表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅱ.修学旅行
16/35

16.俺には分かる(2)

水樹勉みずき まなぶは、花咲姫子はなさき ひめこに想いを打ち明けている時、彼女と初めて出会った時の事を思い出していた。

 花咲に初めて出会ったのは、入学して半年くらい経った日だった。


 中学のとき、いじめに遭っていた俺は、自宅から遠く離れた高校を選んだ。そこならば、俺の事を誰も知る者はいないし、新しい環境に身を置くことで、俺は生まれ変われると思った。だから、俺は、本当は弱い自分を隠すため、伊達メガネなんかを着けるようになった。


 そして、どうすれば、自分が周りから良く見えるのか、どんな格好で、どんな話し方をすればいいのかを追求した。今どき、だらしない恰好はあまりモテないらしく、清潔で爽やかな印象になるよう、髪は短く切り揃え、制服も綺麗に着こなした。そして、いつも柔和な笑顔を絶やさないように心掛けた。


 また、高校生になると、頭が良い事も周りの評価の一つになるようで、勉強にも励んだ。といっても、元々、勉強は得意な方だったし、本来の学力よりも低めの高校に進学したので、成績はそれほど努力せずとも上位をキープ出来た。


 そうやって、俺は新しい自分を手に入れた。


 友達も直ぐにできた。

 その中でも、目つきは鋭いが鈍感なあの男には、始めはお情けで関わるつもりだったが、意外にも一緒に居ると心地よく、時々、本当の自分を出してしまいそうになる。


 それから、俺は女子にもモテた。

 同級生からだけではなく、下級生からも何度も告白を受けた。しかし、これだと思う女子には巡り合えず、結局、誰とも付き合わなかった。


 それでも、俺は自分には何かが足りないと感じていた。

 容姿はいいし、頭もいい。性格だって、周囲からの評価は上々のはずだ。もちろん、いじめられることなんてなかった。まさに、完璧な人間になれたと思った。


 しかし、やはり何かが不足していた。

 どんなに外見を固めても、人柄を取り繕っても、どこか虚しい感じがいつも付きまとった。

 そんなとき、目つきの鋭い鈍感男が車いすの少女を連れてきた。


「こんにちは。四組の花咲です」


 彼女はそう名乗ると、ミルクティーのような甘い髪を揺らし、車いすに座ったままお辞儀をした。そして、顔を上げると、下がってきた髪を整えてから俺を見た。


 俺は、彼女の事は入学した当初から知っていた。しかし、面識はなく、車いすに乗った可哀相な少女がいる、という程度の認識だった。


 そんな彼女を改めて見ると、元々小柄な上に、車いすに座っているせいで、背丈は俺の胸元までしかない。肩幅は狭く、白い腕も華奢で、制服のスカートはやや長めに整えられており、膝を半分ほど覆っていた。その先に伸びるすっかりと痩せ細った足は、フットレストに載せられていて、彼女の意思に応じないのだろうと想像がついた。また、大きな目や白肌のせいか、幼い印象を受け、整った顔つきではあったが、綺麗と言うより可愛い感じがした。


