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 舞踏会当日――セリーヌは、ベルヴェルデの屋敷の母の部屋のドレッサーを借りて、ピトの手によって身支度を整えられていく。


 黒地のドレスは夜を思わせる深く神秘的な色合いで、白い肌を映えさせる。

 胸元から裾に掛けて小さな宝石が散りばめられ、それが夜空に瞬く星々のように美しく輝く。胸元には透ける布が重なり、素肌を優しく包みながらも上品な印象を添えていた。


 髪形は、ピトと相談し、横に流し一纏めにすることに決めた。

 

 ドレスと共に送られた髪飾りは、銀細工に細やかな宝石が散りばめられた繊細なデザイン。まるで月の光を受けて輝く霜の結晶のように、静かな美しさを放っていて、セリーヌのプラチナブロンドの髪によく馴染んだ。


 メイクは、上品ながらも華やかさを引き立てるように施された。

 鏡に映る自分を見て、思わず感嘆の溜息を零す。


 王城の舞踏会にふさわしい気品が、そこにあった。

 セリーヌの瞳の色と同じアメジストの宝石が、耳元と首元を彩る。

 ピトも、誇らしげに微笑んで、鏡越しに告げた。


(つがい)様、とてもお美しいです!  まるで夜空の――いえ、月の女神様のようです」


 兄や夜会で出会った男性達とは違う――ピトの純粋な言葉に、気持ちが明るくなる。そこに、丁度ロガンの訪れが告げられ、驚きに肩が跳ねた。


 可笑しなところはないはずなのに、なぜか落ち着かず、ドレスの裾や胸元を探った。すると、ノックの音と共にピトが扉を開き、正装を身に纏うロガンが姿を現した。


 ロガンは、セリーヌと対になる黒地にラベンダーの差し色のクラバットを身に着けていた。

 

 黒髪は一筋の乱れもなくオールバックにまとめられ、露わになった端正な額と鋭い瞳が、その存在感を一層際立たせる。

 深い闇のような衣装に、わずかに輝くラベンダーの刺繍が彩りを添え、威厳の中に上品な華やかさを感じさせた。


 セリーヌは、その美しさに視線を奪われ、呆然と見つめた。

 心臓が跳ねる。ロガンの姿に視線を奪われるのは、二度目だ。

 けれど、婚約式の時はロガンのマントを頭から被っていたせいで、その立ち姿を見たのは一瞬だった。こんな素敵な人の隣に立つなんて――と、無意識に体に力が入る。

 

 ロガンもまた、じっと彼女を見つめたまま動かない。

 けれど、ピトがロガンに視線を向けた瞬間、普段の冷静さが嘘のように彼の喉がわずかに上下し、戸惑うような気配を見せた。


「……その、なんだ。よく、似合っている……」


 与えられた賛辞に「……ありがとう、ございます……」と礼を告げようとしたら、ロガンは「……違う! そうじゃない!」と大きく頭を振りかぶった。

 驚いて顔を上げると、ロガンは手の甲で自身の顔を覆い隠しながら言い淀む。


「……違うんだ。本当は……き、綺麗だとか、そう言うことが言いたかったんだ。でも……こんな武骨な男に言われて、気持ち悪くはないか?」


 ロガンの顔が、耳まで真っ赤に染まる。

 低く、かすれた声。絞り出したような不器用な言葉。

 それがまっすぐに胸を打ち、セリーヌは息を詰まらせる。

 


「気持ち悪くなんて、そんなことは……! その……とても、嬉しいですわ」

 

 真っ直ぐ見ていられず、思わず顔を伏せたが、セリーヌも首を横に振る。

 ロガンの熱が移ったように、セリーヌの頬も熱を上げていく。自分の声が震えていないか不安になりながら、そっとスカートの裾を握りしめた。


 ロガンは「そうか……」と一言告げ、少しだけ息をつき、黙り込んでしまう。


 そのまま膠着してしまいそうな二人を見かね、ピトが「さあさあ、参りますよ~」と明るく背中を押した。


 部屋の外にはディランもいて、開口一番にセリーヌの姿を褒めた。彼の「少し、愛が重い気もしますが……」という呟きは、ロガンがダイニングの椅子に派手に躓いてしまったことで、その音にかき消されセリーヌの耳には届かなかった。


