帝国の黎明(下)
3.別れのティールーム
出発の朝。
ホテルの最上階のテラスには、ガルディニアでの滞在を締めくくるための、ささやかなお茶の席が用意されていた。
ガルディニア帝国の乾いた風が、テラスの白い椅子に座るティールの長い銀髪をなでていく。
休んでいる間に任務として与えられていた、ガルディニアの茶葉を用いた最高のブレンド方法で抽出した紅茶を、万全な状態へと復帰したシエルが完璧な所作でカップへと注いでいる。そしてその背後には、相変わらず鋭いサファイアの瞳で周囲を警戒するグレイが控えていた。
「アナスタシア皇女、アルベルト皇子、随分お世話になったね」
ティールは低い、五感にしっとりと染み渡るような声で、対面に座る美しい皇女へと視線を向けた。
「それは私どもの言葉ですわ!」
アナスタシアは、新緑の瞳を大きく見開き、勢いよく身を乗り出した。
「まさか私がお呼びしたことで、ここまで大きな事件が引き起こされるだなんて思いませんでした……本当に、色々とご迷惑をおかけして、更には助けていただき……感謝申し上げます」
アナスタシアは、皇女としてのプライドをすべて脇に置き、心からの敬意と謝罪、そして深い感謝を込めて、ティールに対して深く頭を下げた。
「頭を上げなさい、アナスタシア皇女。偶然とはいえ、私が関わったことでガルディニアの国政が安定すれば、やがて我がジルニア王国としても国益に繋がるだろう」
ティールは柔らかく微笑むと、上品に紅茶を口に含んだ。
「それに、君の用意してくれた滞在先の居心地は悪くなかった。お茶の葉の質も、あの光る茶葉も実に面白かった」
「……っ! 勿体無きお言葉ですわ……!」
彼女なりの最大級の褒め言葉を受け、アナスタシアは感動のあまり、危うくその場で涙を流さんばかりに胸を震わせた。
その隣で、アルベルト皇太子が静かに笑みを浮かべ、ティールへと深緑色の瞳を向ける。
「ティール殿。貴女がこの国に残してくれたものは、私の命だけではない。ガルディニア帝国とジルニア王国、両国の未来に繋がる揺るぎない『信頼』だ。新しく皇太子となった私の一歩は、常に貴女たちへの敬意とともにあろう」
「それは重畳だね、皇太子殿下」
ティールはふっと、その表情を和らげた。
「これからのガルディニアの旋律が、美しく調律されたものであることを、遠いジルニアの地から見守らせてもらうよ」
席を立ち、漆黒のジャケットの裾を翻すティール。
その背中に、グレイとシエルが並び立ち、ガルディニアの気高き兄妹に向けて、執行官としての完璧な一礼を捧げた。
青空の下、ジルニアの特級執行官たる死神の一行は、多くの救済と変革の種火を残し、自らの故郷へと帰還するための歩みを進める。
歪んだ不協和音は消え去り、ガルディニア帝国の頭上には、ただどこまでも澄み渡る、美しいシエルブルーの空が広がっているのだった。
ガルディニア帝国編の終幕となります。ありがとうございました。
続きは、物語が大きく動く展開へと繋がります。
ここから先がようやく、本番と言って良いでしょう(遅い)




