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120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅳ.宮原と花咲
25/35

25.二人の訴え

高校二年生の頃を思い出していた宮原春みやはら しゅんは、友人の水樹勉みずき まなぶと喫茶店を出て、場所を変える事にした。

 なんで、僕はあのときのことを思い出していたのだろうか。


 今、目の前で水樹が感情を露にしているのにも関わらず、僕の頭のなかには、高二の夏の出来事が思い起こされていた。


 だけど、あの時とは少し違う。


 高二の夏、僕が部活を辞めると言った時、僕の弱々しい目を見た水樹は、唇を噛んで自分の感情を抑えつけた。それ以降、彼が感情的になる事はほとんどなかった。


 しかし、今は自分の感情を隠そうとする事はなく、真っ直ぐに僕を見て、その怒りや悔しさを露にしている。僕がどんなに情けない表情をしていても、彼はそれをやめようとはしない。


「水樹・・・・・・」


 僕がどうにか絞り出した言葉は、白いテーブルに拳をつけて立っている友人の名前だけだった。そして、僕が呆然と見続けていると、少し落ち着いた声音で水樹は話を始めた。


しゅん。僕はね、弱い自分を変えたかったんだ。そのために、僕は君も花咲さんも・・・・・・いや、多くの人を利用しようとした。だって、世の中って言うのは、みんなエゴなんだよ。自分のために生きているんだよ。〇か、×。それ以外はない・・・・・・そう思っていたんだ」


 一体、何の話なのか、と僕は疑問に思ったが、それを聞き返す事もなく、ただ黙って水樹の言葉に意識を集中させた。


「だけどね、僕は君や花咲さんたちと関わって、ようやく分かったんだ。自分の事だけを考えていたら、何も変われない。人を素直に思う気持ちを知らなければ、僕は昔のままだって。そんなことを教えてくれた花咲さんの事を、僕は尊敬しているし、好きだ。だけど、彼女が見ているのは僕じゃない。君なんだよ」


 それまで黙って、水樹の言葉に耳を傾けていた僕は、身を乗り出し、反論しようとした。


「そんなこと——!」


 しかし、それ以上、言葉は出てこない。

 

 そんなこと、僕だってわかっている。だけど、それを認めてしまえば、僕は彼女に会いたくなってしまう。想いを止められなくなってしまう。終わりが分かっているのに、それはあまりにも残酷すぎるだろ。


 しかし、僕の思いは言葉になる事はなく、代わりに水樹が力強く言葉を続けた。


「人はね、近づきすぎれば、ぶつかり合い、傷つけ合う。だけど、そうしながらも、時には互いに支え合い、助け合って、相手を想うんだ。そして、そうしてでも繋がっていられるのが、本物なんだよ。だから、僕は今日、君に僕の思いを全て伝えたよ。僕らの友情は、本物だと信じているからね」


 そして、水樹は一呼吸間をおいて、最後は落ち着いた声で、重みを感じさせるように僕に質問を投げかけた。


「君が今、抱いている想いは、どうなんだい?」

「俺は——」


 分からない。


 僕が今、抱いている想いはどうなんだろう。

 僕は水樹と、或いは花咲とどういう関係なんだろう。


 上辺だけの浅い関係なのか、それとも傷つけ合うかもしれないけれど、互いに歩み寄る関係なのか。僕の想いは、水樹の言うホンモノというものなのか。


 ただ、少なくとも、僕は自分のためじゃない。皆の事を考えて、距離をおこうと決めた。


 誰もが傷つかないように。

 傷つかないように?

 

 水樹は傷つけ合ってでも繋がっている関係をホンモノだと言った。

 

 では、僕は皆が傷つかないように考えているのは、それはホンモノとは言わないのか?


 分からない。

 僕が抱いている想い、一体、何なんだ?


