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120センチの彼女  作者: 翼 くるみ
Ⅱ.修学旅行
15/35

15.俺には分かる(1)

水樹勉みずきまなぶは、宮原春(みやはらしゅん)に自分の想いを打ち明けた。


そして、修学旅行三日目。

水樹は、花咲姫子はなさきひめこにも想いを打ち明けるのだった。

「だからさ、明日、悪いんだけど、僕と花咲さんを二人にしてくれないかな」


 ホテルに戻った俺は、椅子に腰かけ、力の抜けた顔をしているしゅんに向かって、自分の想いを打ち明けていた。


 春も恐らくは、この俺に自分の想いを打ち明けようとしていたのだろう。今は、先手をとられて、力の抜けた顔をしているが、俺を迎え入れた時の決意に満ちた顔を見れば分かる。


 そして、俺が感情的にまでなって、自分の想いを打ち明けたのには理由がある。

 それは、今日の昼の出来事が原因だ。


 春と分かれ、花咲はなさきと合流する予定だった俺は、意気揚々とタクシーで彼女たちの元へ向かった。しかし、そこでしばらく待たされた挙句、やってきたのは、花咲の友人だけだった。


「姫子は、体調が良くなくて、ホテルに戻ったの」


 花咲の友人の優木ゆうきみおという女子がそう言っていたが、恐らくは違う。春の後を追っていったに違いない。普段は、理性的に判断する俺だが、そのときは直感的にそう思った。


 俺とした事が、花咲に何度か電話をしたが、繋がらなかったので、その友人の北見智子きたみ さとこにメッセージを送り、その際に春がホテルに戻った、という事も伝えてしまった。


 さすがに花咲が春の事を追いかけるという事は思いつかなかったが、今思えば、現地で落ち合ってから、伝えるべきだった。そうすれば、幾らか花咲を引き留められただろうに。


 しかし、過ぎた事を悔やんでも仕方がない。それよりもこれからどうするかが問題だ。

 どうやら花咲は、俺が想像していた以上に春の事を想っていたらしく、そんな花咲の事も春は気にかけているのだろう。


 そんな彼らが、二人きりになれば、先程までの気まずそうな雰囲気を糧とし、さらに互いに深く繋がり合おうとするのではないだろうか。もしそうなれば、俺の入る余地がなくなってしまう。


 しかし、今から二人を追いかけても、追いつける可能性は低い。

 だったら、少しずつチャンスを積み上げ、花咲との関係性を築いていくという計画は変更して、もう強行手段に移るしかないだろう。


 俺は、京都市内を観光しながらそんな考えを巡らせていた。

 そのせいで、共に回っていた優希みおが、あれこれと俺に言ってきていたが、その内容はほとんど覚えていない。それどころか、自分がどこを回ってきたのかも、薄っすらとしか記憶に残っていなかった。


 花咲のいない修学旅行など、俺にとってはどうでもいいのだ。

 それよりも春に遅れを取った今、俺がアイツに勝つためには、先手を打つしかない。

 そう腹を決め、俺は、春が待つホテルの自室へと戻ってきたのだった。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



 先手を取られた春は、引きつった笑みを浮かべながらも、俺の提案にどう答えようか悩んでいた。


「あ、そ、そう。明日か・・・・・・。えーっと、そうだなぁ・・・・・・」


 やはり二つ返事で、承諾の答えは返ってこなかった。

 俺は、返事に悩む春の背中を強く押すため、更に言葉を付け加えた。


「花咲さんには、もう伝えてあるんだ。明日、二人で回ろうって。彼女もそのつもりだよ」


 そんな俺の嘘を聞いた春は、一瞬で表情を強張らせた。

 俺の嘘を信じているのか、疑っているのか分からないが、春は、驚きと戸惑いで、表情だけではなく、全身も強張らせた。


 まあ、驚くのも無理はない。

 花咲が、春を差し置いて、俺と会おうとしているのだ。

 もちろん、それは嘘なのだが、今の春にそれを確かめる手立てはない。

 

 そして、春には悪いが、これは必要な嘘なのだ。

 俺は、別に春の事が嫌いなわけではない。むしろ、友人として長く付き合い続けたいとすら思っている。だから、俺は春も花咲も傷つけたくないのだ。


 誰も傷つかず、誰もが納得し得る結果に俺ならたどり着ける。

 全てがなかった事にできる。

 俺はそう確信している。

 

