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25・


(……クソッ、どうしたらいいんだ!)


 ジュリアンから衝撃の発言を得て以降、ロガンはますます自信を失っていた。

 セリーヌに好いた相手がいる可能性を考えなかったわけではない。――ただ、意識的に考えないようにはしていた。認めたくないからだ。


 その相手がセリーヌの兄であるジュリアンと言うのは、些か信じがたいが、そうだとしてもルメローザに置いておくつもりはない。かの国は、セリーヌにとって害しかなさない。


 けれど、バル・グラードに来ることが、そんなにも彼女の心に重くのしかかっているなんて――。今更ながらに、彼女の立場を考慮できなかった自分を恨めしく思う。


(……セリーヌの気持ちを、確認しなければならない。でも、それは同時に……俺の気持ちに決着をつけなければいけなくなるかもしれない、と……)


 無理だ。独善的と言われようと、自己中心的だと言われようと、彼女を諦めることだけは、どうしてもできない。

 

 そんな絶望的な状況の中、ルメローザから舞踏会開催の日時が決まったと知らせを受け、セリーヌにドレスと手紙を贈った。彼女に掛ける言葉も見つけられないまま、ディランに引っ張られるようにしてベルヴェルデに向かい、彼女を迎えに行った。


 きっと綺麗だろうとは思っていたが――実物は想像の数倍美しく、言葉を失ってしまった。完全に見惚れていたところに、脳裏にピトから直接言葉が届いた。


『――陛下! 呆けている場合じゃございません。早くお褒めの言葉を!』


 そこで、はっと意識を取り戻す。

 しかし、何と言えば良いのだろうか。

 謂わばロガンは簒奪者だ。外堀を埋められるだけ埋め、武力と権力をもってセリーヌとの婚約にこぎつけた。そんな男に、歯の浮くような美辞麗句を告げられたとて、正直気持ち悪いだけではないだろうか。


 ロガンは、視線だけでピトに助けを求める。ピトは、『そんなことくらい自分で考えろ』と言わんばかりに口元を引き攣らせたが、これまでのロガンの体たらくを思い出したのか、すぐに助け船を出してくれた。

 

『考えてはいけません……感じるのです! 今、心に浮かんだ素直なお言葉をおっしゃってください!』


 そこで、なんとか「よく似合っている」と告げたが――それだけでは、褒め言葉でもなんでもないことに即座に思い至る。完全に腰が引けてしまっていて、情けない。そして、激しく困惑した末に、心に掬う不安を言葉にした。


 否定してくれたセリーヌの言葉に、ほっと胸をなでおろすと同時に、恥じらう彼女が恐ろしいほどに可愛らしく、遂に足から力が抜けた。


 やっとのことでルメローザの王城に辿り着き、用意していた言葉を告げたところ――『国の栄光のために誓うって……セリーヌ様を得られるなら、国さえ手放そうとしていた人が良く言いますよ。折角の機会なんですから、()()()、印象を悪くしないよう言動に気を付けてくださいよ!』と、『……あの、クッソ義母、こっちを睨みつけてやがりますよ。――陛下! もっと番様を抱き寄せて、何だったら手の甲にキスくらいかましてください! 番様が誰に愛されているか、とことん見せつけてください!』と、背後が煩くて仕方がない。しかし、お陰で少し頭が冷えた。


(……そうだ、逃げてばかりいても仕方がない。まずは、セリーヌが今後どうしたいのか、素直な気持ちを尋ねよう。そして、俺がどれだけの選択肢を用意してやれるか、どれだけ望みを叶えてやれるかを伝え――それでもどうしても、彼女の中に捨てきれない想いがあるのなら、その時は………………ッ、婚約破棄も受け入れる、しかない……)


 想像するだけで、恐怖で指先が震える。

 差し出した手に、細い手を重ねて来るセリーヌは、悲しいほどに美しい。

 どうかこの手を離さずに済むようにと願いを込めつつ――ロガンは、二人ゆっくりと語り合えるタイミングを伺った。



◇◇◇


 