 賑やかな出発に、いつの間にかセリーヌの緊張は解れ、自然と笑みが零れた。

 けれど、屋敷の外に出て――その移動手段を聞いた時、セリーヌはただ目を丸くし、立ち尽くした。



◇◇◇


 

 ルメローザの王城の歴史は長い。

 数百年前、建国を果たしたエルフ――ルミナスが直接手掛けたもので、特に舞踏会会場は王国の美と誇りを一挙に集めたような、荘厳な造りをしていた。


 高い天井には、純度の高い魔晶石が張り巡らされ、昼には鮮やかな絵画に、夜には透明度の高いガラスが姿を変え、夜空を映し出す。幾重にも重なる純白のシャンデリアは、まるで星の一部のように煌めき、舞踏会に幻想的な彩りを添えている。


 大理石の床は鏡のように磨き上げられ、職人による唐草模様が優美に彫り込まれている。四方の壁には、エルフと人間が共に築いた国の歴史を讃える精緻なタペストリーがかけられ、光を受けて柔らかく輝いている。その傍らには、魔法の技術を駆使して育てられた常春の花々が咲き誇り、静かに甘い香りを漂わせている。


 柔らかな音楽の演奏に合わせ、貴族たちは優雅に言葉を交わしていく。

 ――その場が騒然としたのは、ルメローザの王が入場し、挨拶を告げた直後のことだった。


 大庭園へと続く扉が開かれ、夜風と共に三体の大型の黒豹が入ってきた。

 さらに、空からは背に翼を生やした騎士たちが続々と着地し、その後に続く。

 会場にいた貴族たちが動揺し、獣たちから距離を取ろうと壁に寄る中、一人の男が中央の黒豹の背から軽やかに飛び降り、堂々と入場した。


 獣たちの王――ロガン・ドライゼン。

 彼が鋭い視線を向けるだけで、会場は静寂を取り戻す。

 ロガンは貴族たちに向けて声を上げる。


「我は、バル・グラードの王、ロガン・ドライゼン。今宵、ルメローザ王国の厚意により、こうして舞踏会に招かれたことに心より謝意を表し、感謝を告げよう。両国の歴史を鑑みれば、このような機会を得ること自体が奇跡だと言えるだろう」


 威厳に満ちた声が、地を震わせるように会場中に響き渡る。

 彼の後ろに控える獣も人も等しく頭を下げ、その偉大さを表していた。

 そんな彼が、恭しく手を伸ばし、一人の女性を丁寧に抱き上げ、地に足を着けさせる。


「さりとて、我が誓うのは、ただ一つ。バル・グラードの誇りを守り、我が国を栄光へと導くこと。それは、ルメローザ王国においても同様であろう。両国が互いの誇りを尊重し合い、友好関係を築くために、ルメローザの貴族令嬢を婚約者として迎え入れた。彼女は今後、バル・グラードの民として、国母としてルメローザの歴史と伝統を我が国に伝えてくれるであろう」


 セリーヌ・ラヴィーニュ――美しさに磨きがかかり、頬は淡い薔薇色に染まり、漆黒のドレスを優雅に着こなしていた。かつては怯えるように伏せられていたまつげが、今は真っ直ぐにロガンに向けられている。


 ロガンにエスコートされ、会場に進み出ると、セリーヌは柔らかくカーテシーを披露した。その静謐な美しさに、人々は感動すら覚えた。


「両国が真の友好を築き、共に栄えることを願っている――さあ、宴を始めよう!」


 こうして、両国の友好を示す宴が開かれた。

 人々の視線が恐ろしい。過去からの呪縛が、容赦なくセリーヌを襲う。

 セリーヌは、スカートの内で震える膝を叱咤しながら、悟られぬようロガンの後ろでぎこちなく微笑んでいた。

 けれど、それも、振り返ったロガンの視線を受け、解放される。


「――行こう」


 その目元は、力強く、そしてとても優しかった。

 彼だけを見ていれば良い――確信を持って、セリーヌはロガンの手を取った。

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