 僕は自分の中で水樹の問いの答えを必死に探した。だけど、幾ら頭を回しても、首を捻っても答えは出てこなかった。


 そうして、どれくらい僕は水樹を待たせただろうか。きっと、時間にすれば一分にも満たないくらいだったと思うが、僕らにとっては、とても長く感じた。そして、答えを返さない僕を見かねて、水樹が口を開いた。



「場所を変えよう」


 そこで、僕は喫茶店「5%」の狭い店内で、周囲からの注目を浴びていた事を再認識して、静かに席を立った。


 結局、チーズケーキがテーブルに運ばれてくる前に、僕らは店を出た。僕としては、少々心残りではあったが、あんな周囲の注目を浴びてから、落ち着いてケーキを食べられるほど、僕の神経は図太くはなかったし、何より水樹との会話で、心が揺らぎ、ゆっくりくつろげる心境でもなかった。



◆◇◆◇



 喫茶店を出てから、先を歩く水樹に、どこへ行くんだ、と尋ねようと思ったが、そんな言葉すら、今の僕には発することが出来なかった。


 だから、ただ黙って歩き続けた。


 そして、喫茶店「5%」を出てから歩く事、約十分。目的地に到着した。いや、僕には、喫茶店を出てから五分程で、水樹の向かっている場所なんとなく予測ができた。


 僕らが辿り着いた場所は、僕たちが出会った場所であり、多くの時間を共に過ごした場所でもある学校だった。


 もうここには、来る事はないだろうと思っていたが、短期間のうちに二回も訪れてしまった。


 一回目は、退学の申請のために行ったので仕方がない(花咲に会ったのは不本意だった)が、まさか夏休み中に、水樹と来るとは、考えもしていなかった。


 そして、水樹は、何も言わずに、僕の前を歩き続け、学校の敷地内に入ると、真っ直ぐに玄関へと向かった。


 玄関は、夏休み期間も勉強をしに来る生徒や部活動の生徒のために解放されていた。しかし、人の気配はなく、静かで、それでいて少しひんやりと涼しかった。


 僕らは、無言のまま内履きへ履き替えると、階段を三階までゆっくりと上がった。


 勉強をしに来ている生徒は、管理棟の図書室へ行っているのだろうか。また、部活動の生徒も部室棟へ行っているのだろうか。多くの生徒が学校へ来ているはずだが、校舎内はとても静かで、階段や廊下には僕と水樹の足音だけが響いた。


 そして、ここまで来ると、僕の足も自然と水樹と同じ方へと進んでいた。


 その目的地とは、僕らの教室、三年一組。


 確かにそこであれば、誰にも邪魔される事無く、話が出来る。だけど、これ以上僕は水樹に何を話せばいいのだろうか。喫茶店でも、何度も言葉に詰まり、ろくに話す事はできなかったというのに。


 先を歩いていた水樹は、僕より一足先に教室に辿り着くと、前側の入り口の扉を開けて中へ入った。僕もそれに続き、教室のなかに入った。


 教室の古木の床板は、相変わらず一歩踏み出す度に、軋む音を響かせ、いつもはあまり気にもかけていなかったが、今は、なんとなく懐かしい気分にさせてくれた。


 そして、教室の前側から入った水樹は、そのまま教室の奥へと進み、窓際の一番後ろの机に腰をのせた。


 僕は水樹に続き、教室の奥へとは進んだが、水樹とは少し距離を置き、ちょうど真ん中あたりで立ち止まった。


 水樹は、僕が立ち止まるのを見届けると、ようやく口を開いた。


「春。体調は、大丈夫かい?」


 僕は軽く頷き、返事をした。


「ああ、大丈夫みたい。どこも痛くも、痒くもないさ」


 と、言いつつも、炎天下を十分程度歩いたせいか、少し体のだるさを感じていた。だが、もう少し話を続ける事くらいは出来るだろう。


「そりゃ、良かったよ」


 水樹は、そう言って、顔の向きはそのままで、僕から視線を外し、教室の前側の入り口を見た。


 すると、教室に誰かが入ってきたのか、床板の軋む音が鳴り、続いて、僕の背後から可愛らしい少女の声が聞こえてきた。


「春先輩。お久しぶりですね」


 僕はその声と、控えめに鳴る床板の軋む音で、入ってきた人物が誰なのか予想がついた。だけど、僕の知っている人物は、もう少し甘い声だったような気がする。


 僕は一応、声の主を確認するため、振り返って、その人物を視界に収めた。


 ツインテールの長い髪が印象的なその人物は、顔は小さく目は大きい。半袖から伸びる白肌の腕や短めのスカートから見える張りのある脚は、全体的に幼い印象を受け、色気こそないが、魅力的だ。だが、それよりも彼女の筋の通った姿勢は、堂々としていて、その自信の表れに感心させられる。最後に会った時とは、まるで別人のように頼もしく、凛々しかった。


