一気にニアへと加速する。

 虚をつかれ、一拍遅れて俺を追いかける相手。


 まさにその瞬間、ボールがゴール前に放り込まれる。

 だが――。


「……ちっ!」


 ふわりとしたボール。それは惜しくも、俺の背を通過していくコース。ゴール前にいるもう一人にも合わず、キーパーの手に一直線のコースだった。

 折角のチャンスも、このままでは、また仕切り直し。下手したら相手に決められるかもしれない。

 そんなの、やってられるか!


 ――しかし今まさに、ボールは俺の背後を通過しようとしている。


 ……ああ、これが向こう(モルス)の身体だったらな。

 それを見てぼんやりとしながら、密にそう思う。


 現実世界とゲーム世界の身体は別物。向こうではできたことも、こちら(現実)ではできない。

 あっちでの身体能力があれば、こうして突っ立っていることもなく、なにかしらできるだろう。

 もしかすると、この状態からゴールさえできるかもしれない。だが、それはあくまでも向こうでの身体の話。俺の妄想にすぎない。――なぜなら、今、ここにいるのは現実での俺なのだから。


 ……しかし。なんだってこんなにゆっくりと感じるのだろうか? 

 仮にも、高校生が蹴ったボール。威力もスピードもそれなりにあり、これほどゆっくり思考する間もなく、通り過ぎていくのが普通だろう。

 なのに、この不思議な感覚。

 ……なんだろう、足でも伸ばせば届きそうな気がする。

 でも、ただ伸ばすだけではダメだ。コースを変えて、ゴールに入るように調節しないと。


 目を閉じ、イメージする。

 左足でしっかりと大地を踏み、体を前に傾ける。右足を後ろに振り上げ、ゴールの右端に向かっていくよう踵でボールを(すく)い上げる。そんな自分の姿を思い浮かべる。その反動で地面に体が倒れ込むところまできっちりと。これできっと、ゴールネットを揺らせるはずだ。


 ……だが、それはあくまでも俺が頭の中で思い描いたイメージにすぎない。頭に思い浮かべるだけなら、誰だってできる。現実ではない、理想の自分。しかし、現実はあっけなく、無情。ボールが通り過ぎ、キーパーにキャッチされて――。


 ピピーッ!!


「……ん?」


 ホイッスルが、鳴った。

 目を開き、状況を確認する。気づけば、俺の体は地面に横たわっていた。

 ……なにやってんだ俺は? 慌てて、立ち上がる。

 キーパーにキャッチされたのなら、ホイッスルは鳴らず、ゲームは続行するはず。ならば、ラインを出たのだろうか。

 しかし、そうでもないようだ。キーパーの生徒は、呆然とこっちを見ていて、ボールはゴールの中に――。


 その光景に、あれ、と首を傾げる。

 ……一体何が起こった? なんでゴールされてんだ? そして、なんで俺は倒れてたんだ?

 次々と疑問が浮かんでくる。しかしそれは、すぐに氷解することとなった。


「すげぇじゃねぇか、ハト!!」


 ユウの声。次いで、バシン、と背中を叩かれる。

 その内容と、若干痛かった背中の感触に俺は眉を顰めた。


「よーし、じゃあ勝ったチームの生徒は教室に戻っていいぞー」


 体育教師の声は、試合が終了したことを告げている。

 ゴールが決まっているのを見るに、勝ったのはこっちのチームなのだろう。……しかし、あの状況でどう決まった?


「やったぜ、浅堂!」「めっちゃ凄かった!」


 教室へ戻るために側を通っていったクラスメートが、俺に向けて声をかけてくる。

 それに曖昧な返事をし、よく分からないが、俺も戻ろうと歩を進めた時。隣を歩いていたユウがぶつぶつと呟き始めた。


「……えーっと、ああいうシュート、なんつったっけなぁ?」

「……シュート?」

「あぁ、ハトが今決めたやつだよ」


 ……俺が、決めた?

 確かに、ゴールのイメージはしたが、それだけだ。あんな動き、現実の俺にできるとは思えない。

 しかし実際には、俺がゴールしたとコイツは言う。ユウだけが言うのであれば、暑さで頭がどうかしたんだろうと、相手にしないが、他のクラスメートも俺に声をかけてくるあたり、事実なのだろう。

 しかし……なんで?