 正直なところ、俺の好みではなかった。

 しかし、なぜか彼女に惹かれるものを感じた。俺が求めている物を彼女が持っているような気がしたからだ。


 だから、俺は、図書室で読んでいた本を閉じてまで、彼女を見詰めた。


「僕は水樹。水樹勉みずき まなぶ


 俺がそう名乗ると、彼女は愛くるしく、微笑み返した。


「水樹君か。よろしくね」


 そこで、花咲の後ろに立っていた目つきの鋭い鈍感男が、ようやく口を開いた。


「こいつ、数学が苦手らしくって、教えてやって欲しいんだけど」


 そういえば、来週に迫っている数学のテストは、かなり難しいという噂だ。クラスの連中は「やばい、やばい」と騒いでいたが、元々余裕のある俺にはあまり関係のない話だ。


 俺が、二人の依頼の返答を考えていると、車いすの花咲は、後ろに立っていた鈍感男のしゅんを睨みつけ、先程の言葉に文句をつけた。


「こいつって、言うな」

「なんだよ。花咲が、勉強を教えて欲しいって言ったんじゃねぇか」

「それと、こいつ呼ばわりは、関係ない!」


 花咲はそう言い放ち、素早く車いすの向きを変えると、春の腹部に向けて拳を放った。


「うっ・・・・・」


 腹を殴られた春は、腹部を抑えて、数歩下がると片膝をついた。

 そんな場面を見せられた俺は、全く彼女の言う通りだな、と思いつつも、殴る事はなかったんじゃないだろうかとも思った。それよりも、あんなに不自由な体になってまで、どうしてそんなに気丈に振舞えるのだろうかと、感心した。恐らくは、彼女は、相当精神の強い子なんだろう。


 花咲は鼻を鳴らして、苦痛の表情を浮かべる春に背を向けた。


「ふんっ!」


 しかし、こちらを向いた花咲の表情は、意外だった。

 春の言葉に怒っていたのかと思っていたが、その顔に怒りはなかった。そして、伏せられた目から感じるのは、後悔。


——ごめんね。


 声にはならなかったが、花咲の唇は微かに動いているように見えた。


 素直に謝れない自分、怒りたくもないのに、つい怒ってしまう自分。そんな自分に対する後悔の念に駆られる花咲の表情は、先程感じた強さは微塵もなく、悲しげで、弱々しく、可哀相だった。


 気丈に振舞っているのは、弱い自分を隠すため。

 本当は、身体と同じで、繊細で、小さくて、弱々しいのだ。


 そのとき、俺に足りないものは何か少しだけ分かった気がした。

 それは、守るもの。

 小さくて、弱いものを守る自分。


 そういう強さが俺には足りないのではないかと思った。そして、その真意を探るため、俺は春と花咲の依頼を受けることにした。


 それ以降、花咲とはテスト期間が終わっても、時々会話を交わすようになった。だけど、彼女は、俺よりも俺と一緒にいる鈍感男と話がしたいらしく、それほど多くの言葉は交わせなかった。


 それでも、時間が経つにつれ、俺の想いは膨れ上がり、いつの間にか興味から好意へと変わり、恋愛感情となった。


 俺は、花咲が好きだ。

 今では、そう確信している。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



「・・・・・・ありがとう」


 俺に過去を回想するだけ時間を与えた花咲は、魔法の城下町の幻想的な雰囲気のなか、そう小さく言葉をこぼした。


 しかし、その表情からは嬉しさは感じられない。

 困惑。

 いや、悲しみ?


 俺が花咲の意図を読み取る前に、彼女は言葉を続けた。


「だけど、水樹君は、私の事が好きなんじゃないよ・・・・・・」


 花咲がなぜそのように言うのか、俺には分からなかった。俺は自分の声が、想いが、ちゃんと届かなかったのではないかと思い、更に言葉を重ねた。


「僕は、花咲さんの事が好きなんだよ。他の誰でもない、花咲姫子が」


 俺は、今度こそ、絶対に伝えるんだという強い意志を示すため、力強く花咲を見詰めた。しかし、彼女の視線は相変わらず低く、俺を見上げようとしなかった。


「ううん、違う・・・・・・と思う」


 花咲の声は、弱々しかったが、何か確信を得たような印象も受けた。


「私、自分の想いもよく分かっていなかったから、上手く言えるかどうかわかんないけど、私の好きな人・・・・・・アイツはね、私を見てくれている感じがするの。私の障害じゃなくて。だから、アイツにとったら、私が車いすに乗っていようが、いまいが、関係ないみたいな感じ」


 俺は静かに花咲の言葉に耳を傾けた。

 前の通りを行き交う人たちの雑音が徐々に遠ざかっていく。

 作られた魔法の城下町の街灯も遠ざかり、視界には花咲だけが映った。


「でも、水樹君はね、私じゃなくて、なんか私の障害を、車いすを、不自由そうな身体を見ている気がするの。もちろん、それらも私の一部なんだろうけど、きっと、私が車いすじゃなかったら、水樹君は、気にもかけなかったんだろうなぁって、思うっちゃうの。だって、可哀相じゃないから・・・・・・」


 俺は、花咲の事が好き。

 今まで、そう確信していた。だが、花咲にそんな言われると、どこかで疑いの念が芽生えてしまいそうになる。


 だから、俺は、自問自答をしてみる。

 

 花咲のどこが好きなんだ?