 僕はそんな彼女に、数秒間、見惚れてしまい、遅れて挨拶を返した。


「おぉ、桃華。久しぶりだな。でも、なんでここに?」

「それはですね——」


 桃華は教室の奥へと進むと、僕の横を通り過ぎ、水樹の隣に立って、言葉を続けた。


「水樹先輩に、呼ばれてきたんです」

「水樹に?」


 僕は首をかしげて、桃華の隣の水樹を見た。すると、水樹はいつもの爽やかな微笑みを僕に返した。


「そう。それから、もう一人呼んでいるんだ」


 嫌な予感がした。


 だが、そんな僕の予感は、当たってしまう。


 水樹が、開けっ放しになっていた教室の後ろ側の入り口を見ると、制服を着た背丈の低い少女がおずおずと現れた。


 その少女は、僕の胸元程しか背丈がなかった。

 それは、彼女が極端に小さいからではなく、車いすに座っているからだ。

 

 黒い金属フレームが輝き、真っ赤なタイヤがいつもに増して鮮やかに見えた。そして、その両側にあるハンドリムを少女は細い色白の腕で掴み、ゆっくりと転がして、車いすを進ませた。


 少女は、僕の方を見ようとはせず、長めのスカートの裾か、或いは自分の足元を見ているのか、視線を落としたまま、水樹と桃華の傍まで前進し続けた。


 そして、桃華と机一つ分開けて車いすを止めると、ポニーテールの明るい髪を揺らしながら、器用に方向を換え、僕の方に体を向けた。


 しかし、それでも顔は俯いたままで、視線を合わせようとしなかった。


 だから、僕も視線を落とし、床板の木目を見た。


 そして、僕はざわついていた胸を鎮めるため、木目の不規則な模様に注目し、気を紛らわせようとしてみた。


 しかし、全然上手くいかなかった。


 自分の意識を彼女から遠ざけようとすればするほど、彼女の事が気になってしまい、落ち着かない。


 もう会わないと決め、距離をおいたはずの彼女が僕の目の前にいる。その事実が僕の胸をざわつかせ、高鳴らせた。

 

 そして、僕は思った。


 出来る事なら、今すぐ顔を上げ、彼女の姿を自分の視界に収めたい。彼女の手、或いは頬に触れて、その存在を確かめたい。


 この先に待っている終焉のことを忘れ去り、彼女を強く求めたい。


 だけど、そんなことをしてしまえば、確実ともいえるその終焉が、より一層怖くなってしまう。そして何より、彼女を傷つけてしまう。


 だから、僕は何もできなかった。


 すると、俯いたまま、目も合わせようとしない僕や彼女の代わりに、水樹が申し訳なさそうに、重々しく口を開いた。


「あの・・・・・・、春。ごめん。余計なお世話だってことは分かっている。だけど、こうでもしないと、君は花咲さんと会おうとはしないだろう。それに、僕は彼女にも真実を伝えるべきだと思っているんだ」


 本当に余計なお世話だ。


 僕だって、彼女に会いたかったし、話しをしかった。だけど、それが出来ないから、自分の想いを押し殺してでも、彼女を遠ざけた。なのに、水樹はそんな僕の想いを知っていながら、彼女と僕を合わせた。


 それは、きっと彼なりの優しさなんだろう。だけど、そんな優しさは、今はただのお節介でしかない。


 だから、僕は何も答えず、浮かない表情のまま、自分の足元の床板をただ黙って見続けた。


 すると、今度は、何も答えない僕と花咲に代わり、桃華が口を開いた。


「私も水樹先輩に賛成です。春先輩。先輩が、何を隠しているのか知りませんが、黙って、花咲先輩を遠ざけるなんて、そんなのあんまりですよ」


 なんだよ。桃華まで。


 僕がどんな想いでいるのか、分かっているのか。

 言えないから、僕だって辛いんだよ。


 僕は、誰も傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。僕は皆から遠ざかりたいんだ。近くにいると、終わりが怖くなってしまうから。


 だから――


「もう、ほっといてくれよ」


 僕は俯いたまま、いつの間にか、ポツリと、そんなことを呟いていた。


 小さな声だったが、静かな教室にいる三人に届くには、十分な声量だった。だが、その呟きに、水樹はかぶせるように力強く言い返してきた。


「いいや。ほっとかいない」


 水樹は机に載せていた腰を上げ、両足をしっかりと床につけると、腹の底から声を出すようによく通る声で、言葉を続けた。


「僕は、教わったんだ。自分に素直になる事を。人を素直に思う事を——」


 そして、一歩踏み出し、僕に歩み寄った。


「僕は、変わりたかった。自分に足りないものはなんなのか、それを考えた。そして、僕には足りないのは、強さだと思い、求めた。だけど、それを求めすぎて、周りの人の想いを無視していた。いや、考えようとしなかった。自分の考えがすべて正しいと思っていたからね」


 水樹、何を言っているんだ。


 お前はいい奴だよ。周りを良く見ている。

 そうだろう?


