死神の氷の包囲網(下)
3.新緑と深緑の同盟
「――これで七人目、ですわ!」
豪華でありながら品の良い薔薇細工が施されたデスクの上。そこに、ずしりと重い書類の束を叩きつけるように置いたのは、第一皇女アナスタシアだった。
彼女の流れるような薄い金髪が、激しい動きに伴って夜のランプの光を照り返す。そして彼女の新緑の瞳に宿っているのは、祖国を腐らせようとする身内への冷徹なまでの怒りだった。
「レナードの派閥に属する元老院議官たちの、過去十年にわたる不正融資、および禁忌魔導具の密輸入出記録です。これほどわかりやすい尻尾をいくつも残しているなど……傲慢も極まれば、ただの盲目と変わりませんわね」
ふぅ、と一息吐いたアナスタシア。
そんな彼女の言葉を聞き、車椅子からゆっくり立ち上がり、壁伝いながらも自らの足で窓辺に向かったアルベルトは、妹が持参した書類に静かに視線を落とした。
アナスタシアと同じ淡く繊細な輝きを持つ薄い金髪を、窓から差し込む月光が静かに照らす。ティールによる調律を経て生気を取り戻したその深い緑色の瞳は、かつての病弱な王子の面影を完全に払拭し、冷徹な統治者としての鋭さを湛えていた。
「よく集めたな、アナスタシア。これだけの証拠があれば、皇帝陛下も、もはやレナードを庇い立てすることはできない。……いや、むしろ陛下は、肥大化しすぎた元老院を切り捨てる機会を、ずっと待っておられたはずだ」
アルベルトは、長年自分を苛んでいた魔力の不協和音が嘘のように、体内で滑らかに循環していく生命の息吹を感じていた。
体力が完全に万全というわけではない。だが、思考は驚くほどにクリアであり、チェス盤の先を読むように、レナードの破滅への道筋がはっきりと見えていた。
「レナードのあの浅はかな瞳には、今、自らが手にするはずの玉座しか映っていないのだろう。ジルニアの特級執行官、そしてアッシュフォードの血筋が持つ本当の『意味』を、あいつは決定的に見誤った。……神の目に睨まれた愚者など、あとは死を待つのみだ」
アルベルトの深い緑の瞳が、冷ややかに細められる。
「あの夜会でのレナードの無礼を、ティール殿はただの『お茶の時間を乱す不協和音』として聞き流した。だが、あいつはあろうことかシエル嬢の命に手をかけた。……あれは、ジルニアの死神にとっての絶対的な一線だったのだ」
「ええ、その通りですわ」
アナスタシアは、兄の言葉に深く同意するように頷き、その新緑の瞳を酷く冷酷に輝かせた。
「ティール様の美しい世界に泥を塗ったのです。あの愚弟には、自らの血でその汚れを拭い去ってもらわねばなりません。……アルベルト兄上、明日、皇帝陛下への謁見の準備は?」
「すでに手は打ってある。レナード派の貴族たちが、今夜ティール殿の『神の瞳』によって恐怖の底に叩き落とされている頃だ。明日の朝、彼らは自らの保身のために、こぞってレナードの罪を告発する側に回るだろう」
アルベルトは、薄い金髪をそっと指先で払い、窓の外に広がる帝都の夜景を見つめた。
同じ金髪。同じ血を引きながら、全く異なる未来を見据える兄妹。
彼らの視線の先にあるのは、第二皇子レナードの傲慢な笑顔が、絶望へと歪む瞬間のカウントダウンであった。




