9、木陰のポヤポヤ兎
アルテミス王国の偵察部隊をネフィ直伝の抜刀術『闇光の一閃』で一刀両断にし、王都からの「密令」が書かれた書状を力ずくで奪い取った日の翌日。
あたしたち――『神獣の眷属』の四人は、山道を抜けて国境沿いの平原へと続く、のどかな森の街道を歩いていた。
「うにゃーーー! 昨日は大活躍したから、お腹がぺこぺこにゃ! サユキ、早く人間の街に行って甘いお肉を食べたいにゃ!」
黒猫のミャオが、人間の姿(猫耳と二本の尻尾をフリフリさせながら)で私のドレスの袖を引っ張って抗議してくる。
「……(コクコク)」
ガオも無言のまま、激しく同意するように自分の狼尻尾をぶんぶんと左右に振っていた。相変わらず食い気に関しては二人の息がぴったりだ。
「もう、二人とも静かにして。ネフィがせっかく奪ってくれた書状を読んでるんだから」
私は深くフードを被り直しながら、歩きながら古い羊皮紙に目を落とした。
戦う時は神獣としての冷徹なスイッチが入る私だけど、こうして移動している時は、頭の上の狐耳をピコピコ動かしながらツッコミを入れる普通の女子高生に戻っている。
「どうだい、ボス。何か面白いことでも書かれていたかい?」
隣を歩く蛇の少女・ネフィが、縦に割れた蛇の目を細めて覗き込んできた。首元のサファイア色の鱗が、木漏れ日に反射して綺麗にきらめいている。
「うん。この書状によるとね、アルテミス王国は『異世界の遺物』の隠蔽工作を、この周辺のいくつかのアジトに分散して行っているみたい。つまり、消えた馬車の謎を解く手がかりは、この先の交易都市の近くにもあるってこと」
「なら、行く先は決まりにゃ!突撃にゃーー!」
ミャオが鼻息を荒くした、その時だった。
ガオの狼耳がピシッと一方向を向き、彼は無言で私の前に片手を差し出して足を止めた。索敵モードだ。
街道から少し外れた、大きな切り株の木陰。そこから、くんくんと鼻を動かすと、かすかに甘い『にんじん』のような匂いと、不思議なほど清らかな温かい魔力の気配が漂ってきた。
「……ッ(あそこに、美味そうな獲物の匂いがする)」
ガオの青い瞳が、じゅるり、と肉食獣のそれに変わる。
「本当だにゃ! まんまると肥え太った、美味しそうなウサギの匂いにゃ! 今日の朝ご飯ににゃるにゃ!」
ミャオが鋭い爪をシャキーンと剥き出しにして、生唾を飲み込んだ。
「待って二人とも、まだ魔物かどうかもわからな――って、え?」
ガオとミャオが飛びかかるより早く、木陰から『ぽんっ』と軽い煙が弾けた。
そして煙の中から現れたのは、ふんわりとしたパステルピンクのワンピースドレスを着た、あたしたちと同い年――高校一年生くらいの、めちゃくちゃタレ目のぽやぽやとした少女だった。
衣服は人間の女の子そのもの。だけど、その擬態はあたしたちと同じように盛大に不完全だった。
頭の両サイドからは、『白くて長いモフモフの垂れ耳』がマフラーのようにだらんと足元まで垂れ下がっており、お尻には、『丸くて白いポンポンのようなうさぎ尻尾』が、恥ずかしそうにちょこんと残ってしまっている。
そのロップイヤーの少女は、自分の長い耳を器用に前足(手)で抱え込んでペロペロと毛繕いしながら、両手で持った生のにんじんを「もぐもぐ……」とマイペースに齧っていた。
「ふぇ……? あたちのこと、食べるですか……? 食べても、あんまり美味しくないですよぅ……(ぽやぽや)」
緊張感という言葉を母親のお腹の中に忘れてきたかのような、超のんびりとした喋り方。
襲いかかろうとしていたミャオとガオが、そのあまりの脱力感に拍子抜けして、ズコッとその場にズッコケた。
「ちょっとあんた! あたいたちを前にして、なんでそんなに暢気ににんじんを齧ってられるにゃ!?」
ミャオが猫耳を逆立ててツッコミを入れる。
「……(ふんす)」
ガオも木刀を構え直すが、相手が全く戦う気のないうさぎの女の子なので、どうしていいか分からず困惑している。
