23・
「美しい庭園でしょう? 建国の祖であるエルフ、ルミナスがホワイト・ローズを愛したことから、白を基調に造られているのです」
庭園の東屋には、すでに二人分の茶器と茶菓子が用意されていた。
「……ずいぶんと、待遇がいいんだな」
王城の庭園を、一貴族の爵位を継いでいない令息が私用で使うのは、普通ではないはずだ。ジュリアンは、その言葉の裏を汲み取るように頷いた。
「私は次期侯爵というだけでなく、神殿と協力し、王国全土の魔道具研究にも従事しております。王城でも多少の融通は利くのです」
ジュリアンは、そのまま流れるような仕草で席に着く。その面立ちは父親である侯爵とよく似ている。しかし、いつもどこか薄く微笑む口許や、指の先まで洗練された動きは、侯爵よりもはるかに隙がなく、感情を悟らせない。これこそが『貴族らしい』と表現すべきものなのだろうか。
男二人が向かい合って優雅に茶を嗜む光景など、考えただけで気が引けるが、ロガンは案内された席にどさりと腰を下ろした。
使用人が用意した茶をジュリアンが優雅に口へ運ぶ間、しばし沈黙が続いた。
風の音さえ耳障りに感じる。セリーヌといる時とは大違いだ。長居は無用とばかりに、ロガンは口を開いた。
「……で、用件は?」
ジュリアンは動きを止めた。
そのまま表情を変えることなく、口元にあったカップをそっとソーサーに戻す。
「……単刀直入ですね」
「一国の王を捕まえておいて、ただ茶を楽しみたいわけでもないだろう」
ロガンは足を組み、顎をわずかに上げて「聞いてやるから話してみろ」と視線で促す。ジュリアンは指先で軽く合図し、使用人を遠ざけると、テーブルの上で手を組み、淡々と告げた。
「セリーヌとの婚約の話を白紙に戻してはいただけませんか?」
瞬間、風が庭園を駆け抜けた。
予想はしていたが、ここまで堂々と告げられるとは思わなかった。
ロガンが言葉を失っている間に、ジュリアンは淡々と続ける。
「国同士の友好関係に婚姻が必要であれば、別の候補者を用意しましょう。先程も言ったように、魔道具に関することならば私がお力になれるかと思います。悪いお話ではないでしょう?」
ふざけるなと一蹴することもできるが、そこまでセリーヌにこだわる理由が気にかかる。ロガンは苛立ちを抑え、低い声で問う。
「――理由を聞こうか?」
ジュリアンは視線を伏せ、何かを思い出すようにふっと微笑んだ。
驚いたことに、その目元はとても柔らかく――どこか既視感がある。
まるで、愛しいものを思い出しているかのような。
ロガンの胸に、嫌な予感が走る。
そして、その不安はすぐに的中した。
「……私たちが、愛し合っているからです」
一瞬、思考が止まり、反応が遅れた。
「はっ」と短く笑い、ジュリアンを睨みつける。
「馬鹿馬鹿しい。ならばなぜ、彼女の口からお前の名前が出ない? なぜ、こうなる前に止めなかった? なぜ……――」
ロガンの脳裏に、衣装店での一件がよみがえる。
そして、自分が「L」だったからこそ知っている、セリーヌの悲しみも。
亡き母への手紙だけを拠り所に、彼女は孤独に必死に耐えていた。
愛し合っていると言うのなら、なおさら許せない。
なぜ、その孤独から救い出してやらなかったのか。
怒りのあまり、掠れた声が漏れる。
「――なぜ、何もしなかったんだ」
怒気を孕んだロガンの声に、ジュリアンは驚いたような表情を見せた。
しかし、すぐに悲しげに目を伏せる。
殊勝なその態度は、ひどく痛ましく、愛する者との不本意な別れを心から嘆いているようだった。傍からすれば、まるでロガンがジュリアンを酷く責め立てているように映るだろう。
「私達は、人の道から外れた関係です。両親の手前、大っぴらには出来ませんでした。彼女もきっと、そのことを考えて私の名を出さなかったのでしょう」
「……はっ、詭弁だな。どちらにせよ、お前自身は何も失うつもりはないということだろう」
真実がどこにあるにせよ、その程度の想いならセリーヌを諦めるつもりはない。
ラヴィーニュ侯爵邸に居て彼女が幸せになれるとは、とても思えない。
けれど、ジュリアンはどこか余裕を含んだ態度で続ける。
「私は、セリーヌが心配なのです」
「なにを……」
「彼女は、『バル・グラードに嫁ぐ位ならば、亡き母の元へ行かせてくれ』と父の前で泣いたそうです」
ジュリアンの言葉を鵜呑みにするつもりはない。ただ――もし、それが真実なら。ジュリアンは静かに笑みを浮かべたまま告げる。
「……どうか、ご一考ください」
部屋にロガンがいないことに気が付き、ディランが探しにやってきたようで、背後が俄かに騒がしくなる。ジュリアンは静かに立ち上がり、そのままその場を後にした。一人残された席で、ロガンは拳を握りしめた。
◇◇◇
セリーヌの元に、ロガンからの手紙と共にドレスが届いたのは、それから数日後のことだった。
ドレスは、黒と紫の落ち着いた色合い――ロガンとセリーヌの瞳の色。
ロガンは、いつも黒い衣装を好んで身につけている。
きっと、それに合わせただけなのだろう。そうわかってはいても、セリーヌの色もさりげなく取り入れてくれたことに、彼らしい気遣いを感じた。
王城の舞踏会に参加するのは初めてで、両国の友好を示す場になると聞いたときは、緊張で足がすくんだ。けれど、贈られたドレスを眺めているうちに、ロガンの隣に立つことがほんの少し楽しみに思えてきた。
(これまで参加した夜会や仮面舞踏会は、話しを聞くだけで身がすくむ思いだったのに……ロガン様が隣にいてくれると思うだけで、安心できる。……ううん。彼の隣に立てることが、誇らしくさえ思える)
それは、自分でも驚くほどの変化だった。
もう、怯えてばかりではいけないのだと、心が強く、前を向くのを感じる。
そして、ドレス以上にセリーヌを喜ばせたのは、ロガンの手紙だった。
そこには、王城の舞踏会への誘いと共に、「L」の手紙の答えをその場で一緒に考えようと書かれていた。
セリーヌは何度も手紙を読み返し、頬を綻ばせる。
そんな自分に気が付き、恥ずかしさを紛らわせるようにベッドに身を投げ、足をバタバタとさせた。
「L」からの手紙は、もちろん嬉しい。
けれど今はそれ以上に、ロガンと共通の話題で語り合えることが嬉しかった。
二通の手紙を眺め――ふと、不思議なことに気が付く。
(……ロガン様と「L」の字って……どことなく似てる?)
使われている紙もペンも違う。
それに、『L』の方は角ばった整然とした字体で綴られ、文章自体もとても短い。ロガンの力強く流れる筆跡とは、一見すると共通点などないように思えた。
それでも――なぜか二つの筆跡が妙に重なって見える。
セリーヌは、そっと指で字をなぞった。
(……まさかね)
幸福な気持ちを胸に、指折り数えながら舞踏会当日を待った。
この夜が、特別なものになりますようにと――そう、願いながら。
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