【4】日本昔話で処刑未満。〜棒読み天才匠の赤面と滝汗のせいで、天使は大混乱しています〜
その前には、
後ろ手に縛られ、直に土の上に座らされたロクシーがいる。
やがて、ルチアーノが、
「揃いました!」と、室内に向かって大声で叫ぶ。
簾の向こうに、気配が走り、
着席した長者の声が響いた。
「富松はおるか」
「これにおります」
「清弥に、沙汰を申し伝えよ」
「かしこまりました」
ルチアーノは、ルシアンに向かって、次のように申し渡した。
「当家の織り女が、招いた匠に無礼を働いたこと。
匠一同にも、清弥の生国一同にも、申し訳が立たない。
よって、ロクシーを死罪に処するが、
清弥が、仇をうけた当人であるので、
清弥の斧で、首を打たせる。
清弥よ、打て」
アンジュの脳内で、悲鳴が上がる。
――首を打て!?
待って!待って!待って!
そんな!?そんなに重罪……!?
ロクシーは、懐剣をチラチラさせていただけだぞ……!?
……ハッ!
日本昔話にも、銃刀法違反とかがあるのか……!?
すると、ルシアンが、静かに答えた。
「御親切は痛み入りますが、それには及びますまい」
「打てぬか」
長者の言葉に、
ルシアンは、すっくと立った。
斧を取り、素早く進み、
ロクシーの直前で、一睨みする。
そのまま、彼女の背後へと回り込み、
斧を当てて、縄をブツブツと切った。
そして、元の座へ、さっさと戻る。
ルチアーノが、笑って言った。
「生きたロクシーが欲しいか」
ルシアンが、口を開く。
「たわけたことを。
織り女など、匠にしたら、虫けら同然。
虫ケラの無礼など、匠の私には、てんで関係ないし、欲しくもない」
棒読みで答えながら、
ルシアンは、ハッとした。
昨日、ルチアーノに渡された脚本は、
手をかざすだけで、記憶した。
だが、長者の前では、
“清弥”として、完璧に振る舞うことこそが、
神の新たなる儀式に相応しいのでは……?
脚本通りだが、ここは……!
ルシアンの顔が、真っ赤に染まり、
汗が、滝のように、溢れ出す。
そう、“清弥”の心の弱点。
――普段は冷静沈着な天才匠だが、
一度、狼狽えると、それを恥じて気に病み、
顔は、熱く燃え、
汗は、滝の如くに湧き流れる――
という弱点を、失念していた。
ゆえに、ルシアンは、
それを、忠実に再現した。
睨む芝居をするはずのロクシーは、
下を向き、笑いを堪えているせいで、
肩が、小刻みに震えている。
ルシアンは、燃えるように赤面し、
ナイアガラの滝のように汗を流しながら、
心の中で、神に懺悔を捧げた。
――神よ……!
あなたの、未熟なしもべを、お許し下さい……!!
私は、大天使として、してはならぬ過ちを犯しました!
“清弥”を理解したという、私の傲慢さは、破綻しています!
今こそ、“清弥”になりきり、聖なる儀式に挑みます……!
その時、アンジュの声が聞こえた。
「御簾を上げよ!」
凛とした声が響き、
するすると、御簾が上がっていく。
真っ白なコートを翻し、
真っ赤なランジェリーを身にまとい、
クリスタルのピンヒールで立つその姿は、
朝日を浴びて、神々しい美しさを放っていた――が。
アンジュは、奥の庭を目にした瞬間、思わず叫んだ。
「……何をしておる!?」
アンジュは、一瞬、現実を疑った。
いや、いやいやいや……これは夢か?違う、悪夢だ。
粗末な服を着て、地面に座るロクシー。
彼女は、下を向き、肩を震わせて、笑っている。
そして、斧を片手にしたルシアンは、
燃えるように赤面し、
全身から、滝のような汗を噴き出していた。
ルシアン……!!