 それに、さっきから春が何も言い返さないという事は、彼自身も分かっているのだろう。自分が花咲と深く繋がり合ってしまっても、その先には悲しみしか待っていないという事が。

 

 これでいいんだ。

 全て俺に任せておけばいいんだ。

 

 俺が春の答えを待って、見続けていると、彼は顔をゆっくりと上げ、伏せていた目を俺へと向けた。


「・・・・・・分かった。そうしよう」


 その目は、弱々しく揺らめいていた。

 自信がなく、自分を見失ったかのような目。

 春がその目を俺に向けるのは、これが初めてではない。


 いつだったか、一度だけ、俺が春を怒った事がある。

 そう。あれは、春が部活を辞めた時だ。


——僕はもう駄目なんだ。


 いつもの春らしからぬ、そんな弱音を吐いた時だった。そのとき、俺に今のような自信を無くした弱々しい目を向けてきた。

 しかし、俺は、そんな彼に何と言葉を返したのだっただろうか。今ではもう思い出せない。


 俺は過去の回想を振り払うと、弱々しい目を向ける春に、小さく言葉を返した。


「・・・・・・ありがとう」


 これでよかったのだろうか。


 俺は、夕陽が沈んでいくにつれ、反対側の空から闇夜が迫っていく様子を、窓越しに眺め、そんな疑念が、胸の奥深くで芽生えているのを感じた。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



 修学旅行三日目。


 午前中は団体行動を強いられ、午後からは大阪にて自由行動となった。

 と言っても、ほとんどの班は、大阪駅から十五分程度で行けるテーマパークへ行く予定になっている。


 俺は、花咲にメッセージを送って、テーマパーク内で落ち合う事にした。


しゅんとパーク入り口近くの大きな地球儀の前で待っています。水樹』


 もちろん、春と待っている、というのは嘘だ。

 本当は俺一人だけが、花咲を待っていて、春は、彼女の友人らと口裏を合わせて、俺らが二人きりになれるように、手引きをしてくれることになっている。


 しかし、当日になっても花咲からの返信はなかった。


 まさか、嘘がバレてしまったのだろうか。

 いや、そんなことはないだろう。

 花咲が俺の嘘を知る術はないはず。


 だから、花咲はきっと来る。

 

 俺はそう願いながらも、花咲から返信がない事を不安に思い、テーマパーク内の約束の場所で彼女が来るのを待った。しかし、そんな俺の不安を煽るように、空には厚い雲が低く広がり始めていた。


 午後二時三十分。


 大阪駅で、自由行動が開始され、ちょうど三十分が経過した。普通に電車を乗り継いで来たら、もう着いていないとおかしい時間だ。しかし、花咲の姿は一向に見えなかった。


 この場所で、花咲を待ち始めたときは、同校の生徒が何人も待ち合わせしているようだったが、今となっては、待っているのは俺だけになっている。彼らは三十分もしないうちに、それぞれの目当ての人と落ち合って、パークの奥へと進んで行った。


 そして、俺の背後にある大きな地球儀は、パークのシンボル的存在になっているようで、見知らぬ客達が、立ち替わり、入れ替わり、次々と記念写真を楽しそうに撮っていた。


 俺は、そんな中、邪魔にならないよう、なるべく端っこに居座り、携帯端末を何度も確認しては、花咲からの連絡がない事に落胆した。


 午後三時。


 さすがに花咲は、もう来ないのではないかと思えてきた。

 俺の嘘が花咲にバレて、今頃、春と一緒に俺の事を嘲笑っているのではないかと考えてしまう。そんなはずはないのに、後ろ向きな思考が巡ってしまった。それはきっと、昨日、春が弱々しい目を向けたとき、俺が自身のやり方に疑念を抱いてしまったせいだ。


 これでいいのだろうか。

 良いに決まっているのに、その疑念は小さくも存在感があった。


 俺の計画通りに進めば、可哀相な花咲は、俺に優しく面倒をみてもらえる。それは花咲にとってありがたい事だろうし、俺自身も人助けをしているという良心で満たされる。さらに、春も花咲と繋がり続けては、悲痛な運命を辿る事を自覚しているようだし、俺に任せれば、そんな運命に翻弄される事無く、穏やかな日々が過ごせるというものだ。

