5、深淵の鱗と、四人目の神獣の眷属
※神獣の眷属これでレグリアって読みます。
今回少し短いかもです。
では本編へ!
広場の隅に佇む、苔むした古い石碑。ガオが指さしたその表面には、人間たちの使う文字とは明らかに違う、禍々しくも神聖な古代の紋様が刻まれていた。
「……あたいたちの鼻でも魔力探知でも追えないなんて、本当に胸糞悪いにゃ。人間ども、絶対に何かズルい仕掛けを使ったにゃ!」
黒猫のミャオが、人間の姿(猫耳と二本の尻尾を激しくイライラと揺らしながら)で石碑をペシペシと叩いている。
ガオは無言のまま、石碑の根元に手をかけ、その驚異的な怪力で強引に石碑を横へと押しずらした。
ズゴゴゴゴ……と地響きが鳴り、地下へと続く真っ暗な階段が姿を現す。ひんやりとした、どこかカビ臭い空気が足元から吹き上がってきた。
「……行くよ」
私の声のトーンが、自然と一つ下がる。ドレスのポケットに入った結衣の手帳を上からそっと押さえ、私は迷いなく暗闇へと足を踏み出した。ガオが漆黒の短剣を抜いて無言で先頭に立ち、ミャオが後ろを警戒しながら付いてくる。
階段を下りきった先は、精巧な石壁で囲まれた広大な地下迷宮のようになっていた。明かりは一切ない。しかし、人間の姿になっていても、私の『九尾の黄金の瞳』は、暗闇を見通す夜視の能力を完全に維持していた。
……だが、しばらく歩き回っても、遺跡の通路は静まり返っていた。馬車が通ったような跡も、人間の足跡も一切ない。それどころか、ただの古い蜘蛛の巣と埃が積もっているだけで、何十年も放置されたままのただの廃墟だ。
村人たちが「集落の広場で馬車が煙のように消えた」と言っていたけれど、この地下へ逃げ込んだという仮説すら、完全に打ち砕かれてしまった。
本当に、手がかりが何一つない。
完全に、行き詰まってしまった。
「ここまで来て、手がかり全くなし、か……」
悔しさに唇を噛んだ、その瞬間だった。
私の鋭い耳が、遺跡の十字路の影から、微かな衣擦れの音を捉えた。
「――おい、そこ。あたしの昼寝の邪魔をするな」
不機嫌そうな少女の声。
それと同時に、ガオが一瞬で私の前に躍り出て、短剣を構えて低い唸り声をあげる。ミャオの猫耳もピキッと逆立ち、両手に黒い霧を滾らせた。
「ガオ、下がって」
私はガオの肩にそっと手を置き、前に出た。
私の体から、冷たい【闇】と温かい【光】の魔力が、目に見えるほどのオーラとなって立ち昇る。
戦いの気配を感じた瞬間、私の頭の芯は、恐ろしいほど冷徹に冴え渡っていた。女子高生としての甘さは一瞬で消え去り、神獣としての圧倒的な身体能力が、私の肉体を戦闘体制へと強制移行させる。
壁の陰から、だるそうに頭を掻きながら、一つの人影が歩み出てきた。それは、夜の闇を溶かしたような漆黒の長い髪を持った、私やミャオたちと全く同い年――現代で言えば高校一年生くらいの少女だった。
だが、彼女の首元から腕にかけては、サファイアのように妖しくきらめく『深い青色の鱗』がびっしりと残っており、何よりもその瞳が、人間のものではない『縦に割れた蛇の目』のままだった。
「蛇の、魔物……?」
「我が名はネフィ。この遺跡の奥底で暮らしている、深淵の毒蛇だ。……なんだ、その目は」
ネフィが私を睨みつける。私は無言のまま、彼女との距離を一瞬で詰めた。音も置き去りにするような、九尾の圧倒的な身体能力。地を滑るような一歩で、私はネフィの目の前へと肉薄していた。
「っ……!? 速っ……!」
ネフィが驚愕に目を見開いた瞬間、私は彼女の首筋に向けて、闇の魔力を纏わせた右手をそっと突き出していた。触れてはいない。だが、いつでも彼女の命を刈り取れる、完璧な間合い。
戦闘になった瞬間、私は本気で、容赦なく相手を仕留める動きをする。その冷徹な威圧感に、遺跡の空気が凍りついた。
「あたしたちは、ここへ消えた人間の馬車を探してる。……何か知ってる?」
低く、有無を言わせない声で問いかける。ネフィは私の手のひらから放たれる圧倒的な闇と光のプレッシャーに、冷や汗を流しながらも、観念したように両手を上げた。
「……知るかそんなもの。ここにはずっと、あたし以外誰も入ってきていない。人間どころか、ネズミ一匹通っていない。嘘だと思うなら、あたしの『目』を見て判断しろ」私はネフィの瞳の奥をじっと見つめた。
……嘘はない。彼女は本当にただここで寝ていただけの、純粋なこの世界の魔物だ。
私はゆっくりと、突き出していた手を下ろした。それと同時に、張り詰めていた威圧的な魔力を体内に収める。
「本当に、何もないんだ……」
はぁ、と小さく溜め息をつく。ネフィの言葉で、本当に「手がかりなし」だということが確定してしまった。
人間の国の隠蔽は、想像を絶するほど完璧だったのだ。
「……おい、お前」
ネフィが、自分の首筋を押さえながら私をジッと凝視した。その縦に割れた瞳が、驚きと興奮に大きく見開かれる。
「さっきの身のこなし……それに、体内にあるその規格外の魔力。お前、もしかして……伝説の『九尾』か? そんな化け物が、なんで人間の馬車なんか追ってるんだ?」
「桜雪っていうの。……人間の国へ行って、大切な友達を絶対に助け出すつもり。国を相手にすることになるから、めちゃくちゃ危ないんだけどね」
私の真っ直ぐな瞳を見た瞬間、ネフィは不敵な笑みを浮かべた。同じ高校生くらいの少女らしい、どこか勝気で、だけど気高い笑顔だった。
「面白い。人間どもは最近、調子に乗ってこの森の周辺を荒らしまわっているからな。あたしもあいつらの傲慢な面っ面が気に入らなかったんだ。……手がかりがないなら、あたしも一緒に探してやる。あんたのその圧倒的な力なら、あたしの『深淵の幻術』でサポートし甲斐がある」
ネフィは私の前に来ると、同じ同い年の女の子としての対等な笑みを浮かべながら、すっと手を差し出してきた。
「あたしの爪と毒、そして幻術。あんたの眷属として、旅に同行させて。……よろしくな、ボス」
ネフィの言葉に、私は少しだけ口元を緩め、その手を握り返した。
「ネフィ、ありがとう。よろしくね」
「おー! 新入り、同い年だからってナメにゃいで、あたいたちのボスのためにしっかり働くにゃ!」
「……(コク)」
馬車は完全に消え去り、手がかりはゼロのまま。だけど、私たちは確実に強くなっている。戦闘時には冷徹な神獣の顔を見せる桜雪と、新しく加わった同級生世代の仲間「ネフィ」を迎え、四人になった『レガリア』は、完全な五里霧中の中から、人間の国(世界)を相手取った次の一歩を模索し始めるのだった――。
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