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120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅲ.清掃活動
19/35

19.欲しかったもの(1)

清掃活動に疲れた金剛内桃華こんごううち ももかは、宮原春みやはら しゅんと別れて、休憩をとっていた。そこにとある三人組がやってくる。

 しゅん先輩が、私を笑わせてくれたおかげで、一人で残される不安はあまりなかった。また、すぐ春先輩が戻ってきてくれるという確証が、私に安心感を与えてくれた。


 それにしてもさっきは、疲労のせいか、うっかり素の表情を春先輩に見せてしまった。春先輩は鈍いからあまり気にしていないようだったけど、これからは気を付けないといけない。


 私はふうっと軽く息を吐くと、ベンチに腰掛けたまま、顔を上げた。

 枝葉の隙間から、眩しい日光が煌めき、時折吹く風に揺られ、サラサラと心地よい音を鳴らしていた。


 今日は六月にしては、気温が高く、さっきまではそのせいで疲労がどんどん蓄積されていっていたけど、こうして少し休むことで、自然を楽しむ余裕が出てきた。


 そんな事をしていると、私の本来の目的をうっかり忘れてしまいそうになる。

 

 私は人から褒められたり、人を見下したりすることで、心を満たし、自我を保っている。それが良い事とは思わないが、それが私の生き方。


 そして、当面の目的は、私から春先輩と水樹先輩を奪おうとするあの車いすの女から二人を取り返すこと。

 

 特にあの女は、春先輩に気があるようだから、その仲を引き裂いてやりたい。だから、私は一生懸命、春先輩に近づこうとしているのだけど、春先輩はバカな上に鈍感だから、なかなか私のものになってくれない。それが歯痒くて、つい意地になってしまう。


 そんな考えを巡らせていると、芝生広場の向こうから近づいてくる人影が見えた。


 始めは春先輩が、もう戻ってきたのかと思ったけど、さすがに早過ぎる。それに、その人影は一人ではなく、三人いた。しかも、三人とも私と同じあずき色のラインが入った体操着を着ている。でも、この距離からでは、誰なのか判別できない。


 その三人組は、芝生広場を突っ切ると、真っ直ぐに私に向かってきた。思わず、私は身構え、いつでも立ち上がれるように、足に力を入れた。


 三人組は、私から二メートルほど手前で立ち止まると、じっと私を見詰めてきた。私は、その三人組が誰なのか探るように、順に見返してやった。


 右側は天然パーマのデブで、左は顔がニンジンみたいな形のノッポ。そして、真ん中は黒ぶちメガネをかけたチビ。三人とも顔は見たことあるような気もするけど、名前は分からない。


