23話 一時帰還 <ゲーム>
この話には、過去の話に出てきました<アルテ>という建物が再び登場しますが、分からない方は、まあギルドのようなものだと思ってください。
気づけば、モルスの光景が、眼前に広がっている。
それは夢でもなく、ましてや妄想でもなく。
いつの間にか、しかし確かに俺は、ここに存在している。
例えるなら、強烈な眠気が自身を襲っている時。眠ろうとは思っていなくたって、気がつけば眠っている。それと同じような感覚。
しかし、慣れというものは恐ろしいもので。前までは、その事実を認識すると同時に一々驚いていたというのに、ここ最近は、ああまたか、とそれが日常の一部として捉えるのが当たり前のように思えてきている。
果たしてそれは、喜ばしいことなのか、落胆すべきことなのか。
それをどう判断すればよいやら。
そんなのは分かるべくもないが、こうして、現実の俺とは違う、もう一人の俺の世界は始まるのだ。
フィールド、暗殺者の遊び場の中継地点。
本来なら、フィールド間の休息地点であるここを訪れたチームやプレイヤーは、さらに先を目指し、再び森の中へと入っていく。
しかしながら、俺達はそうではない。ここから先に進むことなく、赤の村への一時帰還。俺がチーム加入に必要なことをしたり、様々な準備をしたりするようだ。
「ハヤトは、チェックゲートは初めてよね? 使い方は知ってる?」
中継地点のとある場所を目指して歩いている俺達。その最中、ターナが歩を進めながら振り返った。
「ああ」
その問いに、首肯する。
チェックゲートというのは、要するにワープポイントのようなものだ。一度訪れたことのある場所なら、わざわざフィールドに出る必要なく移動できると聞いている。その情報は、<アルテ>で入手したものだから、間違いではないだろう。
ただそれは、どこでも使えるわけではないらしく。チェックゲートは決まった場所に存在し、そこに行かなければ使用できないというのだ。
まず、赤の村、東区画に一つ、チェックゲートがある。だが、一つだけでは意味がない。
現状、赤の村を除き、正規ルートであるならば、この中継地点が、最初に使用するチェックゲートだとされている。
つまり、俺のように初めてここを訪れたプレイヤーは、この中継地点に来てようやく、チェックゲートが利用可能となるのだ。
「行先を思い浮かべればいいんだろ?」
使い方は目的地をイメージすること。そう難しくはなさそうだが、なにぶん、実際にやったことがないので、どうとは言えない。
少々不安があるが、大丈夫だろうとは思う。
過去にチェックゲートに関する事故が起きたという話は聞いたことないし、未だ訪れたことのないチェックゲートが使用不可なのは、その場所を明確に思い浮かべることができないため。
つまり、未知のゲートに出ることはないとみていいはずだ。
「ええ。ただ、明確にイメージしないとできないから、気をつけなさい」
分かっているならよろしい、とでも言うかのように、ターナは頷くと、チェックゲートにむけて歩き出した。
今の時間帯、これからチェックゲートを使おうというプレイヤーはあまりいないらしく、さほど待つ必要なく利用できるそうだ。
俺達の前にいるのは、たった二組のチーム。
やがて、前に並んでいたチーム全員がチェックゲートの中へ姿を消した。次は、俺達の番。
ターナを先頭に、エレーナ、ゼアン、最後尾に俺が続く。
眼前にあるのは、深い青色の波紋。大地と接し、ゆらゆらと揺れているように見えるそれは、大の大人一人が入っても充分な高さと幅を有している。そう、つまりこれが、チェックゲート。
初めての使用に緊張しているのかは自身でも不明だが、思わず喉がゴクリとなる。
ただ、見るのは初めてではない。赤の村で遠巻きにだが、幾度か見たことがある。しかし、近くで見るのはこれが最初。
