7 あたしは、正しくて善良な化け物と対決する
保安官事務所の取調室。
そっけない部屋なのに、その人の周りは空気が違った。
「また助けられてしまいましたわ」
赤の他人に限りなく近い異母姉は、以前とほとんど変わらなかった。
いや。
顔形は変わった。
洗練されて、いかにも嫋やかな侯爵夫人だ。
だけど、雰囲気が。
別れた時と同じで、ぞっとする気持ち悪さ。
いや、あの時以上。
あの時は、どこか自信がなさそうな……いや、心細そうなところがあったけど。
今は、自信に満ちていて、その分、更に怖い。
気を取り直して、
「助けたというよりは……旦那さんの死の原因の一旦はあたしにあるから……」
異母姉は、ほほえんだ。
「ああ、それは貴女が気に病む事ではありませんわ。だって、夫は妙にあなたに敵意をもっていましたから。貴女の無罪は裁判で証明されたというのに」
「裁判?」
「ええ。夫は、貴女のご両親と貴女に対して裁判を起こしたの。平民が貴族の家を乗っ取ろうとしたかどで。ご両親は有罪になり処刑されましたが……貴女は無罪でした」
処刑。
その言葉に、ちくり、と胸が痛む。
ろくでもない両親だったけど、でも、ごく普通に欲の皮が突っ張っただけの両親だった。
でも、
「あたしが無罪? 連座かと思ったんだけど」
「貴女がわたくしに何もしなかったことは、わたくしが一番よく知っておりますもの。それを法廷で証言しただけですわ」
「は、はぁ……それは、アリガトウゴザイマス……」
異母姉は、少し悲し気に、
「ですが、夫はそれが不服だったようで。わたくしが貴女には何もされていないと証言したのは、余程ひどい虐待をされていて、心に傷を負わされたから心を守るために忘れたのだろうと、すっかり信じ込んでしまって」
「……」
この人、否定したんだろう。
だけど、はっきりとは否定しなかったんだろう。
あたしや両親を甘やかしたのと同じように。
「夫はわたくしのために怒ってくれているのですもの。否定して悲しませたくありませんでしたの。そうしたら、貴女を裁判にかけるために連れ帰るという書置きを残して出奔してしまいましたの」
「気づかなかったんですか? 船の手配をしたり、部下を集めたりしてたでしょうに」
「船の手配はわたくしがしました。それが夫の望みでしたから」
したんかい!
「でも、まさか、いきなり夜道で襲うなんて……いくら野蛮な地に降り立ったからといって、侯爵のとっていい行動とは言えません。貴女の方が助かってよかったです」
「は、はぁ……」
なにそれ。
旦那さんが殺されたことに関する哀しみとか、うらみとかないんかよ!
逆恨みくらいするでしょう普通!
あんたは、あの旦那さんをどう思っていたの?
怖いんですけど!
あんたにとっては、あのバカ両親から、死んだ旦那へ奉仕する相手が変わっただけだったとか?
「貴女はやさしい子ですね。警察にかけあって、帰りの船まで用意してくれるなんて」
「いえ、それは、あん……いや、あなたが、保安官にワイロ渡した犯罪者だから、強制送還されるってだけ」
他にどう答えろと!?
あたたかい微笑みとか浮かべて話す相手に、さっさと帰ってほしいだけ! とか滅茶苦茶言いにくい!
異母姉は、ふんわりと笑うと、
「さぁ、一緒に帰りましょう」
ごく当然のように言った。
「え?」
子供を連れて散歩していた母親が、夕方になったから家へ帰りましょうと子供に告げるみたいに。
「ふふ。貴女の考えくらい判りますわ。貴女だって帰りたいのですよね。わたくしたちは、たったふたりの家族になってしまいましたもの」
「……」
この人、何を言ってるの?
あたしたち家族だったことないでしょうが。
それとももしかして。
このひとにとっては、会ったことのないこの人の母親も、あのバカ両親も、あたしも、死んだ旦那も、全く同じ重さの家族だったの?
「安心して帰って来なさい。すでに良縁も複数用意してありますよ。どの方も身元がしっかりした高貴な生まれの方ばかりです」
なにこの人。
あたし、あんたの旦那が死んだ原因の一部だよ?
その縁談を用意するとか、正気?
