↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/52

黒い塔と三人の同期(上)

1.引き継ぎ


三日後。

早朝から身支度を終えた一行は、執行官組織《ノクターン》本部へと向かった。

というのも、また長い日数を空けることになるため、特急執行官の仕事の引き継ぎをする必要があったのだ。


「さて、そろそろ執行官組織《ノクターン》の仕事の引き継ぎを頼まなくては」


「そうですね。そういえば…ガルディニア帝国から帰還した後、テリオン様は屍状態でしたね」


そう言って苦笑するシエルの脳裏には、目の下に真っ黒な隈を作っているにも関わらず直立不動でティールを出迎えた男の姿が浮かび上がる。

一見するとただ疲労が溜まっているだけに思えたが、半分意識を飛ばしている状態だと気づいたのは、こちらの呼び掛けに対してまるで壊れた機械のように「ハイ、もんだいありません」としか答えなかった様子からわかった。


「あれには苦労をかけた。だが、こうしてまたすぐに負担をかけるのは申し訳ないが…他に頼めるような人材もいない。頑張ってもらうとしよう」


本当に悪いと思っているのか否か。くすくす、と珍しく笑ったティールの先で、グレイが執行官組織《ノクターン》本部の扉を開けた。


黒くそびえ立つ、王都でも異様に目立つ塔と建物。

開かれた扉から中へと足を踏み入れれば、カツン、とよく磨かれた大理石にティールのハイヒールが高らかに音を響かせた。


「ティール・エルドラ特級執行官様、おはようございます」


「ごきげんよう、特級執行官様。情報部門《アイリス》は本日も異常なく、任務を遂行しております。先程、例の件の担当者が報告書を執務室に届けましたのでご確認ください」


忙しなく人々が動き回る本部内。ティールたちの存在に気づいた他の執行官たちが、恭しく礼をしながら挨拶をしてくる。それらを軽く受け流しながら、ティールたちは自分の執務室へと向かった。


「シエル。執行部門《エクセキューション》の上級執行官三名を私の執務室へ集めてくれ」


「はい、承知いたしました」


途中、ティールの指示によりシエルと分かれる。


ティールと二人きりになり、彼女の斜め後ろを歩きながら、グレイは自分に向けられる極わずかな視線に気づかないはずはなかった。

言葉こそもう飛んでこないが、副官であり侍従であるシエルならともかく何故自分が彼女の最も傍で身を守ることを許されているのか、その真相を知るものはいない。


彼女に憧れ、彼女のそばで働きたいと願う執行官などごまんといる。にもかかわらず、何処の馬の骨ともわからぬ、やたらガタイの良い男が突然ティールのそばに現れて、あまつさえ身元引受け人にまでなったとなればザワつくのは当然である。以前、それらの燻った火種はユーリスやリアーネ、テリオンが鎮圧したと言うが、今では少し異なる、純粋な嫉妬心が視線となって突き刺さるのだ。


「堂々と歩きなさい。もう慣れただろう」


「え、えぇまぁ…慣れざるを得ない、というのが正しいでしょうかね」


頬をかきながら苦笑いを浮かべたグレイに、ティールは静かに笑った。


暫く歩き、二人は黒い塔の頂上に位置する特級執行官の執務室へとたどり着いた。落ち着いた色味で統一された執務室は、どこかティールの邸宅の執務室を思わせる。

上質なソファ。所々置かれた魔道具に、壁一面の書物。彼女がこの国に来て長い時間を養父であり前特級執行官であるジェイド・ベルレイドとともに過ごしたこの執務室が、彼女にとって大きな意味を持っていることを、グレイは過去の話を聞いてから改めて見回して気づく。


ふと、シェルフの上に置かれたティーセットに視線が向いた。

ティールのよく使う繊細な装飾の施された白磁のティーセットよりも幾分か派手だが、使い古された様子からジェイドが使用していたものなのだと察せられた。


大切に管理されているようで、それらに埃の一欠片すら当然なかった。


(本当に、ティール様はジェイド様を愛し、愛されておられたのだな)


自分からは決してそのような直接的な言葉は口にしないが、彼女の行動がそれらを物語っていた。


しばらくすると、コンコンコン、という礼節を保ったノック音が響いた。


「失礼いたします、ティール様。上級執行官三名様をお連れいたしました」


「入れ」


彼女の許可とともに、執務室の扉を開けたシエルがそのまま扉の横に控えて礼をする。その後ろから続けて入ってきたのは、見慣れた三人。


濃い緑の髪に、アメジスト色の瞳。いつもの好戦的な笑みを浮かべたユーリス・ブラッド。そして黒や紺色の制服を纏う執行官としては異質な、白い制服を身にまとった、リアーネ・ピオニ。