俺の前三人は、なんでもないかのように、青色の波紋の中へと入っていく。やはり、手慣れているのだろう。
だが、俺はそうはいかない。
――赤の村、赤の村。
記憶の中にある形を、脳裏に浮かべる。
そうしてゲートに足を踏み入れた、瞬間。ボワッとした光が、身体を包んだ。
そのちょっとした眩しさに、目を瞬かせながら歩く。
出口は、思ったよりもすぐだった。
光はやがてぼんやりと薄れ、硬いレンガの感触が、靴から伝わる。
二、三度、目を瞬かせれば。
目に映るのは、森に囲まれた平地ではなく、見慣れた赤の村の光景。
ほぅ、と思わず溜め息を漏らし、今しがた歩いてきた場所を振り返る。
そこにあったのは、赤色の波紋。
そう、このチェックゲートというもの、入口は青色で、出口は赤色で構成されている。ゆえに、この赤色のすぐ向こう側には、青色の波紋が広がっているはずだ。
プレイヤーはこうして、青色から入り、赤色から出てくるため、チェックゲートを出入りする瞬間にプレイヤー同士でぶつかるということはないのだ。
「ハヤト、どうだい? 初めてのチェックゲートは?」
俺のすぐ前にゲートを通ったゼアン。待っていてくれたのか、笑顔で問いかけてくる。
あの夜以来、俺とゼアンはかなり良好な関係を築けている……と思う。さすがに現実での話はしないものの、今までとは違う。ゼアンはよく話しかけてくるし、その逆も然り、だ。
「あー……なんか、変な感じだ」
きょろきょろ、と周囲を見回しながら、俺は答える。森からいきなり街中に出てきたのだから、違和感というかなんというか。感覚としては、現実とゲーム世界を行き来する時のものに、似ているといえば似ている。
「こんなんで一々驚いてたら、この先キリないし、危ないわよ」
「……それもそうだな」
そうして、ゼアンと共に、少し先でこちらを見ていた残りの二人に近寄った途端。開口一番、ターナからの苦言。
……正論である。
素直に納得し、三人についていく。
少々抜けている、と時々言われることがある。それは、薄々と自分でも感づいていた。要は、一点に気をとられすぎなのだ。
実際、モンスターとの戦闘でもやらかしたことがある。もし今が戦闘中だったら、危ないのは俺だ。それだけじゃなく、チームの足を引っ張ることにも繋がりかねない。
「ねね、ハヤト、ハヤト」
考え、というよりも反省をしていた俺に、ひそひそと声をかけるものがあった。
俺のすぐ前を歩いていた、エレーナだ。何やら意味深な笑顔で、ちょいちょいと手招きしている。
耳を、よせる。
「ん? なんだ、エレーナ?」
「ターナはああ言ってるけど、実はターナもね、最初にチェックゲートを使った時は――」
――刹那。
ヒュン、という風切り音と共に、俺とエレーナの間に入ってきたのは――真紅の槍。
「おわっ!?」「ひぇっ!?」
それを認識した瞬間、俺とエレーナは同時に跳び退る。
槍を辿ったその先には――固い笑みを貼りつけ、槍をこちらに突き出しているターナ。そして、そのすぐ近くでは、ゼアンが苦笑を浮かべてこちらを見ている。
「……エレーナ」
「ひゃいっ!?」
「なんか――言った?」
静かな問いかけ。しかし、それだけではおさまらないなにかが、そこにはあった。
ぶんぶん、と首を横に振って、否定するエレーナ。
しばしそれを見ていたターナが、今度は俺に視線を向けてくる。
すぐさま、俺もエレーナ同様に、首を横に振った。ターナは、何も言っていないというのにだ。
……なにやってんだろうな、俺。
そうして、エレーナと二人。借りてきた猫のように静かになり、俺達はターナの後をとぼとぼとついていくのだった。
「じゃ、まずはチームの登録を済ませちゃいましょうか」
俺達が歩みを止めたのは、赤の村、中央区画。中央区画のシンボルである、<アルテ>の前だ。
