2、木の下の境界線
「……って決意したはいいものの。あー、お腹すいたなぁ」
森を数百メートルも吹き飛ばした私は、四つん這いのまま、トボトボと歩いていた。視界がいつもより低くて、歩くたびに後ろで9本の尻尾がふさふさと重たそうに揺れる。さっき私の怒りに反応して飛び出した、黒い炎と白い雷。あの力が一体何だったのか、教えてくれる人は誰もいない。
「まぁ、自分の体だし、使ってるうちに慣れるよね。それより今はご飯!」
くんくん、と狐の鼻を動かしてみる。すると、人間だった頃とは比べ物にならないほど、周囲の「匂い」が鮮明な情報として頭に飛び込んできた。草の匂い、湿った土の匂い、迅速に。
「……あっちから、めちゃくちゃ甘くて美味しそうな匂いがする!」
私は4本の足をフル回転させて走った。辿り着いたのは、一本の巨大な果樹。そこには、リンゴをさらにピカピカにしたような、真っ赤な果実が鈴なりに実っている。
「やったぁ! 美味しそう!」
勢いよく飛びつこうとした、その時。
「ちょっと、そこ。あたいたちの領地なんだけど……」
上空から、鋭い声が降ってきた。驚いて見上げると、大きな木の枝の上に、二つの影が佇んでいた。一匹は、闇のように深い毛並みを持った『黒猫』。そしてその横には、銀色の鋭い眼光を放つ、大きな『黒狼』。どちらもこの森の野生の魔物のはずなのに、なぜか人間の言葉を喋っている。
「(えーと‥‥‥誰‥‥‥?)」
私が慌ててお辞儀をすると、後ろの9本の尻尾がふさふさと揺れた。それを見た瞬間、黒猫の目がこれ以上ないほど丸くなる。
「――って! ちょっと待ってガオ、この子の魔力量、どうなってんの、これ……っ!?」
黒猫が木の枝からずり落ちそうになりながら悲鳴をあげた。隣の黒狼も、静かに目を限界まで見開いて固まっている。
「……ッ(ゴクリ)」
彼らの目には、私の体から、冷たい【闇】のオーラと、神聖な【光】のオーラが、湯気のように混ざり合って立ち昇っているのが見えているようだった。ただそこにいるだけで、森の空気がビリビリと震えるほどの規格外の気配。
「ひぃっ、あたい、別に怒ってないからね!? リンゴ、全部食べていいからね!?」
黒猫はさっきの強気な態度から一転、ガタガタと震えながら木から飛び降りてきた。黒狼もそれに続く。
「あ、ううん、そんなに怖がらせるつもりは……。私は桜雪。えっと、ちょっとわけあって、こんな姿になっちゃって」
私が気まずそうに狐の耳をぴこぴこと動かすと、黒猫は胸を撫で下ろしながら、少し調子を取り戻したように自分の胸を張った。
「な、なんだ、話せる子なんだ。びっくりしたぁ……。あたいの名前はミャオで、闇魔法が得意なんだよ」
「(……ミャオ。猫だからミャオ。そのまんま……)」
私が心の中で盛大にツッコミを入れていると、ミャオは自分の横にいる無口な黒狼を前足でパシパシと叩いた。
「で、こっちの無口なのがガオ」「……(コクッ)」
ガオは声を出さず、ただ静かに、だけど力強く私に会釈をしてきた。
「(……ガオ。狼だからガオ。こっちもそのまんまだ……)」
名前のネーミングセンスのストレートさに、私は狐の顔のまま遠い目をしてしまった。でも、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、一人ぼっちでこの世界に放り出された私にとって、人間の言葉で会話ができる二人の存在は、砂漠のオアシスのように救いだった。
「ミャオに、ガオね。二人とも、よろしくね!」
私が笑いかけると、ミャオは嬉しそうに尻尾を振り、ガオは相変わらず無口なまま、どこか安心したように小さく目を細めた。これが、伝説の九尾の狐(中身は女子高生)と、この森のちょっとおバカで愛らしい魔物たちとの、記念すべき出会いの瞬間だった。
「ねぇ桜雪、あいたちと 一緒に美味しいもの探しの旅に行こう!」
ミャオの提案に、ガオも静かに「(フンス!)」と鼻を鳴らして賛成してくる。
「ありがとう!私友達を探すために人間の街に行きたいんだ!」
こうして結成された、獣3人組。しかし、ここから人間の街へ行くためには、この世界独自の「魔物のルール」と「擬態(人型化)」の壁が立ちはだかることを、私はまだ知らなかった――。
こんにちは! なんかもしかしたら文章量少ないですか?次話ちょっと長めに作ってみます。