 その後は、順調に時が流れた。

 始め獣人を避けていたルメローザの貴族達も、決して牙を剥けず、大人しく従う黒豹達に興味を示し始めた。


 また、連れて来た鳥族の戦士たちは、令嬢達の注目の的となっていった。

 鳥族は、見目の良い者が多い。背中にある羽は、一見すると天使のようにも見える。社交的で上品な彼らに、心をときめかせる若い令嬢が続出した。今後、獣人への見方が大きく変わっていくだろう。

 

 一通りの挨拶を終え、ロガンとセリーヌは、貴賓のために用意された二階のテラスにやって来た。丸テーブルの上には、軽食や飲み物も用意されている。

 カーテンを隔てた向こうからは、華やかな音楽が今尚聞こえて来る。


 ロガンは、セリーヌを席に座らせ自らの上着をその背に掛けた。

 セリーヌは、慌てた様子で顔を上げる。


「そんな……! いけません、ロガン様がお風邪をお召しになってしまいます!」

「構わん。暑いくらいだ」


 そう言うと、セリーヌは静々と前を向き、「……ありがとう、ございます」と上着の裾を手繰り寄せた。その一つ一つの仕草も、小さな背中も可愛らしくて仕方がない。抱きしめたい気持ちをぐっと抑え、ロガンも向かいの席に腰を掛けた。


「……」

「……」


 二人きりになってしまうと、やはり沈黙が走る。

 『セリーヌの本心を探らなければ』と、『どうすれば自分を愛してくれるのか』と、そんな事ばかりが脳裏に過ぎる。それさえなければ、二人で過ごせるこの時、この静けささえ、心地よかったはずなのに。

 

 どう話を切り出して良いのか悩んでいると、ふと、セリーヌの姿が目に入った。

 セリーヌは、夜空を眺めていた。


 ルメローザは、夜空を美しく見せる魔法が王城全体に掛けられていると聞いたことがある。確かに、感心してしまうほどの輝きで――月明かりに照らされたプラチナブロンドの髪や、白い頬が美しい。

 

 不意にセリーヌがこちらを向き、ロガンが見つめていたことに気がついたようで、恥ずかしそうに俯く。そして、ロガンの様子を伺うように視線を上げ、そっと口を開いた。


「その……「L」の、『謎かけ』のことですが……」

「ああ……」


 セリーヌは、手元にあった小さな鞄から手紙を取り出し、テーブルの上に広げた。それは、ロガンが先日「L」を名乗り、セリーヌに送った手紙だった。


『冷たいような、温かいような。

 流れるように美しく、時折、気まぐれに姿を隠す。

 道に迷いし時、心の中に柔らかく染み込む、ひとひらの道標』


 セリーヌの『謎かけ』に答え続けている内に、問題の作り方もわかるようになってきた。ロガンは、手紙に手を伸ばし、セリーヌの声に耳を傾ける。


「……思うに、『気まぐれに姿を隠す』という部分が、大きなヒントなのではと思うのです。でも、その他の部分がよくわからなくて……」


 ロガンは、考える振りをして少しずつヒントを出していく。

 答えを知っているのに知らない振りをするのは、思った以上に難しい。

 グラスを傾け、酒の力を借りながら、本題を切り出す為の心の準備を整えていく。

 

「では、『冷たいような、温かいような』という部分は、どう思われますか?」


 セリーヌの頬に、髪が一房零れ落ちる。

 ロガンは手を伸ばし、それを耳に掛けてやりながら答える。


「……実際には、温度は無いと言うことなのかもしれないな。そなたの髪のように」


 セリーヌの頬が、朱に染まる。

 その表情を見て、自分が恥ずかしいことをしてしまっていたことに気が付き、ロガンは慌てて手を引っ込めた。気が付けば、随分と酔いが回っていたようだ。

 しばしの沈黙の後――聞くなら今しかないと、ロガンは口を開いた。


「……ベルヴェルデでの、暮らしはどうだ?」


 セリーヌは、驚いた様子で顔を上げる。

 その表情を直視できず、ロガンは少し視線を下げた。


「……不便、ないか?」

「はい! ロガン様のお陰で、とても心地良く暮らせております」

「……使用人や、使節の者に会って、どうだった? 無礼を働いている者はいないか?」

「いいえ、とても良くして頂いております。みなさま、心から親しくしてくださっているのが、よくわかります。まるで、本当の家族になったみたい。本日ご挨拶させて頂いた使節の方々も、心から歓迎してくださって……バル・グラードに赴く日が、楽しみになりました」