 俺は、彼女の華奢で、弱々しいところが好きだ。


 どうして花咲のことが好きになったんだ?

 俺は、彼女を守りたいと思ったからだ。それはイコール、好きという感情だろ?


 なぜ、花咲を守りたいんだ?

 俺は、弱い自分を変えたいと思ったからだ。自分に足りない何かを花咲に求めているのだ。


 それは、本当に好きという事なのか?

 そうだろう。

 例え、違っていたとして、何が悪い。


 俺は、弱い者を守る自分。全ての者を傷つけずに問題を解決していく自分。

 そんな強くて、知的な自分に憧れているのだ。


 恋愛は、エゴなんだろう。

 俺が自分の変化を恋愛に求めて何が悪い。


 それでいいじゃないか。

 それで・・・・・・いいのか?


「僕は——」


 俺は必死になって、花咲の言葉を否定しようとした。

 だけど、言葉は喉元で引っ掛かり、声にはならなかった。頭に浮かぶ言葉は幾つもあったが、それを表出できなかった。俺は、自分自身の矛盾に気付いたからだ。


 花咲を守りたい。

 強い自分になりたい。


 それは、俺のエゴを押し通してなせるのだろうか。

 俺の想いだけを通し、花咲の想いを無視して、花咲を守った事になるのだろうか。

 その答えは、今の俺には分からない。


 しかし、言葉に出来ないという事は、俺はどこかで間違っていると、感じているからかもしれない。

 正しい、正しくない。そんな事は誰が正義なのか、というような答えのない問いのようなものだ。

 だが、もしも俺の思う正義を通そうとするのであれば、彼女の想いを無視することは、俺にとっては正義ではないのかもしれない。


 それでは、彼女を守ったことにはならない。

 俺が憧れている「誰か」を守る自分にはなれない。


 誰か・・・・・・。

 誰かとは誰のことだ?

 

 それは、もしかしたら、花咲でなくてもよかったのか?

 俺の近くにいて、弱々しくて、可哀相に見える誰かで良かったのか?

 花咲の事が好き、という俺の想いは幻想だったのか?


 では、この胸の苦しい感覚はなんなのだ。

 自分の想いを否定しようとすると、胸が辛くなるこの感覚はなのだ。


 こんな感覚は、生まれて初めてだ。

 俺は、一体、何がしたいのだ?

 俺に足りない物はなんなのだ? 


 いつの間にか、俺の視線は、力なく、自分の足元に落とされていた。そして、自信をなくした俺は弱々しい声を漏らした。


「僕は・・・・・・、君の事が好きだと思っていた」


 でも、違ったのかもしれない。


「僕は・・・・・・、弱くて、情けない自分を変えたかったんだ」


 そう。結局は、自分のため。


「僕は・・・・・・、そのために、なんでもやってきた。君やアイツまで、利用して、自分を変えようとしていた」


 だけど、それでは、変われない。


「僕は・・・・・・、皆にチヤホヤされて、いい気になっていた。でも、何一つ変わっちゃいなかった。あの頃の弱くて、情けない僕のままだったんだ」


 ああ、俺はあの頃の弱い自分のままだ。


 どれだけ格好をつけても、どれだけいい顔をしても、根本のところは何も変わっていない。臆病で、情けない自分。俺は高校に入って、新しい環境になって、変われたと思っていた。しかし、実際は違っていて、変わったつもりになっていただけだった。


 花咲を利用し、春を陥れ、自分の事だけを考える。

 そんな心の乏しい人のままだったのだ。

 