私は一歩前に出て、彼女と同じ目線になるように少ししゃがみ込んだ。
「あはは、ごめんね。この二人、お腹が空いてて理性が狂ってたみたい。……私はサユキ。あなたは?」
垂れ耳の少女は、にんじんを飲み込むと、長い耳をパタパタと嬉しそうに揺らしながら、お上品にぺこりと一礼した。
「あたちはピョンですぅ。この森で、ぽや〜っと薬草を摘んで暮らしているのです(にこっ)」
「(……ピョン。うさぎだからピョン。うん、知ってた!! この世界の魔物の名前、相変わらず一ミリの捻りもないそのまんまじゃん……!!)」
私は盛大に遠い目をして、激しい頭痛に襲われた。
ミャオ(猫)、ガオ(狼)、ネフィ(蛇)、そしてピョン(うさぎ)。このハチャメチャなネーミングセンスの集団に、元女子高生としての私の常識がガリガリと削られていくのを感じる。
「へぇ、あんたがピョンか。同い年くらいだね」
ネフィが興味深そうにピョンに近づき、その首元のサファイア色の鱗を見せた。
「あたしたちは『神獣の眷属』。この白銀の九尾のボスを筆頭に、人間の国に一泡吹かせにいく旅の
途中さ。あんた、薬草に詳しいなら、あたしたちの仲間にならないかい?」
ネフィのスカウトに、ピョンはぽかんと口を開けて、私の頭の上の白銀の狐耳と、一本の立派な尻尾を見つめた。
「ふぇぇ……九尾の御神子様……! どおりで、とっても綺麗で温かい光の魔力がすると思ったですぅ。……あたち、戦うのは怖くて、すぐお耳を丸めて隠れちゃうですけど……みんなのケガを治すことなら、お役に立てるかもですぅ」
ピョンがそう言って、持っていたにんじんを地面に置いた。彼女が両手をふわっと前に突き出すと、手のひらから、私の放つ攻撃的な光とは明らかに違う、ひだまりのように優しくて温かい純白の魔力が溢れ出した。――『聖光の癒やし(ピュア・ヒール)』。
その光が、昨日騎士たちと戦って少しだけ擦り傷を負っていたガオの腕を包み込む。すると、数秒もしないうちに、ガオの頑固な傷跡がサーッと綺麗に消滅し、完璧な美肌へと元通りになってしまった。
「……ッ(あ、痛みが、完全に消えた……)」
ガオが驚きで狼耳をピコピコと動かし、自分の腕を見つめている。
「すごいにゃ! あたしの闇魔法じゃ、相手をボコボコにすることはできても、治すのは絶対に無理にゃ!」
ミャオもその有能すぎる回復魔法に目を輝かせた。
ネフィがフッと満足そうに微笑む。
「いいね。ボスの【闇光】の魔法は、威力は絶大だけど魔力の消費が激しすぎて、使うたびに命の危険(魔力切れ)が伴う諸刃の剣だ。だけど、この子の燃費の良い純粋な回復魔法があれば、あたしたち前衛は魔力消費を気にせず、思う存分暴れ回れる」
「ふぇぇ、そんなに褒められると、お耳が照れちゃうですぅ……」
ピョンちゃんは長い垂れ耳で自分の顔をごしごしと隠しながら、ぽやぽやと照れていた。可愛い。めちゃくちゃ癒やされる。
「よし、決まりだね! ピョンちゃん、これからよろしくね!」
私が手を差し伸べると、ピョンちゃんは「はいですぅ、ボス!」と、その小さな手で私の手をフカフカと握り返してくれた。
「おー! 新入り、あたしたちのボスのために、ぽやぽやしてないでしっかり働くにゃ!」
ミャオが先輩風を吹かせてピョンちゃんの肩を叩く。
「……(コクコク)」
ガオも、にんじんを一口齧りながら静かに歓迎の意を示した。
こうして、狐、猫、狼、蛇に続き、チームの絶対的なオアシアス(回復役)である垂れ耳うさぎのピョンが仲間に加わった。
最強で、だけど耳と尻尾を隠せないハチャメチャな同級生5人組となった『神獣の眷属』は、ほんわかとしたピョンちゃんの癒やしを背に受けながら、大国の陰謀が待ち受ける交易都市へと向かって、再び力強く歩みを進めるのだった―
こんにちは。とりあえずここまでが始まりの第一歩っていう章でやらせてもらうね!
10話出すまで時間空きます。