お前は、だから、何がしたいの!?
なぜ、“清弥ロールプレイ”を極めようとしている!?
大天使として、行動しろ!!
この日本昔話的ワールドに合わせようとしているロクシーを、
笑わせて、どうするのだ!?
アンジュが、心の中で絶叫していると、
ルチアーノが、妙にしおらしい声で告げた。
「花露姫さま。ご覧下さい。
清弥は、懐剣の刃を突きつけられて、なお、
ロクシーの首を打たず、助けたのです……!」
だーかーらー!!
まず、聞かせて!?
清弥ルシアンの後ろで、ロクシーは、懐剣の刃をチラチラさせただけ!
突きつけてないでしょ!?
しかも、ロクシーの首を打つ!?
ルシアンの持つ、あの斧でか!?
じゃあ、なぜ、ルシアンは、異常なほど赤面し、
馬鹿みたいに、汗を流しておるのだ!?
そこは、「静かに佇む」で良いだろう!?
ルシアン!
お前は、いつもの無表情で、いいんだよ!!
――ここは、私が正さねばならぬ。
大天使ガブリエルとして……!
アンジュは、
疑問に満ちた心を、微塵も見せぬ、威厳に満ちた声で、言い放った。
「清弥よ。私の問いに答えよ。
お前、ロクシーに無礼を受けても、虫ケラだから気にしていないと?
それは、本心であるか?」
ルシアンが、さっと跪く。
「はい。アン……花露姫さま。本心でございます」
「後で、嘘だと言っても駄目だ。
私に誓って、そう言えるのか?」
ルシアンは、真剣な眼差しで答えた。
「そんなことは、言いやしません。
虫ケラだと、思っているから、真っ平ごめんです」
――ハイ、出た!棒読み!!
なぜ!?
さっきまで、大天使ガブリエルと、大天使ルシアンの会話が、
成立していたのに……!!
頭を抱えそうになったアンジュは、
ぐっと堪えて、新たに命じた。
「ロクシーよ。
ならば、清弥の目の前に、懐剣を突きつけてみよ。
虫ケラにされることなど、無礼とも思わないらしいから、
存分に、見せびらかしてやるといい」
……良し、決まった!
これで、ロクシーの本心が分かる!
ルシアンは、後回しだッ!!
「……ハイ。でも、道具がありませんけど……」
ロクシーは、笑いを堪えながら答えた。
ルチアーノが、ささっと前へ出る。
「虫ケラの刃を貸そう。
花露姫さまの、亡くなったお母様の形見の品のひとつ――懐剣だ。
だが、清弥に見せびらかした後で、お前にやろう」
ルチアーノ……!!
なぜ、お前が手を貸す!?
ここは、ロクシーが、
「……ハイ。でも、道具がありませんけど……」からの!
「懐剣の刃を突き付けたり、見せびらかしたりしたくないです」――
「では、なぜ昨日は見せびらかした?」と、
私が理由を聞く流れだったのにッ……!!
ロクシーは、笑いを引っ込め、
「では……」と、ルチアーノから、懐剣を受け取った。
ルシアンは、尊敬に満ちた眼差しで、アンジュを見つめている。
ただし、再び、燃えるように赤面し、
ナイアガラの滝のように、汗を流しながら。
………えーと。
でもまあ、ルシアンは、清弥として、ロクシーを助けたのだよな?
つまり、ロクシーが、清弥ルシアンに、
これ以上、何かする必要は――無い。
……って、ロクシー!!
何、その手の動き!?
曲芸師!?マジシャン……!?
……早すぎる……!!
刃の動きが、見えない……!!
NINJA設定もあるのか……!?
そして、ロクシーの懐剣の刃が、
ルシアンの顔ギリギリを、猛スピードで飛んで行く。
アンジュは、パタンと倒れた。
そして、なぜか、ルチアーノも倒れた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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