ただ一緒に行動するだけでは、チームとはいえない。ここ、アルテで登録をして、ようやくチームの一員と認められるのだ。
俺がここを訪れたのは、初めてではない。一緒にチームを組むプレイヤーを探したり、アイテムやフィールドの情報を調べたりなど、度々活用している。
だというのに、僅かばかり、俺は気分が高揚していた。
見慣れているはずのレンガ造りの建物なのに、少々足取りが重く感じる。
理由は、明白。今の俺は、ソロプレイヤーとしてではなく、<ヴァーミリオン>というチームの一員として、この場に足を踏み入れるからだ。
もっとも、より正確に言えば、これからチームの一員となるわけだが、そんなのは大して関係なかった。
アルテの一階は、主にプレイヤーの交流の場。飲食店も併設されており、情報の交換や、気の合う仲間を見つけたりすることができる。
今回の目的は、2階。この階では、チームに関する事柄や、アイテムの売買およびトレード依頼などが行えるのだ。
「はい、こちらチーム編成のカウンターです」
俺達がカウンターの前に来ると、そこに座っていたNPCが、話しかけてきた。その顔に表情という表情はない。俺は、どうにもこのNPCの表情が苦手だった。
「チームのメンバー登録をしたいんですが」
代表して、ターナがNPCと受け答えを始める。
「はい。では、チーム名をお願いします」
「ヴァーミリオン」
「はい。……チーム名、ヴァーミリオン。構成プレイヤーは、ターナ、ゼアン、エレーナの3人ですね」
カウンターのNPCは、手元にあった書類をパラパラとめくると、詳細を確認した。
それに、ターナが頷く。
「では、今回チームに加わるプレイヤーの方はこちらに来てください」
カウンター前からターナがどき、言われた通りに俺がそこに進み出る。
「ウィンドゥの開示をお願いします」
身近で見るNPCは、やはり苦手だった。その、表情のない、まるで喋る人人形を相手にするような感覚が。
さっさと終わらせよう。
指示通りにウィンドゥを表示、他者にも見えるように設定する。その画面を、NPCが確認し、手元の書類に記載する。
「チーム、ヴァーミリオンに加わるプレイヤー。プレイヤーネーム、ハヤト。装備武器、なし。近接戦闘と推定。プレイヤーランク、Ⅰ。クラス――」
ここで、今まで淡々とウィンドゥを復唱していたNPCに変化が現れた。
「不明。 ……不明? クラス不明、ありえない。詳細情報を読み取ります」
「え……」
NPCが、微かに驚いたような表情を見せた。乏しいが、それは確かに表情らしい表情。
しかし、それも束の間。その後は、完全に視線を俺のウィンドゥにロックオンしてくる。
「…………」
無言。NPCが睨んでいるのは俺のウィンドゥであるが、どうにも居心地が悪い。
それに、この世界の存在であるはずのNPCにありえないと言われ、少々複雑だ。しかし、反面、ちょっとした期待もあった。
NPCならば、あるいは。俺のクラスを明かしてくれるのでは、という期待。
――しかし。
「……不明。情報取得には、GMの認証が必要。……それならば、仕方ありません」
「ゲームマスター? ……あの科学者か?」
考えられるのは、あの白衣の人物くらいしかいない。なるほど、確かにアイツなら知っているのも頷けるが……。
あの日、俺達プレイヤーが初めてこの世界に来た時以来、アイツはその姿を見せていない。接触は不可能だ。
「では、上記の情報をもって、プレイヤー、ハヤトをヴァーミリオンに登録します。お疲れ様でした」
NPCが一礼する。そうして、チームの登録はあっさりと終了した。
あまり実感というものはない。だが、自分のウィンドゥには、確かに<所属チーム・ヴァ―ミリオン>の文字があった。
……そうだ、ウィンドゥといえば。あの、ウィンドゥの中にいる少年はどうしているだろうか?