 ロガンは、大きく目を見開き、がばりと顔を上げる。

 聞き間違えではないかと、再度問う。


「それは、本当か⁉ いや……もし、獣人のことを思ってそう言っているのであれば、遠慮はいらない。恐ろしいと思うのなら、素直に教えてくれ」

「……いいえ。ロガン様やバル・グラードの皆様にお会いする前は……確かに、少し恐ろしくも感じていました。けれど、みなさまに出会えて、今、わたくしはようやく自分の居場所を見つけられたように思っているのです。なのでもう、恐ろしくはありません。むしろ、心から有難く思っています」


 その表情はとても明るく、嘘を言っているようには見えなかった。

 ロガンは、「そうか……」と何度も呟き、安堵の溜息を零した。

 いつもより、随分と気の置けない雰囲気のロガンに――セリーヌもまた、思い切って気になっていることを聞いてみることにした。


「わたくしも、伺っても良いでしょうか?」

「ああ、勿論だ。何でも聞いてくれ」


 ロガンは、意気揚々と頷く。心のつかえが取れ、酷く心地が良かった。

 セリーヌは、ゴクっと息を呑み、尋ねる。


「……『(つがい)』とは、何でしょう?」


 ロガンの婚約者となって以来――様々な場面で、『番』と呼ばれるようになった。

 最初は単に、国王の将来の伴侶として尊重してくれているのだろうと思っていた。けれど、呼ばれ続けている内に、獣人族にとって何か特別な役割があるのではないかと思うようになった。


(獣人の国が怖いものだと思っていた時は、きっと誰も行きたがらないだろうから、高位貴族の娘でもあるし、魔法が使えない私を人質として送るくらいが丁度いいのだろうと思っていたけど……学べば学ぶほどに、バル・グラードとの友好関係は、ルメローザの方に利が大きい。ロガン様なら、他国の姫君とか、条件の良い方と幾らでも縁談を結べたはずだわ)


 どうして自分が選ばれたのかがわからない。

 何を求められ、どう立ち振る舞えば良いのか。


(……ううん。それは、建前。私は……ロガン様に、好きになって貰いたいのだわ。でも、自分に自信がないから……必死にもがこうとしているだけ)


 彼の心を惹きつけるには、どうしたら良いのか。

 彼の『番』であり続けるには、何が必要なのかを知りたい。

 

「一般的に、『伴侶』であることはわかっています。ただ、真意を知りたいと言いますか……豹にとっての『番』とは、どのようなものなのですか? 運命的に定められたものなのか、それとも、何かしらの利益を持って定められるものなのか……」


 ロガンは、首の横を手の平で摩りながら、首を傾げる。

 何故、そんなことを問われているのか、心底わからないといった様子だった。


「すまない。ちょっと、質問の意図を汲み取れていないかもしれないが……基本的に豹は単独だ」

「単独?」

「ああ。つまり、繁殖期だけ『(つがい)』を求め、子を成したら雄は離れる。母親も子が自ら狩りを行えるようになったら速やかに離れる」


 音が消えた。

 セリーヌは呆然と、今言われた言葉を脳裏で反芻する。

 理解するまでに、数秒かかった。

 

「……え?」

「……ん?」


 この夜、ロガンの目的は確かに果たされたかのように思えた。

 ――しかし、この時できた二人の間の大きなすれ違いに、ロガンが気が付くのは数日後のことだった。


 

 

貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか素敵な一日をお過ごしください

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