「……あたしこっちで生活してるんで、帰る気は――」
「わかっていますわ。こんな野蛮な国で暮らすのは本意ではないでしょう。馬も使わずに走る乗り物などという得体のしれないものがある国……まともではありませんもの」
「あれは、単なる機械です。事故る確率なんて馬車と大して変わらないよ」
「国を正しく導く高貴な存在がいないから、あのようなおぞましいものが横行するのです。王室も王宮も貴族もいない国……ここは正しき国ではありません」
異母姉は眉をひそめ、そして再び慈しみに満ちたまなざしであたしを見た。
「ここでは〇〇家の人間として、ふさわしい生活などできませんわ。貴女が送るべき当然の生活が」
こわい。
勝手なことを言っている。そしてこっちのいう事は聞かない。
なにより怖いのは、向こうに全く悪意がないこと。
「あたしには、あたしの生活があるんで、お断りします」
「遠慮しているんですのね」
「ちがいます」
あーもう言葉が通じない相手との会話はいやだ。
「貴女は、わたくしと家族になりたいのだとわかっていますわ。だって、貴女だけはわたくしに害意をもっていませんでしたもの」
その目には純粋な確信があった。
確かに。
あたしはこの人に、悪意をもっていなかった。
だけどそれは。
怖かったからだ。
「あ、あんたがそんなこと……思ってたはずがない」
異母姉は小首をかしげた。
「どうもわたくしは、色々と言葉足らずなようで、当時の貴方に誤解を与えていたのかもしれません。どうしてそんな哀しい勘違いを貴女にさせてしまったのでしょう?」
「……あたしを無視し続けたのはあんたでしょう」
「無視ですか? いいえ、わたくし、そんなことはしていませんよ」
「あたしが手伝おうとすると、ぜんぶ、あとから直したじゃない。そりゃ、粗が見えまくりだったろうけど。そういうこと続くと、やる気なくなるんだよね」
あんたと家族になろうとか、仲良くとはいかなくても、せめて家族にとか。
あたしだってちょっとはそんな夢をみちゃったりしたのさ。
若かったし。
でも。
濯物を干すのを手伝おうとすれば、確かにやらせてはくれる。
だけど、あたしが立ち去って振り返ると、全部きれいに直している。
配膳とかだって手伝おうとした。
だけど、先回りして全部やられてしまう。
なんでもそう。
いつだったか、天気のいい日。
侍女の恰好をして窓を拭いてたから、手伝わせてっていったら。
この人は、やわらかく笑って、
『貴女はそんなことしなくていいのですよ。わたくしが正しいやり方は知ってますから』
あれで、あたしの思いは擦り切れた。
「? あたりまえのことをしただけですわ。せっかくあらわれてくれた妹ですもの。わたくしが正しく助けるのは当然のことですわ」
当然。
あのバカ親をあまやかすのも当然。
「……あたしさ、あれで、ああこのひとはひとりでいいんだと思って、やめた。何をする気もなくなった。確かに楽だったしね。でも」
少しためらった。
それはあたしの醜い利己心でもあり……この人を否定する言葉でもあったから。
それでも、きっと言わないと伝わらない。
「……あんたは、便利できもちわるい同居人になってた」
あの死んだ旦那に奉仕するのも当然。
だから今は、家に奉仕している。
いやちがう。
この人には家の中身はどうでもいいんだ。
そして、その中身の中で残っているのは、あたしだけ。
「きもちわるい? 何か不快な匂いでもさせていたでしょうか? あの頃のわたくしはいつも働きづめでみすぼらしかったですから。ですが、今は侯爵夫人となったので、いつも身だしなみは整えておりますわ。もう貴女を不快にさせることはありませんよ」
だめだ。
そういうことじゃない。そういうことじゃないの。
もっとはっきり言わないと。
「……あんた、なんでもできるのに、なんでバカ親どもにいじめられてるかさっぱりわかんなかったから。判らないってこわいの! きもちわるいの! いつ牙をむいてくるか、それだけが怖くて、不気味で、気持ち悪かった。だから逃げたの!」
異母姉は、そっと悲しそうに眼を伏せた。
「ごめんなさいね。そんな誤解をさせていたなんて……わたくしが至りませんでしたのね……」
誤解。
あのきもちわるさを誤解で片付けるんだ。
しかも、なんかそんな顔させると、こっちが悪いみたいじゃん!
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
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この作品は『 お姉様が大嫌いだから、評判の悪い侯爵様のところへ嫁に出してやりました。』という作品の続編という位置づけなので、もし、もう少しこの異母姉妹のことを知りたいと思っていただければ、この作品もあわせてお読みください。