ふと、妖精族のフェリヴィアと名乗った、あの少年のことを思い出す。
いなくなったのか。一瞬そう思ったが、ウィンドゥを操作すれば、すぐにその姿は見つかった。
「……寝てるし」
それはもう、気持ちのいい爆睡っぷりであった。見てるこっちが眠たくなってくるほどに。
「さて、これでもうここに用はないわね」
「ちょっと待って、ターナ。下で情報収集をしていったほうがいいと思う」
「そうだよ! 久しぶりにここのジュース飲みたいし!」
「エレーナ、君ね……」
後ろでは、そんな会話が三人によってなされていた。
「ま、急ぎの用があるわけでもないし、そうしましょうか。ハヤト、行くわよ」
「ああ」
ウィンドゥを閉じ、階段で一階へと下りる。
アルテに他のプレイヤーがいない日はない。いつだってここは、プレイヤー達で賑わっているのだ。
「席、いっぱいだな」
「ま、どっかしら空いてるでしょ」
「奥とかなら空いてるんじゃないかな」
ガヤガヤとした空間を、歩いていく。
と、席を探しながらきょろきょろしていたせいか、誰かとぶつかってしまった。
「あ、すいま……」
「よう、痛ぇじゃねぇか」
慌てて謝罪の言葉を口にした俺だったが、それも途中で止まった。
ぶつかった相手が、知っているプレイヤーだったからだ。もっとも、仲がいいわけではなく、むしろ悪い。
うわ、と内心げんなりしながら相手を見やる。先日教会近くでも絡んできた三人組の男。どうやら面倒くさいことに、その内の一人にぶつかってしまったようだ。
「……んん? よく見たら、欠陥野郎じゃねぇか」
ソイツの声に、後の二人も振り返って俺を見る。
「お前、まだ仲間でも探してんのか? ハハッ、安心しろよ! お前みたいな欠陥とチームになる奴なんていねぇから!」
「むしろ、まだ死んでなかったのかっていうほうが驚きだぜ」
自分で言ったことに馬鹿笑いする三人組。人目も多いこともあって、非常にうるさいそれは、周囲の視線を集めた。
いつもなら、相手にせず足早に去るのだが、いかんせん今回はそうもいかないわけで。
どうしたものか、と思案していた時、救いは現れた。
「ハヤト? 何してるの?」
先を歩いていたターナが、後方の様子に気づいて戻ってきたのだ。
「……いや、それが――」
「んん? なんだぁ、お前? そこの欠陥野郎の知り合いか?」
俺と話しているのに気づいた男達が、今度はその矛先をターナ達へ向けた。
「えぇ、チームよ」
「「「…………」」」
ターナがそう言うと、男達は沈黙した。
しかし、それも一瞬のことで。
心底おかしそうに、ゲラゲラと人目も憚らず、腹を抱えて笑い出した。
「ブッハハッ!! こんな奴をチームに入れるなんざ、アンタ正気かよ!?」
爆笑。その一言に尽きた。
その笑い声はかなり大きいようで、一階はおろか、二階にいるプレイヤーも、何事か、と顔を覗かせてこちらの様子を窺っている。
「ククッ、言ってやるなって。こんな奴をチームに入れるんだ。どうせ、大したことないチームだろうよ!」
「それも、そうだな。おい、そこの女! チーム名を聞いてやるよ!」
ターナは、そんな男達を嫌な顔を隠そうともせずに見ている。そして、たった一言呟いた。
声は、小さい。けれどもどうしてか、その声は妙に響いた。
「……ヴァーミリオン」
瞬間、周囲で様子を窺っていたプレイヤーがざわつく。
「ヴァーミリオンって聞いたことある」「ああ、上位チームの一つだろ?」「何回か、見たことある。本物だよ」「でも、あっちの男達は知らないな」
それを聞いた男達の反応は、滑稽なものだった。
一斉に爆笑は止み、目を見開いており。そしてようやく周囲の視線が集まっていることに気づいたのか。
「くそ、覚えてろよ」などと捨て台詞を放って、慌ただしくアルテを出て行った。
「ふぅ、なんであんなのに絡まれてんのよ?」
「……面目ない」
呆れ顔のターナに、俺は軽く頭を下げた。
騒動が治まった後、視線は、残った当事者である、俺とターナに向けられた。
しかし、それを気にせずにターナは歩き。俺も、肩身の狭い思いをしながら、そのあとを歩く。
ゼアンが確保した席は、ちょうど4人掛けの丸テーブルだった。
「大変だったね、ハヤト」
ここから様子を見ていたのか、先に座っていたゼアンが、口を開く。
「あーいうのは、相手にしないで適当にあしらうのが一番だよ」
同じく、エレーナも意見を述べる。
「ま、いずれにせよ、ただ黙ってるだけじゃ、駄目ね」
俺の対面に座ったターナは、即座に駄目出し。
「……はい」
「と、まあハヤトのことは置いといて」
……さいですか。
「ちょっと、面白い情報があったわ」
「へぇー、なになに?」
ニヤリ、とした含み笑いをするターナ。それに、エレーナが食いつく。
そして俺はというと……嫌な予感しかしなかった。
「それはね、ズバリ……ダンジョンよ」
「「「ダンジョン?」」」
突拍子もない答えに、一斉に疑問の声が上がった。




