22・
『親愛なるロガン・ドライゼン国王陛下
先日はお忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、心温まるひとときを共に過ごさせていただきましたこと、深く感謝申し上げます。また、わたくしのお願いを快くお引き受けいただき、大変光栄に思っております。
早速、友人「L」より手紙が届きました。
『冷たいような、温かいような。
流れるように美しく、時折、気まぐれに姿を隠す。
道に迷いし時、心の中に柔らかく染み込む、ひとひらの道標』
答えを探すのに難航しておりまして、もしよろしければ、陛下のお考えをお聞かせいただけますでしょうか?
お会いできる日を、心より楽しみにお待ち申し上げております。
――セリーヌ・ラヴィーニュより、心を込めて』
ルメローザの王城の大会議室で、ロガンは密かに手紙を眺める。
あの後、セリーヌはロガンに「L」との手紙のやり取りを続けて良いかと尋ねた。さらに、その『謎かけ』が難しかった時、良ければ一緒に答えを考えてくれないかと言う。
(……なんて愛らしいんだ)
外出中も碌に話すことが出来ず、今後どう距離を縮めて良いか頭を悩ませていただけに、セリーヌの提案は嬉しいものだった。
これで話題には困らないし、さり気なく会う約束を取り付けることも出来る。
(……やはり、好きだ)
接するたびに、愛しさが溢れる。
だからこそ、直接顔を見てしまうとどうして良いのかわからなくなってしまうのだが、不規則に脈打つ鼓動さえも心地良い。
近々、また会える。
その時は、どんな風に話せば良いか――悩みつつも自然と頬が緩む。
ロガンをよく知らない者には分かりにくいかもしれないが、その表情は蕩けるほどだった。
あまりの締まりのなさに、ディランは咳払いを交えながら、低い声で苦言を呈した。
「――……陛下。会議中です」
指摘され、「チッ」と舌打ちしそうになるのをぐっと堪え、手紙を丁寧に懐へ戻す。
話し合いは平行線だ。ディランの提案を受け、両国の友好を示すための舞踏会の開催を求めたものの、『時期や場所が悪い』と難癖をつけ、一部の貴族たちは依然としてバル・グラードの国民の入国を渋っている。
要は、双方が武力を向けない不可侵条約さえ守れば、それ以上の接触は不要ということだ。
王は貴族たちの顔色を伺うばかりで、肝心の決断を下せていない。
長い歴史の中で力をつけた貴族たちは、今や王家を凌ぐ財力を持ち、実質的な政権は侯爵位以上の一部の家門が担っているようだ。
ロガンは、ドンとテーブルを叩き、場を制した。
「バル・グラードがルメローザと交易を結ぶ以上、取引相手を選ぶのは当然のことだ。ルメローザの魔道具は我々の国民の生活を大きく向上させる。その市場にいち早く参入できるのは、舞踏会に出席し、我々と直接交渉した者だけだ」
会議室に集まった貴族たちは、一様に口を噤む。
財力では、バル・グラードも決して劣らない。
魔道具の多くは魔力を必要とするが、魔晶石の種類や用法によっては魔力が無くとも使用可能になるものも多いと聞く。生活が快適になるとあれば、金を惜しまぬ部族も少なくない。
「知っての通り、我が国は毎年、高純度の魔晶石を十万クラン採取している。流通に関しては交易品として比較的安価で提供することになっているが、交渉の場で魔道具への加工を申し出た者には専属契約を結んでも良い。――が、抵抗があるのなら、無理強いはせぬ。幸い、貴国以外にも魔道具を作る国は存在するからな」
魔晶石は、魔道具の根幹とも言えるものだ。
魔獣や魔草の核にあたるものだが、力の強い者ほど高純度の魔晶石を有しているため、採取には武力が必要だ。
ルメローザの年間採取量は、せいぜい一万クラン。
純度を問わなければ、バル・グラードでは年間百万クランは採取している。