「えー……あ、そうだっ! スコーピオンシュートだ、スコーピオンシュート!」

「スコーピオンシュート?」

「そうそう。倒れながら、ヒール()でちょんってボレーするやつ! いやー、まさか生で見れるとは思ってなかったわ、マジで」


 それを聞いて、俺も思い出した。たしか、前になにかで見たことがある。道理で、明確なイメージができたわけだ。


「ま、お前のおかげで走らされずにすんだわけだな。さっさと着替えて飯……の前に、俺ちょっとトイレ」


 校舎に入り少し歩いたところで、そう言うやいなや、廊下を駆け出すユウ。

 それをぼんやり見送りながらも、ゆっくりと歩く。


 ……ま、いっか。考えても分からないし。


 さっさとクーラーのきいた教室に戻ろう。そう思った時だった。


「あ……」


 前方、廊下の角から現れた、一人の女子生徒の姿が目に映り、俺は思わず声を漏らした。


 漆黒の髪に、雪のような白い肌。まさしくそれは、柊千雪であった。

 プレイヤー、ターナとしては接触していたものの、現実世界へと戻ってきてからは、まだ一度も会話していない。

 しかし、かといって別段重要な会話をすることもない。それになにより、必要以上の接触は避けたほうがよさそうだし、向こうもその気のようだ。

 すれ違う直前、チラとこちらに視線を向けただけであって、柊はそのまま通りすぎていく。

 ……うん、まあそれが正解だろう。


 柊は、校内でかなり人気がある。実際、俺のクラスの中でも、彼女に告白して撃沈した勇者も何人かいるそうだし、告白はせずとも彼女に好意を寄せている男子は結構いる。俺のクラスだけでそうなのだから、他の学年とクラスを合わせると凄い数になりそうだ。

 ……接触するのはゲーム内だけで、充分。


「……へぇ、どうして?」

「面倒事に巻き込まれそうだから……ん?」


 嫌な予感がし、油のきれた機械のように、ギギギッと首だけ振り返る。

 そこには、ハァイと片手を挙げてにこやかに微笑む柊の姿があった。


「おまっ……なんっ……」


 驚きすぎて、舌が上手く回らない。

 慌てて周囲を見てみる。

 噂、というのは想像以上に早く広まるものだ。友達らしい友達もおらず、無口、というか孤高で知られている柊が俺なんかと会話しているのを見られれば、どんな事態になるか。……想像したくもない。

 幸いにも、まだ授業時間は終了していなかったため、この廊下に生徒の姿はない。それに、俺とユウは最後に校庭から戻ってきたため、後ろから歩いてくるクラスメートもいないはずだ。


「口に出してたわよ。……じゃ、またあと(・・)でね」


 しかし、予想に反し、柊はそれだけ言うとすぐに去って行った。

 あっちも、人の目がないのを確認した上で、からかったのだろう。

 ホッと胸を撫で下ろし、柊に背を向ける。しかし、どうにも嫌な予感は拭えなかった。


 ――そしてその疑念は、HR終了後の放課後に的中することとなる。


 担任が教室を去り、静寂から一転、生徒達の会話により喧騒に包まれた教室。


 しかし、ガラッ、と教室の扉の開く音がしたかと思うと、一瞬にして誰もが沈黙した。

 俺は、ユウが話しているのを机にぐでーっと突っ伏(つっぷ)しながら聞き流していたのだが、教室が沈黙に支配されてから数秒後、ようやく異変に気づいて顔を上げた。

 見れば、教室にいる生徒達は皆、顔を同じ方に向けている。

俺の前で、唾が飛んできそうなほどにしゃべりまくっていたユウでさえもだ。

 なんだなんだ、と疑問に思いながら、俺はその先を辿り――そして一気に硬直した。


 なぜならその先では――俺の知る限り、この教室に一度も訪れたことのない、あの柊千雪が、誰かを探しているかのように、中を覗き込んでいたのだから。

スコーピオンシュートについては、よく知らない人は検索してみてください。動画とかありますので。

オーバーヘッドとかでもよかったんですけど、さすがに無理があるかと思い、偶然でできそうなスコーピオンシュートを隼斗にやらせてみました(笑)


前書き、及び活動報告のとおりですが、次話もお願いします。

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