 落胆する俺に、花咲は車いすを滑らせ近づくと、目いっぱい腕を伸ばして、俯く俺の頭に優しく手を乗せた。そして、下から柔らかく微笑んだ。


「そんなことない。ちゃんと伝わっていたよ。水樹君の気遣いや思いやりの優しい心が。それに、本当に弱い人は、そんな顔をしないよ」


 俺を見上げる花咲の瞳は、柔らかくも力強かった。

 そして、花咲の細く、小さな手は、温かかった。


 そのとき、俺は自分の目から涙が溢れ出している事に気付いた。いつもの爽やかな作られた笑顔なんかは忘れ、顔を歪まして、俺は泣いていた。


 まさか、この俺が涙を流すなんて。

 しかし、溢れてくる涙を止める術を俺は知らない。

 だから、俺は、恥ずかしげもなく嗚咽を漏らして泣いた。


 花咲を守りたい。

 そう思っていたはずなのに、いつの間にか俺は、自分の事だけを考えていた。

 そして、そんな俺は、優しさと温かさをもった彼女に救われた。


 そのとき、俺は自分に足りない物はなんなのか、分かった気がした。

 俺に足りなかったのは、英雄のような強さでも、賢者のような知性でもなかった。もっと単純で、人間らしい部分。

 

 恰好をつけなくてもいい。無理に良い顔をしなくてもいい。

 自分を偽らず、人を想う素直な心。

 花咲は、俺に足りないそんな心を持っていたのだ。


 俺は、眼鏡を外し、涙を拭った。赤く腫れあがった目元を擦り、垂れそうな鼻水を啜ると、今度は自信に満ちた笑顔で改めて花咲を見詰めた。


「僕は・・・・・・いや、俺はやっぱり君が好きだな」


 本心から出た言葉だった。

 偽りはなく、心からそう思ったのだ。


 花咲がどんな障害を負っていようが関係ない。花咲は、花咲。それ以上でもそれ以下でもない。俺に素直な心を教えてくれた優しくて、可愛い、ちょっと不器用な普通の女の子。


 俺はそんな花咲を守りたかったんじゃない。

 俺は、彼女の素直な心に惹かれていたんだ。


 そして、俺の言葉を受けた花咲は、今度は笑って答えてくれた。


「ありがとう」


 花咲は、俺の本心を感じ取り、しっかりと受け止めてくれた。

 だが、俺のこの想いは実る事はないだろう。

 なぜなら、彼女が好きなのは春なのだから。

 

 それでもいい——という訳でもないが、俺は自分の本心を自らで感じ、それを伝えられ、彼女もまた俺の想いをしっかりと受け止めてくれた。今はそれだけでも十分嬉しい。

 

 俺には分かる。花咲は繊細な心の持ち主であると同時に、優しい心の持ち主でもあるのだと。それは頭が良くなくても、感覚的にそう感じる。

 そして、俺には分かる。今の俺ならば、きっと花咲の恋を応援できると。


 だが、俺も諦めない。

 これからは、本当の俺を知ってもらい、いつか彼女を振り向かせてみせる。

 それまでは、二人を応援しようと思う。


「花咲さん。お礼を言うのは、僕の方だ。ありがとう。そして、頑張れ」

「うん!」


 花咲は満面の笑みで一度だけ頷いた。

 すると、遠ざかっていた通りの雑音や魔法の城下町の灯りが、再び俺の意識に戻ってきた。


 気付けば、周囲はすっかり夜になっていた。俺らのいる魔法の城下町エリアは、街灯により明るさを保っているが、顔を上げれば、無数の星が空で瞬いている。そして、離れた所にそびえる魔法の城は、様々な色の照明に照らされ、神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 恐らく、今から集合地点に戻っても時間には間に合わないだろう。だけど、今はそんな事を気にすることもなく、俺と花咲は、温かい微笑みを交わした。


 俺に微笑みかける花咲の瞳は、街灯に照られ、揺らめく光を反射し、とても綺麗で、力強かった。そして、彼女の髪は自ら光を放っているかのように明るく、甘く輝いていた。だけど、俺を誘っているような感じは一切しない。代わりに俺を優しく照らして、安心させてくれる。


 あなたはそのままでいいんだよ、と囁くように。


☆くるみのつぶやき☆


 一応、この部で物語の前半は終わりになります。

 もう少し(?)続く予定なので、これからもよろしくお願いします。そして、ありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