【3】悪魔の恋の脚本は、ショック療法らしい。〜天使はふかふかの布団で祈る〜
長者と花露姫の住む、豪奢な屋敷の離れ。
渡り廊下で屋敷に繋がるその建物は、外観こそ古風だが――
中身は、完全にイレイナの趣味だった。
その中では――
イレイナが、真紅の革張りの一人掛けソファに座り、
シャンパンを飲んでいた。
天井から吊り下がる、眩いシャンデリア。
ロココ調に統一された室内。
そう、イレイナが魔術で作り上げた『空間』である。
ロクシーは、
イレイナが用意してくれた、お気に入りのアメリカのカフェチェーンのカフェオレを、
ずずーっと飲みながら言った。
「アンジュちゃん、大丈夫かな?」
イレイナが、ホホホと自信たっぷりに笑う。
「大丈夫よ!
私が、アンジュに“身体を保つ”最高のまじないを掛けておいたんだから!
これでアンジュは、この日本の昔話の世界でも、身体は汚れないし、怪我もしない!
アンジュには、あの美貌を保って、ハリウッドに帰り、
私の広告代理店のミューズになるのよ〜!」
ロクシーが、ふうっと息を吐く。
「まあ、身体は安心だよ?
でもさあ……あのルチアーノの脚本、やり過ぎじゃない!?
アンジュちゃんの心が折れない?
こんな異世界に転生させられてるだけでも驚いてるだろうし……。
顔面蒼白で固まってたよ!?
侍女の人達に引きずられて退場してたじゃん!」
「見解の相違ね」
バッサリと言い放ち、
イレイナは、シャンパンフルートを傾け、一口飲む。
「確かに、ルチアーノの、ルシアンの初恋作戦とやらは、馬鹿馬鹿しいわよ?
第一、大天使が恋に落ちる訳ないじゃない。
――ったく、あのボンクラ!」
そして、イレイナが、コホンと咳払いして続ける。
「でも、あんたに、
ルシアンが転生した匠・清弥の後ろで、
チラチラと懐剣を見せたのは、大成功!
これでアンジュは、
“異世界転生したんだ”という事実を受け入れるわ。
嫌でもね。
ショック療法よ」
「……まあ、確かに。
突然、日本の昔話的な世界に来ちゃったアンジュちゃんは、
混乱よりも、事実を受け入れるよね。
でもな〜……」
イレイナが、ギロッとロクシーを見る。
「でも、何よ?」
「イレイナは、女の子の気持ちを分かってない!
アンジュちゃんは、全米NO.1ランジェリーモデルだけど、まだ22歳で、
中身も、とっても良い子なんだよ!?
あんな意味もなく、ルシアンの後ろで懐剣をちらつかせる私を見て、
『ここは、どこ?私は誰?』から、
『あ!私がここに居るのは現実!まずは生き抜こう!』
なんて、思えないよ!
ショック療法じゃなくて、
普通にショックを受けて、立ち直れなくなるかもよ!?」
「でもね!
あの鬱陶しいルチアーノも追っ払えて、
アンジュに現実を認識させるには、あれがベストでしょ!?」
「……イレイナ……長生きしすぎじゃない?」
ロクシーの、ボソッとした呟きに、
イレイナが、眉を釣り上げた。
「……何ですって!?
じゃあ、反論してみなさいよ!」
………幸せって、なんだっけ???
アンジュは、三重に積まれた、ふかふかの布団の中で思った。
あれから、数時間が経過しているのは分かる。
何故なら、外は真っ暗だからだ。
だが、あの場面が、
繰り返し、アンジュの脳内に再生される。
――ロクシーが、ルシアンの後ろで、
見せつけるように、懐剣を振っている姿……!
……何の儀式だ、これは!?
――分からん……!!
何度考えても、分からん!!
そして、ロクシーは――
最後まで、無言だった……。
そして、座っているルシアンを置き去りにして、
スタスタと、立ち去った。
――分からん……!!
本当に、何度考えても分からん!!
第一、ロクシーという人間は、
あんな意味不明なことはしない!
いつも、やさしくて、合理的で、正しい!
アンジュは、ふかふかの枕に沈み込む。
――あーもう……幸せを思い出したい!
神に仕える幸せ!
次の瞬間、
アンジュが、ガハッと布団から起き上がる。
たわわな身体を揺らし、
アンジュは、涙を零した。
「この試練こそが、
この私、選ばれし大天使ガブリエルに下された使命なのですね……!!
神よ!
ご安心を!
私は、この異世界からでも、聖人誕生を見届けます……!!」
一方、その頃。
邸内の隅の小屋では、
ルチアーノが、最高級の赤ワインを口にしながら、
小屋の中を見回していた。
「見た目は掘っ立て小屋だが、なかなか良く出来てるな!
高窓は二重造りに仕掛けられてるし、
戸口にも特別な細工を施して、仕事場を覗くことが出来ない!
これを自力でやるとは……
“清弥”という人間は、本物の天才だったらしい……!
素晴らしいな!」
そう言うと、ルチアーノは、肩を竦めた。
「だがな〜!
こんな一面に雑草が生え繁り、蛇や蜘蛛の棲み家に、何で小屋を建てるんだ!?
もっと良い場所があるだろ!?
俺様なら、絶対嫌だ!
ルシアン!
お前、恩寵を使って、もうちょっとマシな場所に建て替えろよ!
イレイナは、もうやってるぜ?
人間には見えない空間で、豪勢に、な!
俺様もな☆
ワインセラーも揃ってるぞ♪」
ルシアンが、静かに答える。
「この“清弥”は、
人々が恐れて近付けぬ場所であるからこそ、ここを選んだのだ。
ならば私は、ここで“清弥”としての神の儀式を行うまで」
ルチアーノが、即座に言い返す。
「この小屋に通う俺様が嫌なの!!
不潔な場所は、リリカルな俺様には合わないのっ!」
「ルチアーノ?
何が言いたい?
ならば通わずとも……」
ルシアンが、そこまで言いかけた時、
ルチアーノが、ガッシリとルシアンの肩を掴んだ。
「ルシアン!
お前と俺様は、ズッ友❤️
だから、今度こそ、お前の初恋を成就させてやる!
しかも、ここは異世界……!
最高にロマンチックだろ……?
しかも、今回の俺様の脚本で、アンジュちゃんは、きっと今頃……
『ルシアンって、あんなことをされても動じないの?素敵!』
『異世界転生しても、堂々と匠として生きる覚悟をしてるのね……!素敵……!』
って、ウットリして、
お前の似顔絵でも書いて、枕の下に置いてるだろうなーーー!!
もう、俺様のリリカルな感性が辛い〜!」
「つまり、アンジュ様は、ご満足されていると?」
至極冷静なルシアンの問いかけに、
鼻息荒く答えるルチアーノ。
「そうだよ!
しかも……お前に覚えさせた、あのセリフと、
ロクシーに指示した、あの行動!
あれは、この日本の昔話の世界で、
あの時、あの場所に、一番相応しいシーンなんだ……!!
アンジュちゃんに、さぞ響いてるだろうな……リリカル♪
日本の昔話の世界に入り込むには、
この俺様の頭脳とセンスと感性が必要ってことだ!
ほら!
第2弾の脚本だ!頭に刻めーーー!!」
ルチアーノが、
和紙に毛筆で書かれた紙の束を、ルシアンに突き付けた。
そして、翌朝――。
長者の奥の庭で、
ルシアンは、ムシロの上に、斧を片手に座っていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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