これまでのルメローザでは、流通量の少なさから貴族達が魔晶石――ないし魔道具を独占していた。しかし、供給量が増え、魔力を持たない者でも使える魔道具が増えていけば、平民たちの手にも届くようになるだろう。時代は大きく変わろうとしている。
『獣とは取引しない』と自らの誇りを選ぶか、目の前の利益に縋るか、自ずと結論は出そうなものだが――誇り高きバル・グラードの民としては、前者の気持ちもわからなくはない。
(……しかし、心が決まるのを待ってやる道理もない。友好関係を決めた時点で腹を括らねばならぬことだ。こんな些末なことで、セリーヌとの婚約発表が遅れている事実が許しがたい)
ロガンは立ち上がり、席を離れる。
後ろから「……っ、まだ話は……」と声を掛けられるが、容赦なく睨みつける。
「我らも暇ではない。早急に日取りを決めるがいい。最悪、舞踏会が開かれずとも問題はないが――その場合、我々の友好関係も改めて考え直さねばならんな」
今や、大陸を二分する強国となったルメローザとバル・グラードに、敢えて戦を仕掛ける国はないだろう。だが、敵は何も国外に限らない。
特に、貴賤の差が大きく開いたルメローザのような国では、内戦の火種がそこかしこに転がっているものだ。鎮圧には、バル・グラードの戦力が必要になるだろう。
王家が多くの要素を考慮し築き上げた友好関係を、自らの誇りや利益に目がくらみ覆そうというのなら、それも構わない。そうして自滅するというのなら、それも結構だ。
それでもなお舞踏会にこだわるのは、ルメローザの国民にバル・グラードの民を尊重せよと警鐘を鳴らすため。そして、ロガンにとっては何よりも、踏みにじられたセリーヌの尊厳を取り戻すためだ。
(……舞踏会ともなれば、パートナー同士の距離は自然と縮まる。セリーヌを使節の者たちと引き合わせることもできるし、バル・グラードを知る良い機会にもなるだろう)
そうして少しずつ、セリーヌの心の中にある国境を越えるハードルを下げていけばいい。
鳥族に依頼し、セリーヌと揃いの衣装も用意させた。最上級の黒地のシルクにラベンダーの差し色を施し、高貴で上品な仕上がりだ。今回は時間もなく、急遽用意したが、婚姻の式典では彼女の希望を最優先にするつもりだ。
会議室を後にし、話し合いを続けるディランや他の使節団の者達と別れ、一人貴賓室に向かう。護衛などは、もちろんつけていない。この大陸に、武力でロガンに敵う者は存在しないのだから。
セリーヌへの返事を何と書こうかと思案しながら歩いていると――前方から、見覚えのある顔が近づいてきた。セリーヌとよく似た、プラチナブロンドの髪とアイスグレーの瞳を持つ若い男。男は、丁寧に胸に手を当て、頭を下げた。
「バル・グラードの王にご挨拶申し上げます。」
「――……確かお前は、ジュリアン・ラヴィーニュだったか。」
ジュリアンは柔和に微笑んだ。その態度は、先日の話し合いの場とはまるで異なる。ロガンは思わず眉をひそめるが、ジュリアンは親しげに続けた。
「名前を覚えて頂けて、光栄です。良ければ、ご一緒にお茶でもいかがでしょう? ――セリーヌの話も伺いたいので」
セリーヌの名前が出て、ピクリと眉が動く。
兄が妹の名を呼ぶこと自体は不自然でないはずなのに、妙に不快だった。
何を考えているのかはわからないが、ピトからもこの男については注意するよう報告を受けていたことを思い出す。真意を探るためには、提案に乗るべきだろう。
少々面倒だが仕方ないと、一息に告げる。
「いいだろう。案内してもらおうか?」
貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。
いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています(,,ᴗ ᴗ,,)
どうか素敵な一日をお過ごしください