「よっ、ティールにグレイの旦那。数日ぶりだな」


「うふふ、あそこのアフターヌーンティー、とっても美味しかったですねぇ。ティール先輩今度は私と二人っきりで行きましょうね?」


そして、濃紺の髪にシルバーのメガネをかけた、とりわけ堅物そうな雰囲気を全身から醸し出している男。彼がティールの事務仕事全てを請け負って一時屍となった男テリオン・アストロイズである。


「おい、お前たち。入って早々無礼が過ぎるぞ────ティール様。申し訳ございません。この阿呆共にはよく言って聞かせますのでどうかお許しを」


「構わない。今更どうにかなるとは到底思っていないし、そもそも必要ない。任務に支障がでなければそれで良いさ」


パタン、と扉を閉めたシエルが三人をソファへと案内すると、ユーリスは実にリラックスした様子で腰掛け、リアーネは何がそんなに面白いのかニコニコと笑みを浮かべたままティールを見つめている。そしてテリオンは浅く腰掛け、背筋を伸ばしたままだ。


まさに三者三葉。


よくぞ、ここまでバラバラな三人が同じ執行部門《エクセキューション》の上級執行官としてこの組織で働けているな、とどこか遠い眼差しでグレイは思う。彼らが十代の頃から面倒を見てきた前特級執行官ジェイドが相当手を焼いたというのも、不思議と頷けた。


「さて…単刀直入に言うが、また暫くの間ここを空けることになった」


シエルの手によって手際よく並べられていくティーセットから立ち上る湯気。それらに手をつける間もなく、ティールは単刀直入に言い切った。



2.ペリドットの瞳


「は?またァ!?」


「えぇ〜帰ってきたばっかりじゃないですかぁ」


思い切り眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな態度を隠しもしないユーリスと、がっくりと残念がるリアーネ。

この二人に関してはグレイも予想ができていた反応である。


そして。


「……………………どのような案件で?」


長い長い沈黙の後、眼鏡を指で押し上げたテリオンが震える唇を必死に抑え込んで尋ねた。

これは相当胃に来ているに違いないであろう雰囲気は、付き合いの浅いグレイでも察せられるものだった。


「私がくだらない事で此処を空けるとでも?」


そう言って、ティールは三人に事情を説明する。

自分の故郷であるアッシュフォード王国跡地での調査任務であり、非常に危険が伴うものであること。そして、未知数のため滞在日数すら不明、故に執行官組織《ノクターン》本部に帰還する時期も曖昧。

つまり────諸々よろしく。ということである。


「へぇ…アッシュフォードねぇ…またなんで今更……ってまぁそれを調べに行くんだから、こんなところで俺が疑問に思ったって仕方ねぇか」


やれやれ、と肩を竦めたユーリスは、シエルが入れた紅茶のカップに手を伸ばすと、猫舌なのか既に幾分か冷めているであろう琥珀色に対して入念に息をふきかけてから啜った。

ずず、という少々はしたない音が響き、シエルの眉間にわずかなしわが入ったが見なかったことにしよう。

それらを横目に、紅茶と共に添えられたちいさなチョコレートクッキーを細い指先でつまみ上げたリアーネが、ひょい、と口にそれを放り込む。


「んむ……それにしても。これだけ年月が経っても、あの先輩も故郷の事となれば多少心が揺さぶられるんですね〜?…私、少し意外でした」


ふふ、とクッキーを紅茶で流し込んだリアーネの笑みに、ふと、いつもの穏やかさの中に仄暗いものが帯びた気がしたのは気のせいだろうか。否、気のせいではない。


感じ取ることはできても、その理由を察するまではグレイやシエルには不可能であるが、昔なじみである三人からすればそれはすぐに分かることだった。

ペリドット色の柔らかな眼差し。柔らかな口調に隠れた彼女の言葉の真意は、実にティールに対して純粋で無垢な、鋭い問いだ。


────ずーっと切り捨てたって言ってた割に、今更何を気にしているんですか?


である。


少しの間、沈黙が部屋を包み込む。

カチャ、とリアーネがカップをソーサーに置いた音と、シエルの息を飲む音がやけに耳に届くくらいには、一瞬の耳が痛くなるほどの静寂だった。そしてその後。


「……例え、これがどの場所で起こった出来事であろうと、私たちに危害を及ぼす可能性があるのであれば、排除する必要がある。そして、それがたまたま、私の管轄内だっただけのことだ」


至極冷静に、ティールはそう言ってのけた。実際、彼女からすればこれは本音であり己を動かすに値する理由である。彼女にとって今の平穏を揺るがしかねない大きな問題、異常がたまたま自分が昔いた場所で、更には関わりも深く地理も知っている。ともなれば自分が抜擢されるのは当然であると思うし、断る理由もないのだ。


「んー?」


しかし質問を投げかけたリアーネ自身はまだ納得がいかないのか、笑いながら首をかしげているので「理解しようとしなくていい。それは時間の無駄だ」というティールの一蹴が彼女の思考を打ち砕いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。