 

 だから、これでいいんだ。

 恋愛はエゴ。〇か、×か。

 俺に任せれば、みんなのエゴが叶うんだ。

 だから、花咲、来いよ。

 

 そう懇願こんがんしながらも、いつの間にか俺は両手で顔を覆い、俯いていた。

 そのせいで俺は、正面に彼女がやってきていた事に気が付かなかった。


「・・・・・・水樹君」


 幼く愛らしい声。

 それに合わせて、ほんのりと甘い匂いが漂ってきて、俺の不安が消し飛んだ。


 俺は視界を覆っていた両手を開き、顔を上げた。

 すると、そこには車いすの少女が俺に心配そうな視線を送っていた。


「・・・・・・花咲さん」


 俺が花咲の存在を認知した時、空から一粒の雫が落ちてきた。その雫は、俺の頬に当たり、一本の筋となって流れ落ちた。続いて、二粒、三粒と雫が落ち、それはやがて雨となった。



*・∵・∴・∵・*・∴・∵・*・∵・∵・*・∴・∵・



「ごめんね。遅くなって」


 花咲はハンカチで、濡れた髪を拭き終えると、謝罪の言葉を述べた。その他にも色々と聞きたいことがありそうな様子ではあったが、彼女がそれ以上の言葉を発することはなかった。


 俺は、そんな花咲に目を向ける事ができず、代わりにキャラクターショップのショーウィンドウに収まる犬のぬいぐるみを見て、答えた。


「ううん。いいんだ。大丈夫」


 俺らは、突然降りだした雨を凌ぐため、パーク内にあるキャラクターショップや土産物屋、レストランが建ち並ぶアーケードの下に入っていた。アーケードは、南北に百メートル程広がっており、多くの来場客が雨宿りをしつつ、買い物や食事を楽しんでいた。


 そんな来場客やそれを向かい入れるスタッフたちを見ると、誰もが笑っていて、ここが日常とかけ離れた異世界であると錯覚してしまいそうになる。

 

 そのせいか、或いは、花咲を前にして緊張しているせいか、自分もこの世界を楽しまなければいけないと、俺らしくない事を考えてしまう。だから、俺はショーウィンドウに映る花咲に向け、いつもより一層爽やかな調子で、声をかけた。


「あのさ。花咲さん」


 吹き終わったハンカチを、バックレストにかかるリュックサックに仕舞っていた花咲が手を止めて、俺を見た。俺もそこでようやく振り返り、直接花咲を見た。


 花咲の真っ直ぐに俺を見る目は相変わらず綺麗だったが、不安や心配といった色が伺えた。それもそうだ。居るはずの春がいないのだから。


 俺は、そんな花咲の不安も心配も優しく包み込むような穏やかな口調で言葉を続けた。


「ここのお店、入ろうか」

「・・・・・・うん」


 花咲は控えめに頷いた。


 それから俺たちは、キャラクターショップを何件か回り、食事を摂ってから、晴れ間を見て、アーケードを出た。


 パーク内は幾つかのエリアに分かれており、それぞれが映画やアニメをイメージしているらしく、そのどれもが刺激的だったり、幻想的だったりと、非日常感が出ていて、まるでその世界に入ったかのような感覚になった。


 そして、パークの目玉ともいえるアトラクションは、花咲が車いすのままでも入れるように、なるべくショーを観戦するようなものを中心に選んだ。


 花咲はというと、それなりに楽しんでいるようで、目を丸くして驚いたり、声を上げて笑ったりしていた。そんな彼女を見て、俺も嬉しく感じた。そして、これで良かったのだと思えた。


 しかし、パーク内を回る間、花咲は自分の要求は一切言わず、ただ俺について来るだけだった。まるで、俺に何か言われるのではないかと、警戒しているようにも見えた。


 陽が暮れ始めたころ、まだパーク内の半分程度しか回り切れていなかったが、自由行動の終了時間が迫ってきている事に気付いた。

 