 私は警戒しつつも、三人に弱い所を見せまいと、可愛い顔を保ちつつ、首をかしげてみた。


「君たち、私になんか用なのぉ?」


 私が声を発すると、右の天パのデブが額に多量の汗をかきつつ、鼻息を荒くして答えた。


「んっふぅ。桃華ちゃん。僕らを知らないのかい?ほら、僕だよ。君がいつも笑いかけてくれている」


 それに続けて、左のニンジンノッポが、粘っこい口を開いた。


「そうそう。学校で会うと、いつも笑いかけてくれるだろう?お話するのは、初めてだけどさぁ」


 それから二人を制止するように、メガネのチビが一歩前に出た。


「ちょっと、二人とも興奮しすぎ。桃華ちゃん、驚いているだろう」


 気持ちの悪いデブとノッポに比べ、チビは、比較的まともなのかと思ったが、コイツも相当にやばかった。


 チビは更に私に一歩近づくと、両手を広げて、いやらしい笑みを浮かべながら、深呼吸を始めた。


「ああ、いい匂い。桃華ちゃんの良い匂いがするよぉ!」


 私の周りには、頭の悪い男や気持ちの悪い男は多いが、ここまで気持ち悪い人たちは初めてだった。さすがの私の可愛い顔も引きつってしまう。


「何かぁ、よく分かんないけどぉ、君たち、何も用事がないなら、私、もう行くね」


 春先輩が戻ってくるまで、あと五分くらいかかるだろう。だけど、その間、コイツらの相手を出来る気はしないし、一秒でも早くコイツらから離れたいと思った。


 だから私は、ベンチから立ち上がり、身をひるがえして、立ち去ろうとした。しかし、それを阻むように、デブが鼻息を更に荒げて、私を呼び止めた。


「あぁん。桃華ちゅゎん。待ってよ。ちょっとお話があるんだよぉ」


 そんな気持ちの悪い言葉かけに、私が立ち止まるはずはなく、むしろ早く逃げ出したいという気持ちを加速させた。


 私は、デブの声を無視し、そのまま歩き始めると、今度はノッポの声が届いてきた。


「もぉ、恥ずかしがらなくてもいいんだよぉ。桃華ちゃん、可愛いんだから」


 私はノッポの声も無視して、走って逃げだそうとしたが、チビがそれを許さなかった。

 素早く近づいてきたチビは、私の右手を掴んだ。


「桃華ちゃん!こっち向いてよ」

 

 強制的に立ち止まらされた私は、更に手を引かれ、チビの方へと向きを換えさせられた。チビは振り返った私のすぐ傍で、気色の悪い笑みを浮かべており、私は恐怖から声を出す事が出来なかった。


 それでも何とかコイツらから逃げ出したいと思って、私はチビの手を振り払おうとしたが、私の力ではそれも出来なかった。


 相手はチビといえども、やはり男子で、身長が一五五センチの私より少しだけ背が高く、当然ながら私よりも力が強かった。

 私は恐怖と悔しさで、顔を歪ませた。


 春先輩。早く戻ってきてよ。


 そう懇願するが、その願いは春先輩に届くはずもなく、チビはニタリと笑ったまま、より一層強く手を握ってきた。


「桃華ちゃん、僕たちとお話しようよ」


 すると、デブが興奮して唾を飛ばしながら大きな声を出した。


「あー!君ばかりズルい。僕にも桃華ちゃんの柔肌を触らせろ!」


 それに続き、ノッポも盛り上がって私に近づいてきた。


「こらこら、君たち。次は僕が桃華ちゃんと手を繋ぐんだ。どうせなら指を絡めて、恋人繋ぎをしてみたいねぇ」


 何なのコイツら。

 気持ち悪いだけじゃなく、頭がおかしい。

 やばい。どうしよう。

 逃げたい。でも、足が動かない。

 春先輩。早く助けに来てよ。さっき大丈夫だって言っていたじゃない。

 助けてよ。


 私の助けは声になる事も、春先輩に届くこともなかった。


 迫りくる三人に、身構える私だったが、力の差は明らかで、私はなす術なく、目を瞑った。そんな事をしても恐怖から解放される事はなかったが、少なくとも気持ちの悪い三人の顔は見なくて済んだ。


 誰か助けて。お願い。


 デブの湿っぽい手が私の左手を掴み、生ぬるい鼻息が頬に当たった。


「ああ、触っちゃったぁ!桃華ちゃんの手を触ったよぉ!」


 私は、いやらしく掴まれたデブの手を振り払おうとはせず、必死に耐えた。

 私が大声を出せば、こんな奴らすぐに追い払えるだろうけど、喉は恐怖で塞がれており、声は出なかった。


 怖い。怖い。怖い・・・・・・。


 私の身体は、初めての経験に、恐怖で支配され、身動きが取れなくなっていた。


 誰か。来て・・・・・・。お願い。


 私は、ただ願うしかなかった。誰かが助けに来てくれる事を。


 そんなときだった。私の背後から声が聞こえてきた。


「君たち、何をしているんだい」


 男の人の声だった。だけど、春先輩ではない。幼いが、堂々とした声。

 その声を聞いた三人組は急に動揺し始めた。


「なななな、なんで、君がいるんだ」

「そそそそ、そうだよ!話が違うじゃないか」

「ぼぼぼぼ、僕らは別になにもしてないからね」

 

 私の両手は、デブの湿っぽい手とチビの憎々しい手から解放され、握り損ねたノッポを含めた三人が、私から離れていくのが分かった。


 解放された私は、恐怖で閉じていた目を開けると、何度か瞬きをした後、振り返って声の主を確認した。


 私には振り返らずとも、その声の主が誰なのか分かっていたけど、何度も、何度も隣で聞いた幼くも甘い声の主を確認せずにはいられなかった。その人物を自分の視界に収めて安心したかったのだ。