 僕の胸中の呟きは、声になる事はなかったが、水樹には届いている気がした。しかし、水樹は、かぶりを振って、更に僕に語り掛けるように言葉を続けた。


「いいや。僕は、自分がいかにカッコ良く見えるか、いかに賢く見えるか。そればかり考えていた。だけどね、そうじゃなかった。僕に足りないのは、強さでも、知性でもなかった。もっと感情的で、人間らしい部分。それは、素直に人を想う心だったんだよ。それは、頭だけで考えようとしても分からない。行動を読もうとしても上手く行かない。自分の心で感じる必要があったんだ。そのことを僕は、花咲さんに教えてもらった」


 水樹。

 今のお前なら、僕より花咲の事を想っているんじゃないのか。

 そういう事に気付けたお前なら、僕より花咲を長く、大切に出来るんじゃないのか。


 僕には、彼女と幸せになれる資格も時間もないんだ。


 僕は、水樹の言葉を聞きながらも、顔を上げる事はなかった。ただ、彼と自分を否定する言葉ばかりを探していた。


 しかし、水樹は、そんな僕へ訴えかける。


「だから、春。君も彼女を素直に想っているのなら、自分を偽る必要はないはずだよ。自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、もう答えは出ているはずだよ」


 僕の想い。

 僕がどうしたいのか。


 そんなの当の前から分かっているさ。

 だけど、それを言葉にはできないし、実行できないんだ。

 自分の想いをニセモノだと、思い込んで、なかったことにしようとしているんだ。だって、怖いから。


 水樹の必死の訴えを聞いても、僕は顔を上げなかった。


 花咲は・・・・・・どうしているのだろうか。


 床板だけを見ている僕の視線では、彼女が顔を上げているのかどうか、分からない。どんな表情をして、水樹の話を聞いているのか、分からない。


 それを確認することですら、臆病になっている僕は怖いと感じた。


 僕が俯いたまま、何の反応もしないでいると、今度は、桃華が一本の筋が通ったような堂々とした声を教室内に響かせた。


「春先輩。私は、先輩に救われました」


 まさか、僕は何もしていない。


 もし、神楽たちの件を言っているのであれば、結局助けてくれたのは、桃華自身だ。僕じゃない。


 だが、桃華はそんな僕の胸中の呟きを、否定するかのように、力強く言葉を続けた。


「私は、認められたかった。誰にも相手にされず、否定され続けた、惨めで、不幸な自分が嫌だった。だから、他人を蹴落として、見下し、自分が優位なんだと感じたかった。可愛い桃華ちゃんを演じて、周りから褒められたかった。そうすれば、私は周りに認められ、惨めでも不幸でもないって、思えたから」


 桃華。君は、悪くない。悪いのは、周りの環境だ。

 環境が君に優劣をつける事を教えて、認められない恐怖を植え付けたんだ。


 届かないはずの僕の思いが、桃華に届いかのように、彼女はかぶりを振って、僕らに語り続けた。


「でも、違ったんです。そんなことをしたって、私が惨めで、不幸なのは何も変わらない。だって、私が求めていたのは、偽りの可愛い桃華ちゃんが褒められる事じゃなかった。私が求めていたのは、本当の自分。金剛内桃華こんごううち ももかという自分を認めて欲しかった。そして、全てを知ったうえでも、先輩は、私を認めようとしてくれていた。そして、私自身が自分という人間を認めないといけない事を教えてくれた」


 僕は、そんなすごい人じゃない。


 僕はただ君が心配だっただけだ。

 いつも辛そうな桃華が心配だっただけ。

 別に君を救おうなんて大それたことを考えていた訳じゃないんだ。



 自分に素直になって、人を素直に想う事。

 自分自身を認める事。


 水樹と桃華は、それらを僕に訴えてきた。

 だけど、そんなことは分かっているさ。


 それでも僕は——。

水樹君と桃華が、なかなか熱血キャラになりましたね。姫子は、登場したものの、まさかのセリフなし( ゜Д゜)

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