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『親愛なるCへ

 前略 この問いの答えが、お分かりになりますか?


 静かな光の中、ひらひらと舞う花びら。

 手を伸ばせば、ふわりと逃げる。

 高く低く移ろいながら、ひとときの美しさを空に刻む。

 

 ――Lより心を込めて』



「これは……暗号、でしょうか?」


 ベルヴェルデの屋敷の居間で、セリーヌは手紙をピトに差し出した。

 注意深く目を走らせていたピトが、首をかしげる。

 その様子に、セリーヌはくすっと笑い、ゆるく首を横に振った。


「暗号というより、『謎かけ』なの。元々は、私が好きなものを題材にして書いていたんだけど……きっと、手紙が届かなくなったことを心配して、『L』が私を真似て手紙を送ってくれたのね」


 セリーヌは、綴られた字を指先でそっと撫でた。

 侯爵邸での辛い日々の中、愛する母との繋がりを求めて書き続けてきた手紙。返事が届いたときは、本当に驚いた。誰かの悪戯ではないかと疑ったこともあったけれど、「L」が答えを見つけてくれたおかげで、次第に警戒心はほぐれ、心の奥底に明かりが灯った。


 誰かが、自分の言葉に耳を傾けてくれている――。

 そのことに、どうしようもなく励まされた。


「お返事は、どうされるのですか?」


 ピトの質問に、セリーヌは動きをピタリと止める。

 そして、何かを諦めたように微笑んだ。


「――書かないわ」

「え……」

「だって……よく、ないでしょう?  陛下に余計な心配を掛けたくないの」

 

 『L』は母ではない。

 ベルヴェルデの屋敷に移ったことで、その感覚がよりはっきりとした。

 性別も、身分や職業さえも分からない相手。

 そんな相手に手紙を送り続けることの危うさ。

 侯爵()の言う通り、バル・グラードの王妃になると決めた以上、もう続けるべきではない。


 セリーヌは、手紙を折り畳み、封筒の中に戻した。

 返事を書かなければ、「L」との繋がりは完全に途絶えるだろう。

 感謝の気持ちだけを大切に、思い出の中にそっと仕舞おう。


 けれど、それを見ていたピトが、何かを思いついたように顔を上げた。


「――そうです! (つがい)様、陛下にお尋ねになられてみてはいかがでしょうか?」

「え……?」

「手紙のやり取りを続けても良いか、です。せっかくのご友人ではありませんか」

「でも……」


 手放す覚悟を決めたはずなのに、ピトの言葉が決意が揺らぐ。

 ふと視線を上げると、ピトは力強く頷いた。


「それに、番様……陛下とお話しされるとき、緊張して言葉が出なくなるとおっしゃっていましたよね? だったら、一つの話題として尋ねてみるのも良いのでは?」


 セリーヌは思わず頬を赤らめた。

 そういえば最近、「次に陛下にお会いできたら、どう話せばいいのか」とピトに相談していた。手紙を持つ手に力が入り、無意識のうちに紙の端をぎゅっと握る。


 ――尋ねるだけ……尋ねるだけなら。

 セリーヌはゆっくりと目を伏せ、ひとつ息を吐いた。


「……そうね、聞くだけ……聞いてみようかしら?」


 そう呟いた途端、胸が大きく脈打ち始める。ロガンに会えるかもしれない。その事実が、セリーヌの気持ちをソワソワと落ち着かなくさせる。


 ピトは嬉しそうに微笑み、静かに頷いた。


「陛下はきっと、お考えを聞いてくださいますよ」


 セリーヌは封筒をそっと抱きしめると、私室へと向かった。


 

◇◇◇



 『親愛なるロガン・ドライゼン国王陛下


 本日はご相談したいことがあり、恐れながら筆を執りました。

 些細なことかもしれませんが、直接お話しできればと存じます。

 もしお時間を頂けるようでしたら、ご都合の良い折にお目にかかれますでしょうか。


 お忙しいこととは存じますが、ご無理のない範囲でお返事を賜れますと幸いです。陛下のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。


 ――セリーヌ・ラヴィーニュ』


 見慣れた柔らかい筆跡。

 けれど、宛先は「L」ではなく間違いなく自分自身。

 その事実に、ロガンは蕩けそうな程に頬を緩ませ、自身の執務室で仕事の手を休め手紙を眺めていた。


 「また、ラヴィーニュ侯爵令嬢からのお手紙を読まれているんですか?」


 手紙が届いて以来、大切に持ち歩き日に数度眺めていることをディランに指摘され、ロガンは表情を引き締める。軽く咳ばらいをし、話題を変える。


「……調査の方はどうなった?」

「ベルヴェルデの街に放たれている密偵は、二つのグループに分かれていました。一つはルメローザ王宮の者達。もう一つは、ルミエルの神殿の者達でした」

「神殿?」


 ルミエルは、ルメローザを建国した伝説的なエルフであり、広く知られている存在である。バル・グラードでは、各部族が自分たちに加護を与えた神獣を崇めているが、ルメローザでは、魔法という力を自らの血に宿らせたルミエルの偉業を称え、神として信仰している。


 ルミエルの神殿では、神殿の管理や普及活動、慈善事業など、バル・グラードと同様の活動を行っている。しかし、大きく異なるのは、ここが『魔塔』としての役割も担っているということだ。ルメローザの魔法に関するすべての知識と情報が、そこにある。