 そして、振り返った私のすぐ後ろには、強い日差しにも負けないくらい凛々しい表情をした生徒会長の神楽勇士かぐら ゆうし君が立っていた。その表情は、いつもの幼くて穏やかなものではなく、悪を正そうとする頼もしい表情に見えた。


 神楽君を自分の視界にとらえた私は、その安心感から思わず涙が溢れそうになった。そして、震えた声で彼の名前を呼んだ。


「・・・・・・神楽君」


 名前を呼ばれた神楽君は、優しく私に微笑みを向けると、「もう大丈夫」と声をかけてくれた。そして、私が小さく頷くのを確認すると、再び三人組へ厳しい視線を戻した。


「もう一度聞くよ。君たちは何をしていたんだい?まさか、僕の桃華ちゃんに手を出そうとしていたんじゃないだろうね?」


 神楽君の顔がより一層引き締まった。

 普段から周囲の信頼が厚い神楽君だが、こんなに頼もしく感じるのは初めてだった。そんな神楽君の様子を初めて見たのは、三人も同じだったようで、怖気づいたノッポが、少しずつ後退しながら情けない声を上げた。


「僕らは・・・・・・いや、僕は、僕だけは何もしてないからね。悪いのは、そこの二人だ。僕は何もしてない。何も悪くないんだ。そうだ。もとはと言えば、そいつが桃華ちゃんの手を掴んだからだ。悪いのはそいつだ!」


 ノッポに指をさされたチビは、慌てた様子で、ノッポとデブを交互に見た。しかし、二人ともチビとは目を合わせようとせず、目を泳がせてから俯いて黙り込んだ。


 二人に見放されたチビは、額に大量の汗を流しながら、神楽君を見ると、懸命に弁解の言葉を探した。


「いや、あの・・・・・・えっと・・・・・・。あ、そう、ちょっと冗談のつもりだったんだよ。少しだけ、桃華ちゃんと話がしたくってさ。えっと、だから・・・・・・悪気はなかったんだ。うん、そうなんだ。つまり・・・・・・えーっと・・・・・・」


 たどたどしいチビの言い訳に嫌気がさしたのか、神楽君はチビの話の続きを聞こうとはせず、容赦なく割って入った。


「御託はいいよ。もう、勝手に近づくんじゃないよ。それが分かったら、さっさと向こうに行きな」


 三人は何を恐れていたのか、神楽君が見逃してくれると分かった瞬間、安堵の表情を浮かべ、負け犬のようにしっぽを巻いて逃げ出した。


 神楽君は、三人の姿が見えなくなるまで、厳しい表情を保ち、彼らが見えなくなると、軽くため息をついた。


「ふぅ、全く、もう・・・・・・」


 それからいつもの幼くも甘い神楽君に戻ると、私を安心させるため、優しく笑った。


「もう大丈夫だよ。桃華ちゃん。怖かったよね。ごめんね」


 確かに怖かった。

 デブに可愛いと言われたとき、初めて嬉しくなかったし、その気持ち悪さから背中が粟立った。

 だけど、もう大丈夫。神楽君がいれば安心だ。


 私は徐々に心の平穏を取り戻すと、冷静になって、いつもの「可愛い桃華ちゃん」を演じるため、口元に両手を当て、可愛く上目遣いで神楽君を見詰めた。


「桃華。ホント、怖かったぁ。神楽君、ありがとぉ!」


 相変わらず、神楽君は私の可愛い攻撃に動じる様子はなく、普段通りの優しい笑顔を保ったままだった。


「ううん。当然のことをしたまでだよ」


 それから神楽君は、私の無事が確認できると、誰かを探すように周囲を見渡し始めた。


「どうしたの?」


 不思議に思って、私が訪ねると、神楽君は私に視線を戻すことなく、低い声で質問を返してきた。


「あの・・・・・、宮原先輩は?」

「え、春先輩?」


 なんで神楽君が、春先輩の存在を気にするんだろう?

【くるみのつぶやき】

三人組は、とにかく気持ちの悪い人にしようと思って書きました。

そして、神楽君はいいタイミングで登場・・・・・・。

なんとなく、妙な雰囲気を残して、次話へ。

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