 俺は、通りの端で車いすを停めて、口を開けたまま、魔法の城を見上げている花咲に声をかけた。


「まるで、本物みたいだね」


 花咲は俺の声に気付くと、何度かかぶりを振って、没入していた魔法の世界から意識を戻すと、今度は首肯しながら答えた。


「そうだね。なんか見惚れちゃった」

「はは。花咲さんは素直だからね。でも、可愛いと思うよ。そういう所」


 俺が柔和な笑みを浮かべると、花咲は目を反らし、頬を少し赤らめた。


「茶化さないでよ」


 恥ずかしがる花咲は、雨上がりの空からのぞく夕陽に照られ、本当に綺麗だった。


 痩せた四肢や透き通るような白肌が、弱々しくて儚い。

 触れれば、壊れてしまいそうだ。

 そんな彼女の事を、俺は可哀相だと思う。

 だから、俺が守ってやるんだ。


 俺は拳を強く握り込むと、力強く花咲を見詰め、ゆっくりと口を開いた。


「花咲さん・・・・・・。話があるんだ」


 突然の俺の言葉に、花咲は驚いた顔を向けた。

 そして、彼女は、何も言わずに、ただ俺の事を見詰めた。


 俺らが見つめ合う中、目の前の通りを行き交っていた多くの来場客が足を止めた。それから、皆、一様に先程まで花咲が見ていた魔法の城を見上げた。


 どうやら、魔法の城のライトアップが今から始まるようだ。だけど、俺らはそんなのことを気にすることなく、見詰め合い続けた。


 いつも物事を冷静にとらえ、上手く行くかどうかを計算している俺だが、今だけは、そんな思考が働かなかった。俺は、人の想いというのは、計算でどうにかなる代物ではないのだということを、身を以て理解した。


 昨夜、春と話を終えた俺は、今日、花咲に、どのタイミングで、どうのような話を切り出そうかとばかり考えていた。

 最もロケーションが良くて、最も感情が揺らぎやすいタイミング、それはどこで、いつなのか。


 しかし、そういった考えは無意味だった。

 なぜなら、今、俺が話を切り出したタイミングは、俺が想定していたものとは異なっていたからだ。


 どうしてそうなってしまったのかは分からないが、直感的に今、話をしたいと思った。そう思ったとき、そこに理性は働かず、自然と俺の口からは言葉が出ていた。


 場所も、勝算も、考えられなかった。

 ただ、自分の想いを伝えたい。それだけだった。

 だから、俺は、通りを行く人や立ち止まっている人たちが大勢いても、気にせず、彼らの話し声や足音に負けないくらい、はっきりとした口調で告げた。


「俺は、君が好きだ」


 しかし、返事はすぐになかった。

 代わりに、俺を見詰めていた花咲の視線は、急に揺らめき、自分の膝上で握り込まれていた両手に落ちた。


 何も言わない花咲に対して、俺は次の言葉をかけようと考えたが、俯いたままの彼女を見ると、言葉が出てこなかった。だから、ただ黙って彼女を見続ける事しかできなかった。


 そうしているうちに、陽は沈んでいき、空には夜が近づいてきた。そして、魔法の城に灯りが点されると、その灯りは、俺たちがいる魔法の城下町の街灯へと広がっていった。


 俺らの頭上の街灯が点されたとき、ようやく花咲は顔を上げたが、その視線は、俺を見上げることなく、俺の足元の高さで留まった。そして、揺れるような声を発した。


「なんで・・・・私なの?」


 今の俺には、それが意味するところを考えられるほどの思考力はなかった。だから、思ったままを言葉にした。


「君を守りたいと思ったから」

「・・・・・・そうなんだ」

「君は、怪我をして、障害を負って、可哀相で・・・・・・。そんな君を僕は守りたいんだ。君は何も心配しなくてもいい。全て僕が背負うから」


 昨日、考えた言葉とは違っていた。

 だけど、俺はそれでいいと思った。

 これが自分の想いなんだ。


 しかし、俺はいつから彼女の事が好きなんだろう。

 いつから守ってあげたいと思うようになったのだろうか。


 冷静さを欠いているはずの俺の思考は、急に回り始め、彼女と初めて会った時の事を思い出した。

☆くるみのつぶやき☆

 

 大阪のテーマパーク、しばらく行っていないなぁ。

 黄色いちびっこいの、好きなんですよね。関係ないけど。


 告白のシーンって、どんな風に表現すればいいのか、かなり悩みました。

 頭のイメージを文章で表現するって、無限の可能性を感じるけど、自由度が高い分、難しいですよね。


 あと、ここのくだりは、長くなったので、(1)と(2)に分けました。

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