「ラヴィーニュ侯爵令嬢は魔法が使えないことで有名ですから……狙いは恐らく我々。十中八九、神獣の力を得ようとする者たちの仕業ですね」


 ルメローザでは、年々、個人が持つ魔力量が減少している。

 もともと、ルミエルと建国王が結ばれ、その子孫やそこから派生した一族が魔力を持つようになったのだが、エルフの血は次第に薄まりつつある。

 だからこそ、ルメローザでは、魔力を強く受け継ぐ貴族同士の結婚を強く推奨しているのだ。魔力を持たない『平民』を嫌悪するほどに。


 魔法に代わる力を求め、その矛先がバル・グラードの神獣へ向けられているのだろう。しかし、ロガンは思わず溜息をついた。


「……なるほどな。差し詰めセリーヌを懐柔し情報を得ようとしたのだろうが、『なぜ神獣が我々に力を与えたのか』なんて、むしろこちらが聞きたいくらいだ」


 神獣は気まぐれに加護を与える。

 一応、「一族に」と大まかに括られてはいるものの、実際には血縁が関係ないこともある。

 現に、ピトは豹族の両親のもとに生まれながらも、鳥の神の加護を受けている。それも、鳥族の中でも珍しい、毒を食す種のものだ。幼い頃は、その特殊な状況ゆえに、随分と苦労したと聞く。

 

「以前、ピトの言っていたラヴィーニュ侯爵令息の『怪しい動き』にも関係してくるかもしれませんね。彼は、ルメローザ内でも有数の魔力保持者です。神殿と繋がっていても可笑しくはない」

「……そうか」


 ディランの言っていることは理解できる。ただ、一つ腑に落ちない点がある。もし本当に妹を諜報員に仕立て上げたいのなら、セリーヌのバル・グランへの移動を拒んだのはなぜなのか。むしろ、国内へ潜入させる絶好の機会だったのではないか。


 しばし思考を巡らせるが、今の時点では結論を出せそうにない。

 手に持ったままだった手紙を丁寧に封に戻し、懐にしまう。そして、気持ちを切り替えた。

 

「まあ良い。どんな手を使ってでも、こちらも望みのものを手に入れるまでだ。その為に必要なことは……わかっているな?」


 ロガンは、鋭い視線でディランを見つめる。

 ディランは、気圧されるようにごくりと唾をのみ、大きく頷いた。


「……『第二回、ラヴィ―ニュ侯爵令嬢とのデートを成功させよう』作戦ですね」

「そうだ! 今度こそ失敗は許されない。そこでだ……」


 婚約式から引き続き、初めての会合さえも失敗してしまった自覚がある。

 何とかして挽回したい。ルメローザの者達がどんな動きをしようと、これ以上セリーヌに指一本触れさせるつもりはないが、肝心のセリーヌの心が得られなければ何の意味もない。ロガンは鷹揚と頷きディランに問う。


「……俺はどうしたらいい?」

「……」


 ロガンは必死だった。

 と言うのも、全てはセリーヌの手紙の意図が全く読めないことにある。

 

「何故「L」への返事ではなく、俺に手紙が届くんだ?」

「さあ……とにかく、話しを聞いてみるしかないのでは? 些細なことと書いてありますし、ただ陛下とお話したかっただけかもしれませんよ?」

「そんなはず……あるわけないだろう」


 あまりにも望みの薄い言葉に、溜息しか出てこない。

 冷静に考えれば考えるほど、セリーヌの中にあるだろうロガンの印象は最悪だ。

 高圧的で自分を傷つける言葉を吐く男に、惹かれる女などいるはずもない。

 すると、脳裏に直接低い声が響いて聞こえて来た。


『婚姻の時期に関することじゃないか?』


 声の聞こえた方向に目を向けると、ノソノソと黒豹のラゾがやってきた。

 ロガンは、無意識のうちに立ち上がりラゾに問う。


「こ、婚姻の時期に関することというのは……」

『そなたの(つがい)は、今は故郷に身を寄せているのだろう? それも、念願叶ってようやく訪れた場所だ。婚姻の時期を少しでも遅らせたいと思うのは当然のことだろう? なにせ、(つがい)はこのバルの地のことを何も知らんのだからな』

「なっ……! 婚姻の延期(それだけ)はダメだ! そもそもこれまでの期間会いに行かなかったのも、少なくとも婚姻は目の前にあると思ったからで……」


 さっと血の気が引いていく。

 良かれと思ってベルヴェルデの屋敷に手を回したが、まさかそれが自らの首を絞めることになるとは思っていなかった。ロガンは、愕然と頭を抱える。


「しかし、そうか……俺はようやく訪れた故郷から、彼女を連れ去ることになるのか……」


 嫌われる理由ばかりが募っていく。

 しかし、そこで妙案が浮かぶ。ロガンの口から、ふふふっと黒い笑みが零れる。


「……まあ、良い。彼女が望むなら、俺がこの国を捨てればいいだけだ。獅子の一族の方が余程統治に向いているだろう。王が俺でなければいけない理由は無い」


 神獣がセリーヌを救ってくれたあの日、神獣の願いにも似た意思が強く脳裏に伝わってきた。恩に報いるため、それを啓示と捉え始めた統一戦争も終結し、バルは一つになった。もう、願いは果たされたと言っていいだろう。

 ロガンの不穏な言葉に、ディランとラゾは目を剥いて止めに入る。

 

「ちょ……! 何を馬鹿なことを! 獅子の若君は家族のことしか考えていない方です! 国を私物化するのが目に見えています!」

『そうだ! 奴らにひれ伏すなどありえん! 我は決して認めんからな!』


 ロガンが何も聞こえないとばかりに明後日の方向を向いていると、ディランが「……そうだ!」と短い声をあげた。


「では、こうしてはいかがでしょうか……――」


大幅な改稿ごめんなさい(__;)

自分の未熟さが、本当に情けなく思っております。


今日も貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

いいね、ブクマ、ご感想、お待ちしています(,,ᴗ ᴗ,,)


どうか素敵な一日をお過ごしください

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